第482話 弓では不都合があるのかい?
「そういうことか。武術同士の戦いってわけだね。それはそれで面白そうだ」
「弓の射程は魔術より長い」
「普通はそうだな。だが、30メートル離れたら当てるのは大変だぜ?」
日本における弓道競技では「近的競技」で28メートル、「遠的競技」で60メートル先の的を狙う。
使用される和弓は全長約2メートルもある長弓である。
ここで少女たちが使用するのは狩弓とか半弓と呼ばれるサイズのものだ。
しかも的は必ずしも止まっていてくれない。動く的を射抜くのは至難の技であった。
「しかし、弓かぁ」
トーマが悩ましげな声を出した。
「どうした、トーマ? 弓では不都合があるのかい?」
「いや、だって攻撃の際は両手がふさがっちまうだろう? 台車は動かせなくなるぜ」
魔術を使えぬ少女たちは、攻撃の間無防備に自分の標的を放り出しておくことになる。
「クロスボウなら片手でもどうにか使えるけどな」
商売柄トーマは武器にも詳しい。
しかし、クロスボウにしても30メートル以上の距離で命中確率を上げようとするなら、両手でしっかりと保持する必要があった。
「この2人はどういう戦い方を選ぶかな?」
トーマの解説を聞いた上で、スールーは戦いの行方に興味を示した。魔術や武術に興味はない。知識も乏しいのだが、戦略や戦術の競い合いとなると俄然引き込まれるらしい。
それはボードゲームのような知恵の競い合いではないか。それなら自分にもわかると。
「狩弓が武器だからな。大きな距離はお互いに取らないのじゃないか。結局命中精度の勝負になるはずだ」
「結局弓の腕次第と言うことになるのかな?」
「順当に考えればそうなるな。それを覆す作戦があるかどうか」
「精度を取るか、速さを取るか」
しっかり狙いをつけて矢を放つには、どうしても時間がかかる。手数を増やそうとすれば、精度が犠牲になるだろう。
サントスが提示した選択肢は、目の前の試合において本質的な問いであった。
「始め!」
試合開始が告げられると、第1試合とは反対に2人の競技者は自陣最後部まで台車を下げた。
「2人とも距離を取って、弓の腕で勝負するつもりかね?」
第1試合では魔術による「酒場の殴り合い」になった。今度も防御を無視した撃ち合いになるのだろうか?
最後部まで下がると、向かって左の少女ジェニーは台車を横に揺さぶり、吊り下げられた標的を振り子のように揺らした。
「なるほど。ああやって横に動かして矢を当てにくくしたってわけか」
動く的は当てづらい。単純だが、理にかなった防御であった。
これを見て、相手のアキも自分の台車を傾けて、標的を揺らせた。
「さあ、勝負はこれからだ。互いの手の内を見せてもらおうじゃないか」
スールーは唇を舐めて、身を乗り出した。
先手を取るかに見えたジェニーは、台車から手を離して呼吸を整え始めた。それどころか、両眼を閉じて瞑想を始めたようだった。
「おいおい、大丈夫なのか? 無防備も良いところだろう」
スールーは驚きの声を上げた。
「武術でも魔術でも、心を平静に保つってのは大事なことなのだろうが、敵を前にして目を瞑るとはね」
「手数より精度に賭けたのか」
思いがけないジェニーの行動に相手のアキも驚いていた。しかし、今は競技の最中である。
アキは内心の動きを押し殺して、弓を構えた。
「おっ! こっちは攻撃に出るようだね」
スールーの期待に応えるかのように、アキは弓を引き絞った。狙うのは――。
「やはり振り子の頂点だよな、狙うとしたら」
唇の端を持ち上げてトーマが言った。
横に揺れる標的は、左右の端まで行くと方向が入れ替わる。その時、頂点では一瞬静止するのだ。
ひょう!
アキの矢が放たれ、音を立てて標的目掛けて飛んだ。だが、その軌道は一瞬遅く、標的が既に通り抜けた後であった。
憩いを失った矢が競技場後方の土に突き刺さる。
「外した」
サントスが淡々と口にした。
その瞬間、スールーはアキの口元が緩み、うっすらと笑みを浮かべたのを見た。
「なぜ笑う? 矢は的を外したのに」
「今ので掴んだな、タイミングを」
振り子の頂点を狙うと言っても、射手から標的までは30メートルの距離がある。どれだけ矢に勢いがあっても到達するまでのタイムラグがあるのだった。
「どれだけ
トーマが冷静に述べた。
言わば、砲撃における観測射撃のようなものだ。外れる距離が測定できたら、次はその誤差を修正してやれば良い。
「試合開始10秒で、勝ちパターンに入ったと考えたのだろうさ」
トーマの言葉を裏書きするように、アキは5秒に1射のペースで標的に矢を当てていった。
試合開始後40秒が経過したところで、6本の矢がジェニーの標的に突き刺さっていた。
「このままじゃ一方的だね。ジェニーはどうするつもりなんだ?」
スールーが我慢できずに呟いた瞬間、それまで棒立ちだったジェニーがにわかに動き出した。
「何だと!」
「そういうことか! しかし――それで勝てるのか?」
意表を突いた行動に、スールーとトーマは驚きの声を上げた。
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