第282話 これは売れるぜ。

「えっ? だってこんな遠距離魔術を使う奴はいないって……」


 トーマの言葉にステファノは戸惑った。


「さすがに30メートルというのはな。だが、10メートル、20メートルを狙う時にそれを補助する道具というのは買い手がいるぜ」

「なある。スコープは要らないが、狙いを合わせる機構は使える」

「そういうこと。わかってんじゃないの、兄貴」

「兄貴じゃない」


 要するに照準器を長杖スタッフなどに取りつけようというのだ。


「これは売れるぜ」


 トーマの声が変わった。完全に商売人としてのスイッチが入っている。


「取りつけ機構、調整機構が肝だ。ウチの技術ならしばらくは他所が真似できないものを作れる」

「しばらくなのか?」

「まあな。ばらせば作り方はわかる。職人ならな?」


 この世界に「特許権」などというものは存在しない。やった者勝ちである。

 それでは創業者としてのうま味がないのではないか?


「所詮、買い手の数は決まっている。いつまでも美味しい商売ではないさ」

「それじゃあ、キムラーヤ商会としても儲からないんじゃ」

「これだけだったらな」


 トーマは商売人としての顔を見せて、にやりと笑った。


「商売は明日終わるわけじゃない。こいつをきっかけに軍とのパイプが太くなる。それだけでも価値はある」


 当然売り先の主流は軍相手となる。そこで軍関係者とお抱え魔術師に気に入ってもらえれば、これからの商売がやり易くなるのだ。


「狙いの精度を高めるという概念は面白いぜ。弓でも投石器でも、考え方の応用はできる。そっちの方が商売としては大きくなるだろう」


 トーマは「発明品」としてだけではなく、「ビジネス」としての可能性まで考えていた。


「だから、やった者勝ちなのさ。先に走り出せば、それだけのメリットがある。お前には売り上げの1割を渡すぜ、ステファノ」

「えっ? 何もしてないのに?」

「馬鹿言うんじゃないぜ。商売で一番貴重なのは『何を売るか』という概念コンセプトだ」


 トーマはアカデミーの新入生としてではなく、商売人として語った。


「ステファノ、この件はトーマのいう通りだと僕も思うね。遠慮なく口銭をもらったら良いさ。なあに、売れなければゼロなんだから気にすることはない」

「そういうこと。後で覚書を届けさせるぜ」


 商売人のスールーとトーマに説得されて、ステファノは申し出を受け入れることにした。


「それとな、ステファノ。この件も論文にまとめておくべきだ。これは君個人の成果として研究報告会に出したまえ」


 スールーは、更にアドバイスした。


「うん。図面を引いたサントスを協力者ということにしてやってくれ」

「いや、俺は」

「サントス。技術は報われるべきだ」


 遠慮しようとしたサントスをトーマは言葉で抑え込んだ。技術に関するトーマの情熱は本物であった。


「もちろんです。俺に図面は作れませんから。でも、トーマは協力者に入れなくても良いのか?」


 ステファノが問うと、トーマは笑って言った。


 「俺か? 俺は要らん。その分甘い汁・・・を吸わせてもらうさ。わははは」


 これが商売人というものかと、ステファノは圧倒された。


 ◆◆◆


 情革研会合の後、ドリーとの訓練までは1時間の隙間時間がある。チャレンジへの対応はほぼ完了しており、残すは「薬草の基礎」だけであった。

 これは週末に集中して対策するつもりなので、この1時間に手をつけるつもりはない。


(そうだ。教室で使われている魔道具について、教務課で聞いてみよう)


 黒板の表示装置や拡声器など、その仕組みに興味を覚えた魔道具がいくつか存在した。もしかすると、情革研の取り組みの参考になるかもしれない。


 教務課は授業のある時間帯ということで、閑散としていた。


「すみません。お願いがあるんですが」

「おう、何だい? 変わった格好をした子だな」


 ステファノは、入り口近くにデスクのある男性に声を掛けた。男性はステファノの出で立ちに見覚えがなかったらしく、驚いて二度見をしていた。


「お仕事の邪魔をしたら申し訳ないんですが、教室で使われている魔道具について伺いたいのですが……」

「あん? 魔道具だと? それは俺じゃ応えられんな。さて、魔道具となるとなあ」


 言葉はきつめだが、男は面倒見がよい性格らしい。腕を組んで真剣に考え始めた。


「どうした、マードック? 魔道具がどうとか聞こえたようだが」


 奥から現れたのは、教務長のアリステアであった。今日も髪の毛一本乱れのない、きっちりとした外見、服装である。


「アリステアさん、こんにちは。魔術科1年のステファノです」

「ああ、言わなくてもわかっていますよ。ステファノですね。そうでしょうとも」


 アリステアはもちろん、ステファノのことを覚えていた。

 ちらりと興味ありげに、道着姿を上から下へ眺めた。


「面白い服装ですが、似合っていますね。大分着込んだようです」

「はい。柔という護身術を先輩から学んでいます」

「ああ、ミョウシンさんですね。聞いていますよ。あなたが同好会に加わったと」


 何が面白いのか、アリステアは楽しそうに微笑んだ。


「あなた方2人が同好会を結成したのは、実に興味深いですね。まったく違う2人ですから」


 貴族子女のミョウシンと庶民であるステファノが、たった2人で同好会を作ったことがどうやら面白いらしい。


「アカデミーの精神にかなっていると思いませんか? その通りですね」

「あの、学園で使用されている魔道具についてどなたかにお話を伺えないかと思いまして」


 ステファノは思い切ってアリステア教務長に用件を切り出した。

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