第2節 ウニベルシタス勃興

第551話 お前もワクワクしているのか? 新しい場所だからな。

「うわあー。あれがウニベルシタスだよね? 間違いない」


 峠越えの街道が海を見下ろす坂道に立って、ステファノは感嘆の声を上げた。海沿いの崖上に以前見かけなかったレンガ造り建築がそびえている。

 真新しいレンガが陽の光に映えて、重厚感と同時に一種新鮮な空気を漂わせていた。


「確かにあの場所は空いていたけど、あそこに作るとは……。さすがは旦那様だ」


 崖上は高所だ。レンガを始めとする資材を運び上げるには大変な労力を掛けなければならなかったろう。

 その大きな建物が既に完成していた。


 すぐにも駆けつけたいところだが、果たしてあそこに泊まれる設備があるかどうかわからない。

 ステファノはひとまず町中に宿を取ることにした。


 一度訪れたことのあるサポリの町。さほど迷うこともなく、ステファノは見覚えのある宿屋にやって来た。

 カウンターでのやり取りも、慣れたものだ。


 生活魔法を使いこなすステファノなら野宿も苦にならないのだが、ネルソン達との再会を前に一旦普通の生活リズムを取り戻そうと考えた。ベッドで眠るのは数日ぶりである。


 以前使ったのと同じ宿に部屋を取り、ステファノはすぐに買い物に出た。

 旅の間にくたびれてしまった靴を買い直し、道着の代わりに身につける普段着を買うつもりだった。


 身なりを気にしないステファノだが、未来永劫道着を着て生活するつもりはない。あれはあくまで「修行」のための服装だ。

 アカデミーでは魔術と武術を学ぶ目的があったし、旅の間も気持ちは同じだった。


 しかし、学習と鍛錬を中心とした生活はもう終わった。これからは学生を指導する側に回ることになる。

 道着を身につけるのはその必要がある機会に限られるだろう。


(しかし、これだけいろいろあると目移りがするな。いつもは人に選んでもらっていたから……)


 古着屋の店内で、山積みされた服を眺めながら、ステファノは嘆息した。

 絵心のあるステファノだが、ファッションに関するセンスは壊滅的だ。服を選ぶなどという機会は存在しなかったのだから、致し方ない。


(こうなったら、人に頼るしかないな)


 ステファノは自分で服を選ぶのを諦めた。


「すみません。俺に合う普段着を適当に見繕ってもらえませんか?」


 旅暮らしで磨いた図々しさをいかんなく発揮し、ステファノは店の主におすすめを頼んだ。


「多少値段が上がっても、長持ちするものが良いです。色や柄はあまり目立たないものでお願いします」


 ステファノはここに来る前から考えていた希望を述べた。


「それと、動きやすい服にしてください」


 店主のすすめに従いながら、ステファノは2着の普段着とそれに合わせる下着、靴下、シャツの一式を購入した。風呂敷に包んでもらった商品は一抱えもある荷物になった。

 ステファノは長杖を荷物に通し、宿まで担いで帰った。


 ちょっと見には行商人に見えなくもない。威圧感のないステファノの風貌が、余計にそれらしく見せていた。


 ◆◆◆


 翌朝、稽古の後宿を出たステファノは、通りの屋台で朝食を取った後ウニベルシタスを目指して町を出た。


 買い物で増えた荷物は風呂敷にまとめたまま、背中に背負っている。いつもの背嚢は体の前に回して担いでいた。


 行商どころか引越しか家出に見えるその恰好で、長杖を突いて歩いて行く。

 何がうれしいのか、雷丸いかずちまるは荷物や肩の上を走り回っていた。


「お前もワクワクしているのか? 新しい場所だからな」


 今度は学生ではない。一人前の大人としての生活が始まるのだ。

 崖へと続く上り坂に差し掛かっても、ステファノの足取りは力強いままだった。


 大荷物を背負っているが、中身は衣類で重さはない。土魔法で引力を軽減するまでもなく、ステファノは素のまま背負っていた。

 急な上り坂とて、イドを高周波化オーバークロックしたステファノの身体能力であれば苦にならない。


 ステファノはうつむき加減のまま、平地を進むようにすいすいと坂を上り切った。


 崖の上に到着し、一息つこうとしたステファノは、目の前の光景に思わず息を止めた。

 ここは王都かと見まごうばかりの重厚な建物が、周囲を塀に囲まれて建っていた。


 無論王宮の豪壮さには及びもつかないが、サポリのような田舎町にはとんと見かけない立派な建築物だった。

 第一に、使われているレンガが上質で美しかった。レンガは土を焼いて作るものだが、均質にできるものではない。火の回り、温度のムラなどのために1つ1つのレンガは違う表情をしている。


 割れるものもあれば、焼き色が悪いものも当然出てくる。

 通常の建築物ではそういうレンガのばらつきが建物としてのデザインを狂わせ、不協和音を奏で立てる。


 目の前の建物にはそれがなかった。設計者も満足したであろう抜群の安定感を持って、それは大地に根を下ろしていた。

 選び抜いたレンガを、並び順まで吟味して積み上げたに違いない。


 その上、土地と材料を潤沢に使用していることが、「余裕」として全体に漂っている。

 王宮のようにそびえ立つ高さがなくとも、言葉よりも雄弁に存在感を主張してくるのだ。


 ステファノはこれ程立派な建物を見たことがなかった。


「ピーッ!」


 頭の上で雷丸が上げた声は、崖の上の空に長く響いた。

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