第379話 確かに伝声管どころの話ではないな。
「それは……軍部にとっては悪夢のような仕組みだな」
機密管理への影響を想像し、ネルソンが唸る。
「ふふん。内務にだって表に出せない秘密はたくさんあるだろう。要するに情報の盗み合いになるということだな? 忍び込んだり、金庫を開けたりという時代ではなくなるわけだ」
「その通りだな。地球の裏側からでも情報は盗み出せる。何のことはねェ。現実界がイデア界に一歩近づくってことだッペ」
「時間と距離の制約がなくなる、と。そんな世界では僕やマルチェルのギフトが色あせてしまいそうだ」
主観的な時間を拡張するギフトである「タイムスライシング」と「
ステファノは話を続けた。
「そういう
「確かに伝声管どころの話ではないな」
ようやくステファノがイメージするシステム像を理解し、ネルソンは唸った。
「進んだのはそこまでか? 『住所』の解読はまだだということだな?」
「1学期の最終日に着手したばかりなので、『住所』の謎は解けていません」
「
ネルソンはめまいがする思いであった。王国だけがこれを利用できる状況であれば、軍事的優位性ははかり知れない。
戦争は、目隠しをした幼児を殴りつけるようなものになる。
「この話を聞いておいて本当に良かった」
ネルソンは額を押さえながら言った。
「これは今までの発明と比較にならない。世に出すタイミングをしっかり計らねば、多数の死者を出すかもしれない」
「軍務卿が狂喜しそうですな」
戦力が拮抗している時の軍隊は冷静な生き物である。しかし、いったん軍事バランスが一方に傾くと、優勢な側も劣勢な側も狂気に陥る。勝てば勝利に酔い、負ければ血に悶える。
そして大量の血が大地を覆うまで、戦は止まらないのだ。
「くれぐれも気をつけろよ、ステファノ。お前の仲間たちもな。
「わかりました。人に知られぬよう注意します」
一学期の最終日に着手したというタイミングが良かった。情報を漏らそうにも、まだ何も始まっていない。
スールーたちにしても、ステファノが何か始めるらしいという認識しか持っていないはずであった。
今なら3人に口止めすれば済む。
「それで『住所』の指定方法にめどはつきそうなのかい?」
ドイルにとっては軍部に介入される危険などより、発見そのものの価値の方がはるかに重要であった。
煎じ詰めれば、その発見が世の中のためになるかどうかもさほど重要ではない。
誰も答えを知らない謎を解き明かす。そのことにこそ意味がある。
それがドイルという人間を貫く信念であった。
「ヨシズミ師匠のお陰で『網』というものの性格が理解できました。アカデミーの
ステファノは自分の内なる感覚と、
「もし、この世界の『網』がオレの世界の『ネット』に近いもンなら、『住所』にはわかりやすい名前がつけられているはずだッペ。人間はその『名前』の方を使って遠隔地から端末にアクセスしてたンダ」
「名前ですか?」
「そうだ。『教室1』とか『黒板1』とかナ? もうちっとわかりにくい符号を使ってッこともあッけどが」
「わかりました。今度調べる時は、そういう名前に注意してみます」
ステファノはヨシズミがくれた助言を心にメモした。
「それとな、ステファノ。オレんところの『LAN』てもンには、『サーバー』ってのがあった」
「『
「うん。そいつは家ン中の執事みてェなもンだナ。1つ1つの機器から『ああしてくれ』『こうしてくれ』というリクエストが来るのをさばくのが仕事だ」
「なるほど、執事か便利屋ですね」
ステファノはヨシズミが追加したサーバーの絵を見て、『執事』と『主』の関係性をイメージする。
すなわち、「クライアント・サーバー・システム」であった。
「大家族に仕える執事ということですね」
「そうだ。外の世界との通信はすべて『サーバー』を経由する。先ずはサーバーを見つけることだッペ」
これも貴重な知見であった。相手の構造が予想できれば、探索はずいぶん楽なものとなる。
「師匠、ありがとうございます」
「何でもねぇッペ。手伝ってやれなくて悪いナ」
ヨシズミはすまなそうに頭をかいた。
「ヨシズミがステファノの師匠と知られると、いろいろ厄介だからな」
「いろんな勢力が取り込みを図るでしょうな。特に、軍部が……」
ネルソンとマルチェルは顔を見合わせた。
「気にすることはないだろう。たまたま今はタイミングが悪いというだけのことさ。ウニベルシタスを立ち上げる頃には、準備が整っているだろうさ」
「ドイルの言う通りだ。来年の今頃には、忙しさに音を上げているかもしれんぞ」
苦しげなヨシズミに、気にするなとネルソンは笑いかけた。
「あ、師匠! アカデミーでお世話になっているドリーさんが、ぜひ師匠に教えを請いたいそうです」
「ほら見ろ。もうステファノが仕事を運んできているぞ」
「君は、本当にじっとしていられない男だね。僕が言うのはおかしいが」
ネルソンの冷やかしにドイルまで乗っかったところで、全員が噴き出した。
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