第477話 メシヤ流というのはどこに行けば習えるのかね?

「えー、あなたのお名前は?」

「わたしの名はカーソンだ」

「カーソンさん。魔術師ですか?」

「その通りだ。当校で魔術学科の講師を務めている」


 当然、カーソンは魔力を使いこなすことができる。それでは魔法具の試運転には不適切だった。


「カーソン先生、この中でどなたか非魔術師ノーマルをご存じありませんか?」

「この中で……。ああ、あそこに。ヴィオネッタ!」


 カーソンが聴衆の中に見つけた女性は、美術教師のヴィオネッタであった。ステファノと縁浅からぬ彼女は、今日の展示会が気になって見学に来ていた。


「魔法具を試すには魔術師でない人に使ってもらう必要があります。ヴィオネッタ先生、こちらに来て手伝って頂けますか?」

「え? わたし?」


 戸惑いながらも、ヴィオネッタはステファノとカーソンが立つ展示ブースまで進んできた。


「カーソン先生、ヴィオネッタ先生を信用できますか?」

「もちろんだ。彼女は同僚だからな」

「ヴィオネッタ先生、ここに来るよう誰かに頼まれましたか?」

「いいえ、誰にも頼まれてはいません」


 あらかじめ申し合わせなどなかったことを、ステファノはカーソンに納得させた。


「それではヴィオネッタ先生、この道具を手に持ってください。――そうです。そうして、取っ手の端についているつまみを右に回してみてください」

「こうですか?」


 ヴィオネッタがつまみを回すと同時に、送風魔具から風が吹き出した。


「おおっ!」

「まさか、本当にあの短時間で魔術付与ができるとは……」


 一部始終を見ていた聴衆から驚きの声が上がった。


「いや、本当に今魔術を付与したのかね? あらかじめ用意しておいたものではないのか」


 まだ信じられないカーソンは、魔法具が「仕込み」である可能性を疑った。


「それでは、もう一度やってみましょうか? こちらの原型にはまだ術式を籠めていません。カーソン先生、どうぞ調べてください」


 カーソンはステファノの手から、ヴィオネッタが使った送風魔具と同じ形の原型を受け取った。


「つまみを回してみてください」

「こうかね? ……動かんな」


 カーソンはヴィオネッタがやった通りにつまみを捻ってみたが、何事も起こらなかった。


「魔力を籠めてみても良いかな? ……ふむ。それでも動かん。これはただの木工品だね」

「ヴィオネッタ先生も試してみてください。やはり、動きませんね? それではそれをこちらに向けてください」


 ステファノは動かぬ原型に手を触れぬようにしつつ、微風そよかぜの術を魔核混入マーキングした。


「もう一度つまみを捻ってみてください」


 ステファノに促され、ヴィオネッタがつまみを捻ると、先程は動かなかった原型から勢いよく風が吹き出した。


「ご覧のようにたった今微風の術を原型に籠めて、送風魔具を作りました。どうぞ、カーソン先生も試してください」


 ヴィオネッタから受け取った2台めの送風魔具を試してみると、カーソンの手元から風が吹き出した。


「信じられん。これほど簡単に魔術付与ができるとは……」


 カーソンはメシヤ流の魔術付与を目の当たりにして驚嘆した。


「ついでに、術式を消去してみましょう。カーソン先生、送風魔具をこちらに向けてください」

「こうかね?」


 ステファノは魔法具に陰気を飛ばして、籠めてあった術式を消し去った。


「今、魔法具に籠めた術式を消去しました。もう動かなくなったはずです」

「本当だ。どうやっても風が出なくなった」


 ステファノは一切魔法具に手を触れていない。

 こうなると、メシヤ流魔術付与が本物であることを認めざるを得なかった。


「君! メシヤ流というのはどこに行けば習えるのかね?」


 カーソンは息せき切ってステファノに尋ねた。マリアンヌに制止される前に答えを得ようと必死であった。


「おいっ! 抜け駆けする気か!」

「今は生徒を取っていません。ですが、そう遠くない内に私塾を開くはずです」


 会場から不満の声が上がったが、ステファノは冷静に事実を告げた。


「本当かね? その知らせはどこに行けば得られる?」

「おそらくギルモア侯爵家からの発表になるのではないでしょうか。魔術師学会には連絡を通しますので、関心のある方はそちらを注意してもらえばと」

「ああ、それなら聞きそびれることはないだろう」


 もぐりでない限り、世の魔術師は魔術師学会とつながっている。学会には大きな街に支部がある。重要な情報を伝えるにはうってつけのルートだ。


「もちろん当アカデミーにも連絡が入る。そうだな、ステファノ?」


 マリアンヌ学科長が最後にだめ押しをした。


「もちろんです。王立アカデミーは王国随一の魔術学校ですから。そこを無視することなどありません」

「みなさん、聞いた通りです。メシヤ流私塾設立の暁には当学園が責任をもって、情報を公開します」


 魔術学科長が保証した。それなら安心だと、聴衆が納得したところでステファノの実演はお開きになった。


 ◆◆◆


 メシヤ流私塾設立の予告はたちまち魔術界に知れ渡った。知識が力となり、富や権力をもたらす世界において「他流の秘伝」を学ぶ機会には大きな価値があった。


(メシヤ流私塾か。まだ、開校時期や設立場所などはわからんのだな?)

(その時が来たら告知するとしか、ステファノは言わなかったようです)


 鐘楼がある広場で、土竜もぐらハンニバルは姿の見えぬ主に報告を行っていた。

 ハンニバルが密偵と会話する時に使う「遠話」の魔術は音声を媒介にしているが、主との会話は発声の必要がない。


 思考そのものが言葉に変換されて相手に伝わるのだった。


 連絡してくるのは主からであり、ハンニバルが術式をコントロールすることはできない。ハンニバルは「定時連絡」の時刻に、この場所にやって来るだけの立場であった。


(生徒を取ると言うが、一体どんな条件をつける気か……?)

(授業料もどれだけ取るのかわかりません)

(どれほど高かろうと、国中から申し込みが殺到するであろうな。もちろんうち・・からも生徒を送り込む)


 どうやって財を成しているかわからないが、主が資金に困ったところをハンニバルは見たことがなかった。


(許されるなら、私自身でその私塾とやらに行きたいものですな)

(ハンニバル、「土竜もぐら」と呼ばれるお前がか。ふふふ、欲の深いことだ)

(欲というよりも、「ごう」と言うべきかもしれませんな)


 ハンニバルの眼の奥が怪しく光った。

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