第263話 ステファノ、水遁霧隠れをクラスに示す。

「ふむ。おとぎ話が事実でないと信じる根拠はありますか?」


 ポンセは首を傾げて、試すように質問した。


「おとぎ話は……え、絵空事です。こどもの寝物語です。あんなものはインチキです!」

「なるほど。確かにおとぎ話の中には、巨大な化け物や、実在しない宝物などが出てくるものだからね。君はそう考えないんだね、ステファノ?」


「おとぎ話は誇張するものです。その方が面白いですからね。しかし、誇張する元になった事実が存在するのではないかと。この場合は『隠形五遁の術』です」

「うん、うん。お話の中でも面白いところだね。クラスのみんなに隠形五遁とは何かを、説明してくれないか」


 ステファノは五遁とは遁走のための術であり、火遁、水遁、木遁、金遁、土遁の五法があると説明した。


「五遁は我々が知っている魔術の原型ではないかと思います」


 木遁に風魔術を当てはめ、金遁に雷魔術を当てはめれば、光魔術を除く5属性で五遁の説明がつく。


「光属性はまだ見つかっていなかったか、または火属性と混同されていたのでしょう」


 鬼火、狐火は火魔術とも光魔術とも考えられることを説明した。


「面白い仮説ですね。しかし、偶然では? 聖教会もアカデミーも存在しない時代に魔術師を育成できたでしょうか?」

「『セイナッドの猿』がその母体であったと考えます。彼らには独自の魔力覚醒儀式と、魔力操作法が伝わっていたのでしょう」


 ステファノはポンセの追及を恐れずに、自説を述べた。


「ほほう。どのような儀式や伝統を仮定していますか?」

「仙道と山岳修行です」


 仙道では断食と瞑想により脳の活性化を図り、山岳修行は体力の増強であると共に空気の薄い環境で脳を麻痺させる意味があったのではないか。ステファノはそう論じた。


「興味深い仮説ですが、推測ですね。証拠はない」

「はい。ですが、否定する証拠もありません」

「間接的な証拠、そして符合がこれだけ続けば偶然ではないと言うのですね?」


 ステファノはここで用意していた爆弾を投げ入れた。


「セイナッド氏は歴史の闇に消えました。しかし、その血は現在に伝わっているのではないでしょうか?」

「どういう意味ですか?」


 ステファノはたっぷりと間を取って、声を張った。


「ギフトが貴族に伝わる血の因子であるならば、魔力は平民に伝わるセイナッド氏の血筋ではないか?」


「何だと?」

「そんな馬鹿な?」

「でたらめだろう?」


 教室は混乱した生徒の声で一杯になった。


【静かにしなさい!】


 教室に大音声がこだました。ポンセが「拡声」の魔術具を使用したのだ。


(おお、すごい性能だ。どんな魔術具なのか知りたいなあ)


 ステファノは自分が騒ぎの原因を作ったことも忘れて、拡声器の所在を魔視で探した。


「ステファノ、それは随分大胆な仮説ですね。根拠はありますか?」

「貴族は聖教会でギフトを授かります。しかし、平民にその機会はありません。にもかかわらず一定の確率で平民の間に魔力保持者が覚醒するのは、血筋によるものと考えるのが自然ではないでしょうか」


 ギフトが血統だと言うなら、魔力も血統と考えるのが「フェアな」立場であろうと、ステファノは突きつけている。


「一理あることは認めましょう。しかし、反対意見も多いでしょうね」

「自分も絶対の確信を持っているわけではありません。そう考えるのが自然だというだけです」


 ステファノはそう言って一礼した。言いたいことはそれだけである。


「あー、待ちなさい。論文の結論には五遁の実在の証拠として、一部の術を再現したと書いてありますが……」


 ポンセは論文の最終ページを掲げて、ステファノを呼び止めた。


「事実です。具体的には『水遁霧隠れの術』を再現しました」


「あはは」

「嘘だろ」


 クラスのあちこちから笑い声が上がった。


「静かに」


 ポンセは短くそう言って、ステファノを見た。


「それこそが君の『チャレンジ』ですね?」

「はい。百の空論より、一の実践です」


 ステファノは負けずに視線を受け止めた。ここで引いては「チャレンジ」の意味がない。


「良いでしょう。私の理解では霧隠れの術とは敵から身を隠す術ですね。ならば危険はないでしょう」

「はい。失敗しても自分の姿が丸見えになるだけです。一切危険はありません」

「ならば、この場で実演してもらいましょうか。できますね?」


 ポンセの挑戦をステファノは受けて立つ。


「もちろんです」


 教壇の前に3人は並んで立っている。中央にポンセ、生徒から向かって右にロベルト、向かって左にステファノだ。


「魔術の行使を許可する。やってみたまえ」


 ステファノは手にした杖で床をどんと鳴らした。


「水遁、霧隠れの術!」


 教室の中が一瞬で白い霧に包まれた。


「うっ!」

「何だ?」

「何も見えない!」


【静かに!】


 拡声器の声が壁に吸い込まれたころ、教室を満たしていた霧が消えた。

 もちろんステファノの姿はない。


(消えた! どこに行った?)


 教室のドアが開いていないことは確認した。ドアが開けば、空気が動く。


(教室からは出ていない。どこにいる?)


 生徒たちは互いの顔を見つめ合い、机の陰を見回した。しかし、ステファノはどこにもいない。


「降参です。ステファノ! どこにいますか?」

「ここです」


「うわぁっ!」


 大声を上げて腰を抜かしたのは、ロベルトであった。ステファノは霧に紛れて大柄なロベルトの後ろに隠れていた。完璧に気配を消していたため、生徒はもちろん、ポンセも当のロベルトも気づかなかった。


「一体どうやって……?」


 ステファノはポンセの疑問に答える前に、ロベルトを助け起こしてやった。


「脅かしてすまない。隠れる場所が必要だったんでね」


 そして、ポンセに向き直る。


「これが水遁霧隠れの術です」

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