第475話 ステファノに慣れたんじゃないか?

 研究報告会は活気を帯びたものになった。


「盛り上がってるよな?」

「ああ。間違いない」

「その割に、騒ぎが少ないな?」

「そうだな」


 トーマは講堂の客席で自分の疑念をサントスにぶつけていた。

 緊張感と期待感、そして発表される内容に対する驚き。そういうものはしっかり存在する。


「何て言うか、みんな驚いて当たり前だと思っている感じ?」

「ステファノだからな。やって当たり前だと」


 驚いてはいる。信じられない現象を見せられて、講堂を揺らすようなどよめきが起きる。

 だが、芯の部分で冷静なのだ。


「ステファノに慣れたんじゃないか?」

「俺たちと一緒」

「あー、そういうこと? 『だって、ステファノだからな』っていう諦めみたいな?」


 スールーが言う通り、あいつならこれくらいやるだろうという前提・・ができてしまった。

 言わば、一流マジシャンのイリュージョンを見せられるような。


「普通の人がどえらいことをやってのければ、見ている人間は驚く。ステファノは普通じゃないってことが、バレバレだからね」

「あの格好の奴が『普通』とか言ったら怖い」

「そうだよなぁ。あいつは態度と、格好と、やることが3方向に振り切ってるんだよなぁ」

「だから、やることの驚きが半分になる」


 手っ取り早く言えば、「変人が変なことをするのは当たり前」という一言につきる。


「さすがにあれはウケたよな? 雷丸いかずちまるの飛行魔法」

「うん。あれはステファノじゃないから」

「ネズミが空を飛べば、普通、人は驚くだろう」


 トーマは聴衆を驚かせたデモ・フライトを話題にしたが、サントスとスールーは乗って来ない。


「本来は在学中に魔獣を従えて、自由自在に使役するなんて前代未聞の快挙らしい。でも、そんなことより『ネズミが空を飛ぶ』ってところに驚きが集中していたね」

「偉業の無駄遣い」

「魔獣をペット扱いしているからなぁ。そこの部分はみんな受け入れちゃっているんだな」


 教授陣など専門家の食いつきが良かったのは、「氷壁の応用」というテーマだった。防御壁として氷壁を作り、その後で「山嵐の術」でそれを粉砕して敵の目をそらす。更には、飛び散った氷の欠片を霧に変えて「霧隠れの術」を発動する。


 ステファノが好んでいる「五遁ごとんの法」では「五行」と呼ばれる5つの属性を、互いに関連づけて利用する。即ち、「五行相生ごぎょうそうしょう」、「五行相剋ごぎょうそうこく」である。


 火は土を生み、土は金を生む。金は水を生み、水は木を生む。そして、木は火を生んで、無限の輪となる。

 かたや、火は金に勝ち、金は木に勝つ。木は土に勝ち、土は水に勝つ。そして、水は火に勝つことでウロボロスの蛇となる。


 その要諦は、絶え間ない変化と属性間の相互作用である。


 従来の魔術にも複合魔術マルチプルは存在する。しかし、そこで考慮されているのは属性間の相性・・までであり、属性を変化させることによる効果の拡大までは含まれていなかった。


 2つなり3つの属性を「混ぜ合わせる」という結末を求めるだけであり、その結末に至る「手順」については関心が薄かった。

 五遁の法は「原始魔術」であると、ステファノは考えている。魔力の利用という技術はまだ未発達で、結果を得るためには「手順プロセス」を大切にする必要があった。


 それこそが「五行思想」や「陰陽思想」を体系化して術に取り入れた理由だったのだ。


「一見すると、『ニセ哲学』に思えるこれらの思想は、実は極めて実用的な方法論でありました」


 ステファノはそう説いて、教授たちをどよめかせた。

 

「使える道具ならそれで良い」


 先人たちはそう考えたのだ。

 

 講堂の舞台上でステファノは氷壁を築き上げて見せた。次に築き上げたそれを消し、空気中にダイアモンドダストとして拡散した。


「本来ならば土魔法で爆発させるところですが、ここでは危険なので細かい粒に変換しました」


 そうしておいて大気に浮かんだ氷の粒を霧に変え、辺り一面を真っ白な世界に変えた。

 今回は「霧隠れ」をメインにしたプレゼンではないので、ステファノは位置を変えず、壇上にただ佇んでいた。


 すっと霧が消えた時、ステファノは元の位置に立っていた。


「五行思想を利用するメリットは術の自然な展開にあります。すべての変化に意味があり、効能があります。そのために、霧隱れという現象は自然な帰結としてそこにあり、特別なコストを必要としません」


 五遁の法を術理として用いれば、詰将棋の手を進めるように、自然な流れでゴールまでたどり着くことができるのであった。


 1つの術を構成要素に分解し、その術理を分析する考察方法はこれまでも存在した。しかし、複数の術を各々構成要素と認識して、複合魔術マルチプルの全体像を理詰めで分解・再構成するアプローチは存在しなかった。


複合魔術マルチプルの文法が変わる!」


 魔術界は驚きを以て新理論を受け止めた。


 一方、魔術の危険と魔法の概念を提起した報告テーマには聴衆の関心が薄かった。


「魔法とは何かね? 魔術とどこが違う?」

「因果律の改変が問題だと言うか? 悪影響がどこにある?」


 この世界には「エネルギー保存の法則」も「エントロピー増大の法則」も知られていない。過剰な因果律改変の害を説いても、その意味は伝わりにくかった。


 それでも「火炎を起こさなくても熱は発生させられる」というデモンストレーションは、聴衆の関心を引くことができた。調理の煮炊き、風呂の湯沸かし、冬場の暖房など、火魔術を使わなくても対応できるという事実は、大きな衝撃を聴衆に与えたのだ。


「これらの『生活魔法』は魔道具術の行使により、魔法具に付与することができます」

「うん? それは先日王都でオークションに出されたというアーティファクトのことか?」


 耳の早い講師がステファノの説明に食いついた。


「そうです。正確には『聖遺物アーティファクト』ではなく、魔道具術によって作り出されたものです」

「何? 君が作ったのか?」

「違います。自分が所属する『メシヤ流』の工房で作られたものです」


 ステファノの発言は聴衆に騒ぎを引き起こした。

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