第484話 あいつ、絶対に自分が勝つと信じ切っていやがる。
「始めっ!」
試合開始の合図とともに、ウォルシュは自分の台車の前に氷壁を築いた。スピードも氷の厚さも、第1試合とは段違いであった。
「ほう? やるじゃないか。5センチの厚さはあるんじゃないか? 標的を完全に隠しているしね」
魔術は術者の手を離れてからは方向を変えることができない。ふつうは一直線に飛ぶ。
氷の陰に標的を置けば、直接攻撃はほぼ不可能であった。
魔力を練ることは禁じられていないので、開始の合図前から発動一歩手前の状態を維持していたのだろう。氷壁の魔術発動は実に素早く、スムーズだった。
防御態勢を整えたウォルシュは、にやりと笑みを浮かべて攻撃の姿勢を取った。
一方、ジローは開始と同時に
その顔には何の感情も浮かんでいない。
「ジローが後手に回っているね。彼は魔力を練るのに時間をかけるタイプかい?」
スールーは片方の眉を持ち上げた。
「そんなことはないはずだ。カウンターを狙っているのか……」
トーマも不審の念を抑えられない。人間性は気に入らないが、ジローの実力には一目置いていた。
アカデミー生としては最高レベルであろう。2学期は、実技系の講座でいくつかチャレンジを成功させてもいた。
ジローは不気味なくらい静かにたたずんでいた。こうしてやろう、ああしてやろうという意気込みがまるで感じられない。
しかし、やる気がないわけではない。トーマには、ジローが腹の底に何かを隠しているように見えた。
「あいつ、絶対に自分が勝つと信じ切っていやがる」
「何だって? 自信家だとは聞いていたが、そんなにかい?」
「いや。ただの自惚れとは違うようだ……。うまく言えないが、自分を信じている?」
言葉にすると「自信家」というスールーの人物批評と同じに聞こえてしまう。トーマは何とも言えない歯がゆさを感じた。
競技場ではウォルシュが矢継ぎ早に火球を放っていた。詠唱を省略し、無言の気合と共に術を繰り出す。
彼もまた2年生屈指の魔術師であり、学内首席のポジションを争う実力者であった。
ステファノという異端児がいなければ、であるが。
うなりを上げて飛来する火球のすべてを、ジローは短杖を動かしていなしていた。指揮棒を振るようにジローが短杖を動かすと、火球は標的からそれて背後の壁にぶつかり、炎を上げて消えた。
ジローの左手は台車押すためのバーを掴んだままだ。
「おお、やるじゃないか! どうやっているか知らないが、見事に火球をさばいているね」
スールーが手を叩いた。
「魔力を使っているな」
「たぶん風魔術だろう。火球の前に小さな渦を作って、空気の流れで火球をそらしているんだ」
サントスはギフトで魔力の発動を感じ取っていた。トーマは魔術師としての知識を動員して、術の性質を読み解く。
「随分と器用なことをする。理屈ではできそうだが、飛んで来るボールを撃ち返すよりもはるかに難しいはずだぜ」
術の精度に余程自信があるのだろう。ジローは顔色も変えずに、5発の火球をさばききった。
「あいつ、これほどの実力者だったか……。だが、これでは攻撃する暇がないだろう」
トーマが言う通り、防御が完璧なだけでは試合には勝てない。ジローは一体どうやって自分の攻撃ターンを作り出すつもりか?
撃った火球をすべてさばかれ、ウォルシュは一瞬顔をしかめた。すぐにポーカー・フェイスに戻ると、改めて心気を整えた。
自分の標的はがっしりとした氷壁に守られている。落ち着いて次の攻撃に移る余裕があった。
「ジローは今がチャンスじゃないのか?」
手を止めたウォルシュを見て、スールーが言った。
確かに、敵の攻撃が途切れた今こそジローにとって反撃の好機であった。しかし、ジローは佇んだまま動かない。
体内で陰気と陽気を練り上げ、ステファノが言う「太極玉」を作り出したウォルシュは、次の攻撃のために魔力を呼び出す。
「我ウォルシュの名において命ず。大気に宿る水の力よ、水気となりてここに集まれ。熱を捨てて氷を為せ」
今度は高らかに詠唱する。その声に応えて、ウォルシュの振りかぶった短杖の先に、水の塊が渦巻いた。みるみる大きさを増した水球は、渦の勢いをなくすと半透明の氷になって固まった。
「氷の精よ、風に乗りて敵を撃て!
氷の球に2枚の翼が生じ、風に乗って飛び出した。翼の先からきらきらと白く、2本の細雲を引いて。
「氷弾というやつか? 初めて見たが、きれいなものだね」
美しくも見えるウォルシュの術を見下ろして、スールーが歓声を上げた。
「氷の球には違いないが、あれはふつうの氷弾とは違うぜ? 羽が生えていやがる」
「翼な?」
指摘するトーマをサントスが更に突っ込んだ時、氷弾が標的に襲い掛かった。
「塵は塵に!」
ジローが叫ぶと、氷弾は標的を捉える直前、紫色の壁に吸い込まれるように消えた。
「むっ? 氷弾はどこに行った?」
「魔力の無効化……」
スールーは幻を見たように、目をぱちぱちと
「あれはあれだ――大量の陰気で術式を押し流すってやつだ」
頭を片手で押さえながら、トーマは言った。
「ジローにもできるとは知らなかったぜ。それにしても陰気の出所が――」
「おおっ! とうとうジローが動いたぞ!」
トーマの言葉はスールーの叫び声に遮られた。競技場では台車を押して、ジローが自陣前方に向かって走り出したところだった。
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