第517話 こういう時にお前は頼りになるね。
ステファノは、ジョバンニの「音無しの剣」を目指してはいない。「弱者の剣」という考えに、共感を覚えただけだった。ジョバンニの稽古法を真似ることで、何か発見があるのではないかと、ステファノは考えた。
実際のところ、ステファノとジョバンニに共通するところは少ない。
10歳で旅に出た時、ジョバンニは既に一通りの剣技を身に着けていた。彼はそこに精緻な制御を上乗せしただけであった。
一方でステファノの杖術はそこまでのものではない。まだ、基礎を鍛え上げるべき段階にあった。
だが、ステファノには「第3の眼」があった。イドの知覚により、外界の状態と自分の姿勢を俯瞰することができる。「感覚」において、ステファノは既に達人の域にあった。
肉体の感覚と第3の眼。その精度をすり合わせることが、ステファノの修行だった。
王都に到着した日でも、まだ修業は途中であった。それでも、誤差は随分小さくなっていた。
(効果は出ているんだ。焦る必要はない。野菜のみじん切りだって、初めはできなかったじゃないか)
旅の目的の1つ、
(後は、王都の高い建物に
聖教会の大聖堂や王城に設置するのは、さすがに
問題は、どうやって近づくかだ。物見の塔であるだけに、塔の上には常に見張りの当番兵が立っている。
のこのことステファノが上がっていくわけにはいかなかった。
「こういう時にお前は頼りになるね」
ステファノは手のひらに載せた
「お前なら目立たないし、ちょっと見には、虫か小鳥に見えるよね」
ネズミが空を飛ぶとは誰も思わない。隠密行動には最適であった。
その上、アバターを介して感覚を共有し、遠隔指示ができる。
ステファノは夜を待って宿屋の一室から雷丸を空に放った。風と土の複合である「滑空魔法」を使いこなして、アンガス雷ネズミは音もなく夜空を飛んだ。
猛禽に襲われることもなく、雷丸は物見の塔の見張り台にたどりつき、その屋根に首から外した鉄釘を打ちこんだ。
土魔法で押し込んだ鉄釘は、みしりと小さな音を立てたが、衛兵が屋根を見上げることはなかった。
(ご苦労さま。帰って来い、雷丸)
(思った以上に従魔が便利だ。これ……暗殺にも使えるんじゃないか?)
かつてネルソン邸に滞在したジュリアーノ王子を、魔術師エバが毒殺しようとしたことがあった。風魔術で毒霧を飛ばして食肉に毒をまいたのだが、雷丸なら同じことができる。
(いや、もっと確実に毒を盛れる。どこにでも入り込めるしね)
もちろん、これほど自由に従魔を動かせるのはアバターを使いこなせるからだ。アカデミーの教授陣にさえ、アバターを使える人間はいなかった。そう考えると、滅多に再現できる技ではない。
(でも、ハンニバル師は「竜を飼っている」と言った)
上級魔術師である「土竜」ハンニバルは、その二つ名の由来は竜を飼っているためだと言ったのだ。
(あれはアバターのことじゃないか?)
本物の竜が存在するなどとは聞いたことがない。竜とはあくまでも想像上の生物だ。
(俺の
ナーガをステファノは「大蛇」と認識している。7つの頭を持つ大蛇である。
だが、それはあくまでもステファノが持つイメージに過ぎない。
強大な力を持つ大蛇。それは既に「龍」と呼んでよい存在であった。
(上級魔術師は
『レヴィアタンという存在を知っているかね?』
一度、ドイルに聞かれたことがある。
『レヴィアタンとは海に住む巨大な生物または魔物のことと言われている。あまりにも巨大であるがため、世界と大きさが等しいとまで言われる存在だ』
『それはまた、随分と大きいですね』
『生物と考えるなら、クジラか巨大なサメなどが思いつくがね。世界と等しいとなるとね』
それはもう、生き物とは呼べないだろう。
『レヴィアタンは、大蛇や龍に例えられることもあるんだよ』
『昔海だった場所から竜の骨が見つかることがあるとは、聞きましたが……』
『それは本当のことだよ。巨大な生き物の骨が石になったものさ。それが竜の骨だと言うのには同意しかねるがね。むしろトカゲの大きなものではないかという学者もいる』
家よりも大きなトカゲなど、竜とおなじではないかと、ステファノは想像に怯える。そんなものが闊歩する世界には住みたくないと。
『話がそれたね。つまり、
ドイルの仮説であった。世界に匹敵する巨大なる力。それが
『ハンニバル師が飼っているという竜は、さしずめ「ベヒモス」というところだ』
海の巨獣であるレヴィアタンに対して、ベヒモスは陸の巨獣として語られる。
『我々の理解が正しければ、どちらもイデア界がもたらす力の根源を指していることになる』
『つまり、アバターに覚醒するということはイデア界のパワーを手に入れることと同じだと?』
ステファノの問いかけにドイルは皮肉な笑みを浮かべた。
『アバターとは異世界との境目に立つ門番だと言える。果たして地獄の門番か、はたまた天界への番人か?』
『地獄である可能性もあるんですか?』
ステファノは、声をかすれさせた。
『異世界だからな。我々には理解できない法則に支配されているだろう。全き混沌と考えれば、地獄に余程近いものだろうね』
当然のことだと、ドイルの態度が示していた。
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