第398話 ステファノのやることは無駄に見えて無駄がない。

「ふうむ。化身アバターの開放が『ネット』を生成するとはな」

「思わぬところでお前の理論が現実となったようですね、ドイル」


 場所を変えて朝食の場、ステファノの報告を聞いてドイルは感慨深げだった。


「意志の強さがID波を引き起こすトリガーだったとは、僕の想像を超えていたね」

「まさか屋敷中に配置した魔道具の数々が『地域連絡網LAN』とやらを構成するとは私も想像していなかった」


 ドイルのみならず、ネルソンもまた思わぬ展開に驚いていた。


「ステファノのやることは無駄に見えて無駄がない。理想に向かって正しい道筋を選択しているからだろう」

護身具タリスマン奉仕者サーバーの役割を果たすとはね。言われてみれば、ふさわしい仕事なのだが」


 対象の安全を守ることも奉仕サービスの1つと言えた。

 同時に、ネットが構築されたことで護身具は館内の「人」の所在を常時把握し続ける。


 屋敷に住む人のイドは既に認識している。外部からの人間――たとえば侵入者――がいれば、護身具はそれを要注意人物としてマークする。


「惜しいのはサーバーが1つしかないということか。プリシラが出かけてしまったら、ネットの接続が途切れてしまうね」


 ID波の基点となっているのはプリシラが身につけた護身具である。彼女が外出してしまえば、館の魔道具との接続が失われる。


 魔道具だけではネットを構成できないのだ。


「えぇと、2つあります」


 ステファノはおずおずと声を上げた。


「2つ? 護身具を2つ作ったのか、君は?」

「あの、ベースがリボンなのでスペア用も作っておきました」

「ははっ、慎重な奴だな。だが、おかげでプリシラが不在でも屋敷にはスペアのリボンが残されるわけだ」


 それならばネルソン邸には常時魔道具ネットが形成される。


「意図していないのに、そんなにも上手く事が運ぶものでしょうか?」

「ふふん。実に君らしい疑り深さだね、マルチェル」


 ドイルは皮肉な言い方をしたが、不思議に思うのは自然なことであった。


「いい加減に慣れたらどうかね? 我々を何だと思っている? 飯屋流だぞ」

「忘れたわけではありませんが……。あまりにもできすぎた偶然で」

「偶然? おかしなことを言う奴だ。ステファノだぞ? ギフトの完全覚醒だぞ? アバター開放だぞ? 偶然のはずがないだろうに」


 ネットの再現を求めるステファノの無意識が、アバターを通じてすべてを整えた。


「そう考えるのが当然じゃないか?」


 鼻息荒く、ドイルは胸を反らした。


「お前のように順応が早いと、人生は楽なのでしょうね」


 マルチェルは負け惜しみを漏らすのが精一杯であった。


「2人とも、そこら辺にしておけ。魔道具ネットがどういうものか。その検証をしようではないか」


 ドイルとマルチェルの会話が噛み合わないのは昔からのことだ。

 ネルソンが間に挟まれる構図もいつものことであった。


「ステファノ、魔道具ネットはお前がいなくても常時稼動しているのか?」

「はい。一度立ち上がったネットは術者の存在、生死にかかわらず動き続けます」


 ネルソンの質問に、ステファノは自信を持って答えた。自分のアバターが為したことである。確かめなくても、魔道具ネットの性質は心に刻まれていた。


「そうか。ならば世に残るアーティファクトのネットもどこかで稼動を続けているのだろう」

「絶対とは言えないが、そう考える方が自然だろうね」

「稼動しているものなら見つける方法があるはずだ」


 ネルソンの推測をドイルが支持した。その内容はステファノたちにとって好意的なものであった。


「どこかで稼動中のネットが発見されたということはありませんか?」


 ステファノは心に沸いた疑問をさらけだした。


「どうかね、ドイル? 心当たりはあるか?」

「僕が知る限りではそういう事実はないね。僕はたいていのことを知っているわけだけれど」


 最後の一言は余計だったが、結論は変わらない。稼動中のネットなどと言うアーティファクトは、いまだかつて発見されたことがない。


「それでは見つけるのは難しそうだな。どこを探せば良いか、手がかりがほしいところだ」

「科学的じゃないね、ネルソン。薬屋稼業に染まりすぎじゃないか?」

「科学者であるお前には、探し方が見えていると言うのか?」

「もちろんさ。科学者は常に事実からスタートする。初めに立つべき場所を間違えてはいけない」


 お調子者のように見えて、ドイルは科学者であった。その足元は揺らがない。


「ステファノが作った魔道具ネットは現存するもので唯一、所在が明らかなものだ。我々がスタート地点とすべきは目の前の魔道具ネット以外にない」

「だが、それでは袋小路ではないか? どうやって他のネットを探すと言うのだ?」


 ステファノの魔道具ネットはLANである。いまだ外部にはつながっていない。

 その状態でドイルはどうやって、他のネットを探そうと言うのか?


「魔術はイメージだと言うが、ならば科学は論理だと僕は言おう。後は優れた知性があれば申し分ない」

「御託は十分です。答えを知っているなら聞かせてほしいですね」


 調子に乗り始めたドイルに、マルチェルが釘を刺した。


「年を取るとせっかちになると言うが、どうやら本当のようだ。まあ、いいさ。もったいぶるような話でもない。魔道具ネットは『地域連絡網LAN』だと言う。だったら『広域連絡網WAN』につなげれば良い」

「どうやって?」


 一体どうやって魔道具ネットをWANにつなげようと言うのか。魔道具ネットの存在すら、ついさっき聞いたばかりだと言うのに。


「どうやってWANにつなぐかって? そんなことはまだわからんさ」

「わからないって、お前……」

「答えが知りたいと言っただろう、マルチェル。僕は答えを教えてやった。『どうやってやるか』は別の話さ」

「そんないい加減な!」


 ドイルの言葉に、マルチェルは思わず大きな声を発した。

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