第419話 でも、タリスマンも完全ではありません。

「ふふ。わたしの値打ちは100ギル銀貨1枚ということになるのか?」


 護身具タリスマンを納めた内ポケットを服の上から触りながら、ドリーは笑って言った。


「まさか、そんなつもりじゃ」

「わはは。冗談だ。100ギルどころか国宝を渡されたようなものだ。感謝しているさ」


 ドリーはステファノが特殊な立場にいることはわかる。「神の如きもの」の存在に関しては半信半疑であったが、発明品だけでも良からぬ連中の欲望を刺激するには十分であった。


「そうすると、この間の短剣も大事な人を護るためのものということか?」

「あれはジュリアーノ殿下に献上されるものです」

「なるほどな。ギルモア家から王家への献上品か。それならいかにもふさわしい」


 あの日から3日間に渡ってマリアンヌは宝剣の性能を綿密に調査した。上級魔術師を連れてくるわけにはいかなかったが、秘密を守れる範囲でできるだけ威力の大きな魔術を撃たせてもみた。

 2人がかりの複合魔術マルチプルを浴びせても、護身具タリスマンは見事に攻撃を吸収した。


「恥ずかしい話だが、少し安心したよ。わたしの「光龍の息吹パルスレーザー」が破られたのも無理はないとな」


 ドリーはわずかに頬を染めた。


「でも、タリスマンも完全ではありません」

「隙があるようには思えなかったが」


 ステファノはヨシズミ、ドイルとタリスマンの欠点について検討を重ねていた。


「あれは良くも悪くも自動防御魔法です。アバターが『危険』と判断しないと働きません」

「そういうものか」

「ですから握手をしたり、肩を抱く動作には反応しない」

「そうか! そういう動作に攻撃を偽装されたら対処できんな」


 握手をした手から雷撃を流し込む。そんな攻撃を受けたら対応が間に合わない。


「結局最後に身を護るのは警戒心です。油断しないようお願いします」


 ◆◆◆


 その日の内にステファノは情革研のメンバー3人に護身具タリスマンを手渡した。ドリー同様にスールーたちはステファノが狙われやすいことを知っている。身を守る手段として、素直にタリスマンを受け取った。


 悩ましいのはミョウシンであった。


 彼女とはルネッサンスの話をしていない。ステファノやその友人が襲われる可能性があるなどとは考えてもいないはずであった。


(何と言ってタリスマンを渡そう?)


 悩んだ結果、ステファノは正直にミョウシンに打ち明けることにした。貴族の子女という彼女の身分が、標的としての価値を高めてしまう可能性を恐れたからである。


「あなた方が目指すゴールとは、そこまでのものでしたか」

「俺たちは王家や貴族を倒そうとは思っていません。しかし、社会が変わって行けばやがて身分というものが必要なくなるかもしれない。そういう方向に踏み出そうとしていることは事実です」

「そうですか。わたくしは生まれた時から貴族の一員です。貴族のいない世界を想像することはできません。身分制がなくなったら貴族に何が起こるのか? すぐには考えられない」


 ミョウシンはステファノの説明を受け止め、自分なりに理解しようと努力した。しかし、きちんとした納得に至るには時間が必要であった。


「ですが、あなた方のすることが社会を豊かにすることなのであれば、わたくしはそれを止めようとは思いません。たとえそれが貴族の崩壊につながることであっても。その時は貴族自らが生き残るために努力すべきだと思います」


 そう言ってミョウシンはステファノが差し出す銀貨を受け取った。

 その指先はわずかに震えているように、ステファノには見えた。


 ◆◆◆


 寮の部屋に落ち着くと、荷ほどきも早々にステファノは「ヘルメスの杖」を手にした。


(有為の奥山、今日越えて……)


 ステファノの額、その中央に第3の眼が開く。


(ステファノの名において命じる。虹の王ナーガよ、イドンを震わせよ!)


 ヘルメスの杖からID波が音もなく広がった。

 闇の中に灯りが灯るように、ぽつぽつとID波に応える光が現れた。


 ミョウシン、スールー、サントス、トーマ、ドリー。それぞれに与えた護身具タリスマンがナーガの呼び声に応えていた。


 ステファノの脳裏に立体的なマップが浮かび上がる。


(みんなに何か危険が迫れば、いつでもわかる。だが、まだだ……)


 5つの護身具からもID波が波紋となって広がる。重なり合った波が互いに重なり、増幅し合い、1つの大きな波となって広がった。


(よし! 届いた!)


 広がって行った波が大きな存在にぶつかり、跳ね返った。音であれば重低音に相当する響きとなって戻って来る。


奉仕者サーバーだ!)


 その位置は間違いなく教務棟応接室の聖スノーデン肖像画であった。


虹の王ナーガよ、儀礼プロトコルに従いてを結べ!)


 杖は私的網PNを経由してサーバーに接続ログインした。ステファノは虹の王ナーガの眼を通してアカデミー内LANの全容を俯瞰する。


(見える。更に中継器ルーターを制御すれば、WANにも接続できるはずだ)


 ルーターへの登録法、情報交換のプロトコルも既にコピーした術式から解析済みであった。


(いずれその時になったら……)


 ステファノはサーバーから退去ログアウトしながら、遠くを見る。


(WANの向こうには「神の如きもの」がいるかもしれない)


「まつろわぬもの」である虹の王ナーガの本体は、その時どう動くのか?

 自分たちは何をさせられるのか?


(正直怖い。怖いけど……立ち止まることはできない。俺は自分がすべきことを行うだけだ)


「誰もが旨い物を食える世の中」。その実現を目指す努力は誰にも止められない。


(そのためには準備をしなくては。もっともっと、「仕込み」に手間をかけなければだめだ)


 庶民の料理は素材にぜいたくを言えない。「手に入るもの」をいかに旨く食べさせるかが料理人の腕だ。


「いいか、ステファノ。そん時に味を決めるのは、腕の良し悪しよりも仕込みと段取りだ。仕込みと段取りは誰にでもできる。正しい手順で手を抜かずにやりゃあ、誰にでもできるんだ」


 誰にでもできることをやり切れるかどうか。それが料理のできを決める。


(俺は名人にはなれないが、まずい料理を出すつもりはない。手は抜かないよ、親方)


 ステファノは机に向かい、書き込みの多くなったノートを広げた。

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