第406話 ジュリアーノ殿下に献上させていただく。
「差し当たりお前にはステファノとドイルの供をしてもらおうか」
「アカデミーに入り込むということでございますか、旦那様?」
アカデミーは王城でも要塞でもない。忍び込むだけであれば、マルチェルなら何とでもなる。
しかし、それでは「供」にはならない。
「ギルモアの名を使わせてもらうさ」
ネルソンはマルチェルをギルモア家の使いとしてアカデミーに送り込むつもりであった。
「ステファノ」
ネルソンはステファノに顔を向けた。
「済まぬが、
「はい。土台はどうしましょう?」
「うむ。短剣を用意させる」
短剣ならばタリスマンにうってつけの素材であった。
「旦那様、どなたに渡すおつもりで?」
マルチェルはネルソンの狙いを推し量った。
短剣ともなれば、平民が持ち歩くにはふさわしくない。
「ジュリアーノ殿下に献上させていただく」
「それは……ご結婚のお祝いということでございますか?」
「ギルモア家秘蔵のアーティファクトとしてな」
そのようなものは世に知られていない。当然であった。
「もちろんそんなものはない。だからステファノに作ってもらうのだ」
「アーティファクトを捏造すると言うのかい? 無茶をするね」
さすがのドイルも意表を突かれた。いわば国宝をでっち上げようと言うのである。驚くのが当然であった。
「捏造とも言えん。土台にする短剣はギルモアに伝わる宝剣に違いない。それにステファノの魔法を籠めるのだ。アーティファクトの名に恥じるものではない」
国宝となっている既存のアーティファクトに劣らぬ秘宝と言えた。
「土台にする宝剣に心当たりはある。2、3本転がっていたはずだから1本王家に差しだしたところでどうということはない」
さすがは侯爵家である。国宝級の短剣がごろごろしていた。
戦に使えぬ短剣など「飾り物」に過ぎぬと、普段は見向きもしていないのだ。
「短い刃物なら短剣よりも『
「鉈ならば薪も割れるし、敵の兜も叩きつぶせる。ご当家ならそう考えますな」
何とも武張った家風であった。
「それで? アーティファクト捏造とマルチェルのアカデミー侵入が、どう結びつくんだい?」
意外な組み合わせに興味をそそられ、ドイルは尋ねた。
「何分古い物なのでな。効能の程がよくわからんのだ。献上前にアカデミーで調査してもらおうというわけさ」
「なるほど。そういう名目か。とぼけた話だが、ギルモアならそういうこともありそうだ」
「わたしはその使いとして短剣を持参する役ですな」
ドイルはギルモア
ステファノはその助手だ。
「これならば全員がギルモアに関わりある人間でも不思議はない。大手を振ってアカデミーの門を潜れるというものだ」
「ふん。さすが悪知恵に長けているな」
しかし、アカデミーに入り込むという目的1つのために国宝クラスの短剣を差し出すとは。
ギルモア家の懐の深さとネルソンの果断さを遺憾なく示していた。
「
「それが狙いですか」
宝剣はアカデミー訪問の口実ではあったが、それだけではなかった。
本命はナーガをアカデミーの
「考えたものだな。真の狙いを外して考えても、ちゃんと殿下へのご成婚祝いとして成り立っているところがいやらしい」
「心が籠っていると言ってほしいものだ」
息をするように謀略を練る。それが「ネルソン・ギルモア」という男であった。
「マルチェル、兄者に手紙を書く。済まぬが、それを持って短剣一振りをもらい受けてくれ」
「かしこまりました。謹んで使者を勤めさせていただきます」
手紙一本で宝剣を差し出す。ネルソンは兄である当代侯爵にそれだけ信用されていた。
そして宝剣ごとき、ギルモアにとっては取るに足らぬ代物であった。
「俺の仕事は宝剣と魔示板をペアリングさせることですね」
ステファノは自分のすべきことを考えていた。
「杖をペアリングさせたことがあると言っていたな。言っては何だがあの棒切れでできたことなら、アバターの宿ったタリスマンでできぬ道理はあるまい」
「そうですね。今回はペアリングさせると知った上でアバターを籠めます。ペアリングに関しては心配いらないかと」
「ペアリングができたならアバターに
LANに入り込めれば、アバターはLANの全貌を把握することができる。
そのなかにサーバーが含まれている以上、その所在を知ることは
「やれます。サーバーを見つけたらそこに籠められた術式を読み取るんですね?」
「そして『雲』の住所とやらを手に入れるのだ」
ステファノは自信を籠めてうなずいた。
「面白そうだね。僕の出番が少ないが、今回はステファノに手柄を譲ろう」
そう言いつつ、新しい発見への期待にドイルの声は明るかった。
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