第552話 ヨシズミは教壇には立たんそうだ。

「まずは王立アカデミーの卒業おめでとう」

「ありがとうございます」


 新築の香りが強く漂うウニベルシタスの一室で、ステファノはネルソンにアカデミー卒業の報告を終えたところだった。

 ネルソンの背後にはいつも通りマルチェルが佇んでいた。ステファノの前にはマルチェルが自ら入れた紅茶が置かれている。覚えのある香りがステファノの帰着を受け入れてくれているように感じられた。


「旦那様こそ、ウニベルシタスの竣工おめでとうございます」

「うむ。何とか間に合ったな」


 内装まで仕上がった建物内部には、既に調度品も運び込まれていた。教職員と学生が生活する寮もでき上がっている。食料品や燃料など、こまごまとした消耗品はこれから開校までに順次運び込まれることになっていた。


 だが、入れ物ができただけでは学校は完成しない。最も大切なのは「人」であった。


「そうすると、教授を務めるのは……?」

「わたしが薬学と医学を教える。マルチェルには武術を担当してもらう。ドイルには農学と工学を教えさせる」


 ネルソンとドイルの担当教科は適任だろうし、再生ルネッサンスに必要な知識だと理解できた。マルチェルの武術指導も適任には違いないのだが、ステファノは一抹の不安を覚えた。


「教授科目に武術を含めるのは大丈夫なんでしょうか?」

「危険な団体と受け取られる懸念だな?」


 ステファノの懸念については、もちろん考慮した上でのことであった。かすかにほほ笑みながらネルソンは答えた。


「そもそも学生の人数を絞る。初年度は10名だ。武装勢力と名乗るには人数が少なすぎるだろう」

「たったの10人ですか?」

「はじめはな。いきなり大人数を受け入れたら教授の数が足りなくなる。1年かけて教授を務める人材を集め、来年は20名、再来年は40名の入学生を受け入れる計画だ」

「そういうことですか」


 問題は「人」だった。教壇に立つ人間がいないことには、教室がいくらあっても学生を増やすことができない。

 ウニベルシタスの理想に共鳴し、指導者たるに足りる学識と人格を備えた人材を探さねばならなかった。


「魔法教授はヨシズミ師匠ですか?」


 まだ名前の上がっていないヨシズミの役割を、ステファノは魔法教授と推測した。魔法学はメシヤ流ウニベルシタスの目玉になるはずだ。


「ヨシズミは教壇には立たんそうだ」

「えっ?」


 裏方に回りたいというヨシズミの希望は知っている。しかし、それは異世界の知識を広めたくないという考えであり、魔法の教授は例外になるのではないかと、ステファノは考えていた。

 魔視脳まじのうを覚醒させなければ問題ないと思われたが……。


「お前のような例もあるからな」

「俺ですか?」


 またもやステファノは驚きの声を上げた。


「お前のように、単なる瞑想が魔視脳の覚醒につながるケースもある。普通のことではないがな」


 もちろん誰もがステファノと同じやり方で魔視脳を覚醒させられるわけではない。滅多にあることではないだろう。

 だが、それは起きた。


 ならば、また起きないという保証はない。


 自分が関与した授業で「それ」が発生したら、自分はその結果に責任がある。ヨシズミはそう考えたのだった。


「ヨシズミにはマルチェルの助教を務めてもらうことになっている」

「マルチェルさんのですか?」

「ああ。彼は武器を扱えるのでな」


 ヨシズミはかつていた世界で魔法取締官だった。法の執行に当たり、彼は魔法だけでなく武術をも利用していた。

 それが警棒術であり、剣道だった。


「ヨシズミ師匠は剣も使えるのですか?」

「杖以外に両手剣の一種を使えるらしい。その技術を生かして、武器術の指南役を務めてもらう」

「そういうことですか」


 それなら魔視脳の覚醒に関わったり、異世界技術を漏らしてしまう恐れはないだろう。

 ならばと、ステファノは前のめりになった。


「俺も武術指導の補佐につかせてもらえますか? 礫術や捕縄術なら――」

「お前は魔法術の助教に回ってもらう」

「俺が魔法科の? 主任教授は誰が務めるんですか?」


 ネルソンの言葉はステファノを驚かせた。ヨシズミでないとすると、一体誰が魔法術の教授になるのか?


「良い指導者をサポリの町で見つけてな。『疾風のマランツ』という魔術師だ」

「マランツといえばジローの……」

「お前の学友・・が師事したらしいな。かつては名のある魔術師だった男だ」


 ネルソンは含みのある言い方をした。ステファノの怪訝そうな顔を見て、言葉を加える。


「今は魔力を失っている。まったく魔術を使えないそうだ」

「それでどうやって魔法を教授するんですか?」


 ステファノには想像がつかなかった。


「ヨシズミを中心に相談した結果、ウニベルシタスでは『瞑想法』を必修科目とする」


 紅茶をひと口すすって喉を湿らせると、ネルソンは落ち着いた声でそう言った。


「ステファノ、どういうことかわかるか?」

「必修とは全員が学ぶということですね。それは――全員が魔法師になるということでしょうか?」


 はっとしてステファノは顔を上げた。


「方向としてはその通りだ。魔視脳の覚醒を究極のゴールとして、生徒全員に瞑想による魔核マジコア錬成を学ばせる」


 ウニベルシタスの教授陣はマランツ以外全員魔視脳覚醒に至っている。誰もが魔核錬成を指導することができた。


「その上で、魔力発現に至った生徒に『生活魔法』を学ばせる」

「生活魔法をですか?」

「ああ。メシヤ流魔法術の極意は生活魔法にある。そういうことだ」


 ネルソンはにこやかにほほ笑んだ。

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