第283話 好奇心は猫を殺すとも言います。怖いですね。

「ほう? 君は魔道具に興味を持っていますか。ああ、庶民階級出身者でしたね。それならわかります」


 貴族の世界では魔道具はそれ程珍しくない。大金持ちにとってもそうなのだろう。

 ここでもステファノの特異性が人とは違う行動を取らせていた。


「今まで魔道具という物を見たことがなかったので、どんな物なのか興味があります」


 ステファノは隠さずに真意を語った。田舎者と見られても構わない。実際に田舎者で、その上貧乏なのだから。


「なるほど。好奇心を持つのは良いことですね。そうですとも。好奇心は学問の原動力になります」


 アリステアの瞳がきらきらと輝いた。


「好奇心は猫を殺すとも言います。怖いですね」


 教務課長は口角を持ち上げた。なぜかステファノの背筋に寒気が走った。


「よろしい。わたしが相手をいたしましょう。学園のことですからね」


 アリステアは中年男に、仕事に戻ってよろしいと告げた。


「では、ステファノ。ついて来なさい」


 そう言ってアリステアは、いつもの応接室にステファノを案内した。


「さて、どんな魔道具について知りたいですか?」


 ソファに身を沈めると、アリステアはステファノに水を向けた。


「はい。まずは拡声の仕組みについて。どういう道具がどこに設置されているのか? どうやって使用するのか、差し支えなければ教えてください」

「ああ、拡声器ですか。実に基本的ですね。あれはどの教室にも取りつけてありますよ」


 設置個所は部屋中央の天井であった。


「やはり風魔術でしょうか?」

「おや? わかりますか。その通りです。振動を起こして紙を震わせています。拡声器自体はお椀のような形をしていて、天井に下向きに埋め込まれています」


 やはり基本的な原理はステファノが考案した拡声器と同じであった。もちろん道具としての完成度ははるかに高いであろうが。


「どうやって先生の声だけ・・を拾っているんですか?」

「良い質問ですね。そう、教師以外の声は拡大しません。あれは教師が持つ魔力発動具と同期しているのです」


 教師があらかじめ登録しておいた発動具、たとえば短杖ワンドに魔力を籠めると、拡声器は短杖の所持者が放つ音声を拡大して放出する。


「籠める魔力は風属性でなくても良いのですね?」

「よくわかりましたね。その通りです。風魔術を使えない先生もいますからね」


(やはりそうか。それなら呪文詠唱も必要ないわけだ)


「音声の大きさはどうやって調整するんですか?」

「ふむ。誰か教室で騒いだ奴でもいましたか? 音の大きさは籠める魔力の大きさで調整します」


(なるほど。何でも良いから大きな魔力を籠めれば大きな音が出ると。実際には魔術を使用しないので、籠めた魔力は取り消すんだな)


「よくわかりました。拡声器は世の中にたくさん出回っているものなのですか?」

「そうですね。貴族社会では珍しくありません。使用者が魔力持ちに限られますが……」


(そうだよね。誰でも使えるというわけにはいかない。それにしても機構や素材の参考用に1つ入手できるといいんじゃないかな)


 ステファノは次の会合でスールーに提案してみようと、心にメモした。


「あっ! 魔術師以外の先生が使う時はどうしてするんですか?」

「うむ。そういう時は補助者に声を拾ってもらいます。もちろん魔術師の補助者です」


 やはり一般人にとっては必ずしも便利な道具とは言えなかった。

 もちろん、ないよりはある方が便利に違いないが。


「よくわかりました。ありがとうございます。もう1つ、黒板について聞きたいのですが」

「ああ、教室と言えば、まずあの黒板ですね」

「あれも魔力操作を前提とした道具だと思いますが、言葉をそのまま映しているわけではなさそうでした。どういう仕組みなのでしょうか?」


 人によっては、一気にたくさんの情報を表示させる人がいた。「読み上げた言葉を映し出す」だけの道具ではないのだろう。


「よく見ていますね。あれはモードが2つあるのです。音声記録モードと、プリセット・モードです」

「プリセット・モードというのはどういう使い方ですか?」


 音声記録の方は声に出した内容を、文字に変換する機能だと想像がつく。

「音」でしかない音声を「意味」に変換する機能が必要なのだが、その話は後で聞こう。


 まずはあらかじめセットしておいた情報をまとめて表示する、プリセット・モードについて聞きたかった。


「あれは事前に読み上げた内容を記憶させる機能です。3つまでのパターンを事前に記憶させておくことができます」

「表示させるときは、どうやるんですか?」


 ステファノは魔道具の使い方について尋ねた。


「やはり魔力を籠めながら、『1』『2』『3』のどれか1つ、数字を思い浮かべるのです」

「その数字のパターンが呼び出されて黒板に表示されるわけですか?」

「そういうことです」


 なるほど。理にかなった使い方であった。


「それでは、声に出した文章を文字に直すのはどうやっているんですか?」

「あれか。あれには『雲に送る・・・・』という術式が使われているそうですよ」

「空に浮かぶ『雲』ですか?」


 ステファノは目を丸くした。


「その雲だという話です。よくわかりませんね」

「雲に送ると、声が文字に変わるのですか?」

「そういうことのようです。一流の魔道具師でも、その仕組みはわからないらしいですね」


 アリステアはわずかに微笑していた。突拍子もないことを言って人を驚かせることが多いステファノを、反対に驚かせたことが面白いらしい。


「快晴の日は使えない、なんてことはありませんよね?」

「天候に左右されるという話は聞きません。聞いたことがありませんね」


 空に雲がなくても「魔示板マジボード」は使えますよと、アリステアは教えてくれた。

 魔示板というのが魔道具の名前だと言う。


 魔示板には「拡大/縮小」、「複写/貼りつけ」などの「編集機能」が備わっている。

 それらの機能も、「対象範囲」と「処理内容」を「雲に送る」ことで実行させているという。


「どこかの雲の上に、アーティファクトがあるのではないかとも言われているそうですよ? ロマンがありますね?」

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