第409話 旦那サンにはどっちも備わってンナ。

「聞いたことのねェ魔法だッペ」


 ヨシズミの世界には存在しなかったタイプの魔法であった。

 もちろんこの世界で一般的な属性魔術とは全く異なる。


「因果を引き寄せ、改変する。その意味では明らかに魔法と呼んで良いね」

「しかし、属性には分類できませんね」

「うん。属性というものが人の決めた枠組みに過ぎないということなんだろう」


 魔術の原則を、ドイルは嬉しそうに否定した。


「ステファノの描く魔法円は属性を切り捨てているじゃないか」

「そうですね。陰と陽の相関と連鎖。それだけあれば術式発現に十分なので」


 必要なのはイメージと意志の力であった。


意子イドンを動かせるだけの確かなイメージ、そして強烈な意志。それが備わっていれば因果に干渉できるということだろう」

「旦那サンにはどっちも備わってンナ」


 医療行為、医薬そして人体機能に関する詳細な知識と経験。人生を懸けてそれらを身につけたネルソンだからこそ、治癒に関する因果を改変できる。


「僕でもヨシズミでも治療魔法の行使は無理だろうね。僕らの知識は医療に関してそれほど深くない」

「そだナ。意志はともかく、そこまで明確な治癒のイメージは描けねェッペ」


 訓練を積めば簡単な治療……「消毒」や「止血」くらいなら魔法で行えるかもしれない。


 かつてステファノは土魔法で人工透析の効果を再現してみせた。あれとてミクロの世界に働きかけたとはいえ、内容自体は単純な遠心分離に過ぎなかった。

 しかも効果と引き換えにステファノは消耗し尽くして意識を失っている。


「ふふふ。これこそ科学と魔法の融合だ。面白いぞ、ネルソン。わかるか? 君が医学知識を増すほどに、治療魔法は強化されるんだぞ?」

「終点のない魔法ケ……」


 閉じているように見えて開かれた輪。己の尾をくわえた蛇。


「ウロボロスの蛇か」

「その通りだ。いかにも飯屋流だな、ネルソン」

「先生、ウニベルシタスには医学科も必要ですね」

「うん。医学知識を持つ塾生を集めて、医学と治療魔法を教える場になるね」


 医療魔法の可能性について語り合いながら、ドイルの脳は自分に発現した魔法能力とその可能性について分析を続けていた。


「学科といえば、ウニベルシタスには錬金術科も必要だね」

「先生、それは……」

「もちろん僕のためさ。ネルソンの治療魔法は即戦力に見える一方で、僕の魔法はどうにも普通だ。どうやって生かそうかと考えた結果さ」


 ステファノ以上にドイルは戦闘魔術に興味がない。戦うこと自体ご免であった。

 ならば生活魔法の修得で終わってしまうのか? 生活魔法は便利だが、それまでだ。


「ネルソンが医学知識を持つように、僕には科学知識がある。物質と現象に関する広く、深い理解がある」

「その点はヨシズミ師匠にも共通していますね」

「そ、そうだね。とにかく、その知識を魔法と融合させれば物質を改変し、事象を置き換えることが可能となるだろう」

「それで錬金術ですか?」


 物質改変と言っても、鉛や鉄を金に変えることはできない。それをするには原子構造レベルでの操作が必要になる。現代社会の核物理学者であればあるいは可能かもしれないが、電子顕微鏡を覗いたこともないヨシズミたちにはイメージのしようがなかった。


「特別なことはできないがね。鉄が錆びたり、木が燃えたりね。身の回りで起こりうる自然現象であればおおよそ再現できると思う」

「五遁の術に似ていますね」

「君にとってはそうかもしれないね、ステファノ。スタート地点が異なるが、事象改変のアプローチは似ているようだ」


 ドイルが話している間ヨシズミは沈黙していた。科学と魔法の融合による錬金術という概念を咀嚼していたらしい。小さく首を振りながら語り出した。


「オレは科学の発達した世界で生きていたが、オレ自身が科学に詳しいわけじゃねェ。治療魔法と同じように錬金術でも使える術は限られッペ」

「ふうん。あっちもこっちも少しずつ使えるということか。君のギフトは『百花繚乱千変万華』だからな。一点特化型の能力ではないということだね」

「用途が広いと言えば聞こえがいいが、器用貧乏ということかもしれねェ」

「師匠には魔法付与の才能も芽生えているし、いわば万能型じゃないですか」


 ヨシズミの柔軟性と応用力の高さはステファノの目標であった。


「『できる人間』と『できない人間』の橋渡しにピッタリかもしれんな、ヨシズミは」


 経営者の目線からネルソンは言った。


 天才は「なぜできないのか?」が理解できないので、人を教えるのが苦手な人間が多い。ヨシズミならば「できる人間」と「できない人間」、その両方の感覚に共感することができそうであった。


「オレの場合は初めから魔視脳は覚醒してッペ。他のみんなとは事情が違うかンナ。ギフトの使いこなし方を腰据えて工夫するしかあンめェ」


 頭をかきながらそう言うヨシズミであったが、顔色は決して暗くなかった。

 戦い以外の場面で、世の中に自分が必要とされる。そんな状況が訪れるなどとは思ってもいなかった。


 それもこれも、変わり者の少年と出会ってからのことである。自分との出会いでステファノが変わったように、ステファノと出会ったことでヨシズミの運命も変化した。


「ステファノが2学期の勉強サしてる間に、オレももう一遍修行してみッペ。弟子に負けてばっかりもいらンめェ?」


 自分を山から引っ張り出してくれた弟子を前に、ヨシズミは胸を張って宣言した。

 弟子は嬉しそうに笑っていた。

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