第490話 こりゃあ勝負にならないんじゃないか?
「とてつもない脳筋じゃねぇか!」
トーマが呆れて吐き出した。
「あのガタイで繊細な作戦を立てられても、気持ちが悪いだろう?」
「2人とも失礼。繊細な脳筋かもしれない」
「脳筋のどこが繊細なんだよ!」
変態評論家を自認するサントスであったが、ノーマルな感覚しか持たないスールーとトーマとは話が合わなかった。
イライザの対戦相手はオルトという男子生徒だった。こちらは普通の魔術科学生である。
「魔術対武術か? ある意味典型的な異種競技対決だね」
「それを言うなら、魔術対暴力。いや、魔術対筋肉」
観客席から見る限り、イライザは防御を捨てて攻撃に
試合開始線に立ったオルトはイライザの巨体と荷車に山積みされた大槍を見て、顔を引きつらせていた。対するイライザは獲物を前にしたライオンのごとくオルトを睨みつけ、獰猛に微笑んでいた。
「こりゃあ勝負にならないんじゃないか?」
トーマが低く漏らした時、試合が始まった。
試合開始が宣せられるや否や、イライザは荷車に飛びつき、大槍を手にした。助走もつけずにその場で投擲の姿勢に入る。
その瞬間、イライザの全身が光った。
「あれがギフトか!」
ただでさえはち切れるようなイライザの筋肉が、皮膚を引き裂かんばかりに膨れ上がった。
「ふんっ!」
ほほを膨らませてイライザが腕を振り切ると、大槍は流星のように尾を引いて飛んだ。
ドズン!
大槍は穂先の大半を標的の胴体にうずめていた。
「うひゃあ! 想像以上に強烈だ」
スールーが間延びした感想を告げる。だが、戦いの当事者であるオルトはそれどころではなかった。
イライザが狙っているのは標的であって、自分ではない。わかってはいても、猛スピードで
「こ、氷よ標的を守れ! 氷柱っ!」
裏返りそうになる声を必死に張り上げて、標的を中心に取り込んだ氷柱を形成した。その厚さは5センチに成長する。
「防御魔術はやはり氷か。他の属性ではあの槍を止められそうもないからなあ」
よほどの威力がなければ、火魔術で槍を焼き尽くしたり、風魔術で吹き飛ばしたりすることはできない。
スピードと質量が、それを許さなかった。
「ふんっ!」
ドガンッ!
イライザは既に2本めの槍を投じていた。1本めとの間隔はわずかに2秒。豆でもまいているように、槍を掴み、投げつける。
一撃で氷柱が砕けた。イライザの純粋なパワーが魔術による防御力を上回った。
「ああっ!」
防御を破られたオルトが悲鳴を上げた。パニックを抑えながら必死に魔力を練り直す。
しかし、動揺した精神で術式を構築するのは難しかった。焦れば焦るほど、術が制御できない。
ドズン!
オルトが唇を震わせて立ちすくんでいる間にも、2秒に1回、イライザは大槍を投げつけていた。
「ひょ、氷柱っ!」
必死に氷魔術で防壁を作るが、たちまちイライザの槍に破壊される。
ドズン!
イライザは表情も変えずに、大槍を投げ続けていた。
「ああっ、氷柱~!」
泣きながら発したオルトの氷魔術は、術式が破綻して失敗に終わった。
ドスン!
オルトの標的は刺さった槍の重さで傾いていた。
「ああぁあ……。もうだめだ」
絶望したオルトは両手で顔を覆い、地面に膝をついてしまった。
「それまでっ! 勝者、イライザ!」
オルトの戦意喪失と見て、審判がイライザの勝利を宣言した。
◆◆◆
「いやあ、一方的な試合になったね」
言葉の割に、スールーは楽しそうだった。
「『
トーマが引用したのは、魔術に対するギフトの優位性をうたう有名な格言であった。もちろん、一般的なケースのことであり、上級魔術師のような例外も存在する。
「魔術というのは『純粋な力』とは相性が悪いものだからな」
エネルギー保存の法則がある以上、発生してしまった運動エネルギーを魔術で打ち消すことはできない。そして、一般に物理攻撃は魔術の発動よりも速い。
この2つの理由により、ギフトが優位に立ちやすいのだった。
「休学期間を経てイライザは以前よりはるかにパワーアップしているそうだ」
「脳筋流魔術師殺し」
「ひでえあだ名だな。言いたいことはわかるが」
身もふたもないサントスの批評に、トーマは辟易した。
「ステファノがイライザと当たったら、どうなるかな?」
「うーん、簡単に答えられんな。あのパワーとスピードは脅威だろうが……」
そもそも、最初の一撃だけでイライザは標的に致命傷を与えていた。死んだ人間が反撃できない以上、あの時点でイライザの勝利ということもできたのだ。
「それでもステファノが負ける姿は想像できねぇ」
うなりながらも、トーマはスールーにそう答えた。
「あいつなら何とかするんじゃねぇか?」
「脳筋以上にゴリ押し」
トーマの感想に、サントスが呼応した。
「ふうむ。僕もそんな気がするよ。どんな勝ち方をするのか、興味が尽きないね。いや、面白くなってきた」
スールーは興奮も新たに、今後の対戦表に目を向けた。
「おっ、次の試合は両方とも2年生だ。しかも、どちらも実力者だぞ」
マーフィーとデズモンドという2人の男子生徒は、どちらも魔術学科2年に所属するお貴族様だった。貴族の魔力持ちは少数派であったが、アカデミーへの進学率はギフト保持者よりも高かった。
ギフト持ちは武力を示せば戦働きで出世できるが、魔力持ちが出世するためにはきちんと魔術学やその他の学問を身につける必要があったのだ。
「ああ、マーフィーは可哀そうに。気の毒だが、勝ち目がないな」
2人の名前を見て、スールーはデズモンドの勝利を躊躇なく予告した。
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