第397話 ステファノはナーガの視線に意識を委ねた。

 朝目覚めると、俯瞰する自分がいた。


 夜中に金縛りに遭い、天井からベッドの上の自分を見下ろしている気分。あれのような感覚だった。


(これは……虹の王ナーガの視点か?)


 自分の分身がわが身を見下ろしている。そんな感覚をステファノは覚えていた。

 同時にそれ以外の感覚もある。


(師匠たち……プリシラ……ジョナサンさん、ケントクさん……。みんなの気配が……)


 ネルソン邸に所在する人たち全員の気配をステファノは察知していた。

 誰がどの部屋にいるか。それが手に取るようにわかった。


(この感覚はどういうことだ? イドを探知しなくても居場所がわかるとは……)


 ステファノはナーガの視線に意識を委ねた。イドの1つ、ネルソンに意識を向けると、ネルソンは居室にいることがわかる。


(ナーガの視線……。どこから観ている? ランプだって?)


 ナーガはネルソン居室のランプから、ネルソンのイドを捉えていた。ナーガは魔灯具に宿っていた。

 ネルソンの部屋だけではない。ステファノが魔術付与したすべての魔道具にナーガが宿っているのだった。


 それぞれの魔道具が見えない手を伸ばし、手を繋ぎあって一体となって存在していた。


(これはまるで蜘蛛の巣、いや網の目のような……。これは!)


 ヨシズミが語った「ネット」ではないのか? 魔道具たちは紛れもなく相互に通信を交わしていた。


(建物内部をつなぐもの……それは「地域連絡網ローカルエリア・ネットワーク」か。すると、どこかに「奉仕者サーバー」がいるのだろうか?)


 ステファノには心当たりがない。特別な魔道具など作っていない。そんな覚えは――。


(あっ! あった! 1つだけ、いや2つ「特別な魔道具」を作った……)


 護身具タリスマン


 ステファノはそれを作り上げ、プリシラに贈った。


(あそこに籠めたのは「自動防御魔法」だ。どの魔道具よりも知性に近づけたアバターじゃないか)


 何よりも「プリシラを危険から守る」という想いを術式に籠めた。

 プリシラの安全をステファノは祈った。


 祈りは願望であり、かくあれかしという強い意志だ。


 その意志を籠められた魔核マジコアは対象であるリボンのイドを強く動かした。意志こそが意子イドンを震わせるエネルギーであった。


 リボンのイドンは激しく振動し、ID波を発した。ステファノの魔核を宿す最寄りの魔道具がID波を受けて共鳴し、自らもID波を発する。

 波は波を呼び、たちまちID波によるネットワークを形成したのだった。


(アバターが覚醒したら、「網」ができていた……。そんなことってある?)


 とにかく師匠たちに報告しなくてはと、ステファノは部屋を出た。


 ◆◆◆


 マルチェルとヨシズミは庭にいた。それぞれに型の修練を行っていた。


 2人の型が一段落したところで、ステファノは声をかけた。


「マルチェルさん、ヨシズミ師匠! ちょっとお話があります」

「どうしました、ステファノ? 何か異変がありましたか?」


 静かな口調だったが、マルチェルはステファノの態度に緊張を嗅ぎ取ったらしい。


「実は夜の間に俺のアバターが完全に覚醒したようです」

「ほお? とうとう開放されたってわけカ?」


 ヨシズミに大きな驚きはない。いずれその日は近いものと想像していたのだ。


「で、どうなったッペ? 頭ン中にナーガがいすわったりしてんだッペか?」


 第2の人格としてナーガが対話を始める。ヨシズミはアバターの完全覚醒をそのようなものと想像していた。


「いえ、そういうことはありません。知らない内に『ネット』ができ上がっていました」

「何だって? ネット? どうして?」


 ステファノの答えはさしものヨシズミをも呆れさせるものであった。

 アバターの話がなぜ「ネット」の話になるのかがわからない。


「おめェ、何語ってンだ、コノ!」


 つい言葉がきつくなる。


「待ってください。どうも話がかみ合わないようですね。ステファノ、我々にわかるよう落ち着いて説明してください」


 苦労人マルチェルに促されて、ステファノは目覚めてからのことを訥々とつとつと語り始めた。


 ◆◆◆


「なるほど。そういうことですか。ようやく意味が通じました」

「うん。たまげた話だが意味はわかっタ」


 マルチェルたちは、アバターの覚醒がLAN構築のキーにもなっていたことを理解した。


「そういう話なら旦那サンと先生にも聞かしてやンねばなンめェ」

「そうですな。詳しい話は、お2人にも聞いていただきましょう」


 ステファノは全員が揃った朝食の席で、アバター開放の報告をすることになった。


「それにしても魔道具を量産して経験値を荒稼ぎするとはなァ。ラノベでもあんまし聞かねェ話だッペ」

「へっ? 何のことですか?」

「や、何でもねェ。ただの独り言だッペ」


 思わず心の声を漏らしたヨシズミであった。どういう意味かと尋ねられても、どう答えて良いかわからない。適当にお茶を濁すしかなかった。


 苦笑いを浮かべたヨシズミの脳裏に、ステファノ製作魔道具が世間を埋め尽くす未来のイメージが浮かび上がった。


(何十万、何百万の魔道具がステファノのために経験値を稼ぎ続けたらどうなる?)


 ナーガはとてつもない経験値、すなわち学習効果を得ることになる。


(やがてナーガの知性は人間を超えることになるのだろうか?)


 ヨシズミはその問いを心から消し去ることができなかった。

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