第7節 魔術試技会激闘編

第479話 ステファノに遠見の魔法具を作ってもらえば良かったな。

 競技場に来てみると、グラウンドの周囲は高い壁で囲われていた。飛び道具や魔術が標的からそれても、観客席まで届かぬように設計されている。

 それでも危険はゼロではないが、それが怖ければ競技場になど来るなというのが常識であった。


 試合スペースはグラウンドの中央に配置されており、その分、客席からは遠い。これも安全上の配慮である。選手の表情や攻防の詳細を見たい人間は、遠眼鏡とおめがねを持参すると良いのだが、庶民にはなかなか手が出ない。


 魔術が使える人間は「遠見とおみの術」で見ることもできる。目の前に空気のレンズを作り出すこの術は、土魔術に分類されている。生活魔術の1つで大した魔力を必要としないが、拡大した像を安定させるには精密な制御を必要とする。


 地味な割には難しいと言われる術であった。


「ステファノに遠見の魔法具を作ってもらえば良かったな」

「なるほど。眼鏡型にして装着すれば両手が使える」

「それだと近くが見えなくなるぜ。上半分を遠見にして下半分を素通しにするか? 遠近両用の『遠眼鏡えんがんきょう』ってわけだ」


 観客席最前列に陣取ったスールーたちは、こんな時でも発明トークに花を咲かせていた。


「遠くと近くが良く見える遠近両用眼鏡は、魔道具でなくても作れそうだな」

「加工が大変」

「まあそうだな。レンズの上下で形を変えなければいけないからな」


 トーマとサントスは技術者トークを始めそうな空気を醸し出していた。


「どっちにしても遠くの物を拡大して見ることはできないのだろう?」

「それは無理」

「そうなると、魔道具の出番だな」


 スールーはさりげなくトーマたちを現実に引き戻した。


 そうこうする内に、第1試合が始まった。特に開会式などというものもない。


「第1試合は、普通に魔術師同士の戦いだね」

「戦い違う。試技」

「細かいな、サントスは。一応戦闘技術を競うのだから、戦いで良いじゃないか」

「見方は自由だからな。お堅いことを言わずに、好きな見方をすればいいんじゃないか?」


 お祭り好きのトーマは、競技にロマンを求めるスールーに味方した。そういう目・・・・・で見た方が感情移入して盛り上がりやすい。


「始め!」


 競技場では、審判によって競技の開始が宣言された。途端に、競技者の2人は標的が乗った台車を押して前に走った。


「ほう? 2人とも積極的だね。良いじゃないか」

「あー、あの2人は魔術試射場で見かけたことがある。積極的と言うより、ああするしかないんじゃないか?」

「どういうことだ?」


 接近戦が始まると興奮するスールーに、トーマは残念そうな顔を見せた。


「競技エリアの最前線まで移動しないと、相手に魔術が届かないんだよ」


 競技開始時は互いの間に20メートルの距離がある。これでは、「並の生徒」は敵の標的に魔術を当てられないのだ。威力を競うならなおさらであった。


「あいつらの術では、10メートル飛ばすのがやっとだぜ」

「それで2人とも前に出たのか」


 互いに自陣の一番前に出たところで、ようやく互いの距離が10メートルになる。普段試射場で練習している距離であった。


「水よ、集え! 我が名のもとに氷となり、鎧となって標的を守れ! 氷結鎧ひょうけつがい!」


 前線まで先にたどりついた少年が、腰から短杖ワンドを引き抜き、高らかに呪文を詠唱した。


 やがて、標的の周りを冷気が覆い、みしり、みしりと氷が張り出した。


「うーん。トーマ、どうなのかね、あの呪文という奴は? 言わなければいけないものか?」


 スールーは顔をしかめて言った。


「言わなければいけないという決まりはないよ。呪文を唱えると、意識を集中しやすいんだ。イメージが具体化するからね。呪文がなくても集中できるなら、省略した方が手っ取り早いな」

「だろうね。長々と詠唱している時間が隙だらけに見えるよ。それに……恥ずかしいし」


 戦いにロマンを求める割に、そういうところでスールーは現実的だった。いや、むしろ真にロマンチックなのかもしれない。魔術を使うならスマートに・・・・・繰り出してほしいのだ。


「時間がかかる割に、氷が薄い」


 サントスはあくまでも物理的に観測できる現象に集中していた。


「せいぜい1センチ厚。手裏剣くらいなら止められるが、火球は無理」


 手ごろな岩ならぶち抜けそうな装甲であった。


「相手はどうして攻撃しないんだろう?」


 これだけのんびりと時間をかけているのに、どうして悠々と防御を固めさせてしまうのか? さっさと攻撃すれば良いものを。

 そう思って、スールーは相手方に目を向けた。


「あれは何をしているんだ?」


 こっちの少女は指輪を額に当てて、俯いていた。


「あれは、あいつの瞑想法だよ。魔力を練っている最中だろう」

「えぇー、こっちもそんなスピードか? 本当の戦場なら走ってきた敵に、ぶん殴られているな」

「本当の戦場ならな。敵も遅いって知っているから、じっくり魔力を練る余裕があるんじゃないか」

「いやはや。緊張感がない試合だなぁ」


 スールーは試合前のわくわくを返せと言わんばかりに、両肩を落とした。


「おっ、こっちの準備が終わったようだぜ」


 少女は顔を上げ、一言叫んだ。


「風陣!」


 ぶわっと風が巻き起こり、少女の髪が舞い踊った。


「おっ! ようやく魔術を使ったな。トーマ、あれはどんな術だ?」

「風属性の防御魔術だな。標的の前に小さな竜巻を起こしたのさ」

「氷対風か。どっちが強い?」


 2つの防御魔術を見て、サントスはトーマに評価を求めた。


「同じ魔力なら氷の方が強いかな。凍っちまえば放っておけるしね」

「そうか。竜巻は気を抜くと止まってしまうのだな」

「なのになぜ風を使う? ……氷が使えない?」


 使い勝手の良い氷魔術でなく、風魔術を防御に使った少女の行動に、サントスは疑問を持った。


「ご名答! あいつは水魔術が使えない。さて、いよいよ攻撃が始まるぜ!」


 トーマの声に、スールーとサントスは改めて競技場の2人に意識を集中させた。

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