第262話 ステファノ原始魔術の何たるかを説く。

 ステファノを変態扱いしたことで、ドリーの気は晴れた。長い間鬱屈しないところが彼女の長所であった。


「これを魔術史の授業で披露するつもりか?」

「はい。論文は所詮推測を並べただけなので、実際に術として実現可能だと示したくて」

「愚直な発想だが、お前らしい。しかし、講師はぶっ飛ぶぞ?」


 魔術の常識にない術であった。ステファノが言った通り、これは魔法に分類すべき術であろう。


「先生の後ろには立たないようにします」

「ははは。そうした方が良いな」


 気の小さい奴なら腰を抜かすぞと、ドリーは笑い飛ばした。

 論文の添え物に、未発見の魔術を行使する奴などいるわけがないと言う。


「術理の説明はどうする? イドの話はできんだろう?」

「はい。さっきの手で行きます」

「さっきの? ああ、チャン嬢に言ったことか。『我が家の秘伝』だと?」


 秘伝なので明かせないと、術理の説明を拒むのだ。それは珍しいことでも、失礼なことでもない。

 術の秘密は尊重すべきものとして、社会的に守られていた。


「水魔法で霧を作るところまでは見たままなので説明しますが、それ以上は秘伝なので公開できません」

「そう言うつもりか? ふふ、飯屋の秘伝だな」

「飯屋に秘伝はつきものですよ? たいていレシピですけど」

「公開できないところは同じか。ははは」


 非公開にしても新術発見は話題を呼ぶだろう。正確には原始魔術の発見なのだが。


「ステファノ、その論文は研究報告会にも出すべきだな」

「えっ? チャレンジの論文て、使い回しができるんですか?」

「使い回しではない。研究としての内容を客観的に評価してもらうルートだ。ルールに則って行うことだぞ」


 そのまま埋もれさせてしまうには惜しい内容だ。ドリーはそう考えた。


「講師はポンセ氏だったか。間違いなくチャレンジは成功する。そうしたら、報告会に出したいと相談してみろ」

「わかりました。ありがとうございます」


 ステファノ1人では思いつかなかった。この論文が報告会でポイントを稼いでくれるなら、ありがたい話だ。

 翌日の1限めが「魔術の歴史(基礎編)」である。


 ステファノはすべての準備を終え、自信をもってチャレンジできる手応えを得た。


 その日の訓練はこれまでとし、残りの時間は五遁の正体について議論をして過ごした。結局その内容も論文にして研究報告会に応募しろということになった。


 ◆◆◆


 「みなさん、おはようございます。早速ですが、チャレンジの論文を書いてきた人はいますか?」


 水曜日、1限めの開始早々講師のポンセは論文の提出を求めた。

 意外なことに、手を挙げたのはステファノを含めて2人だけだった。


(えっ? たった2人? 他にも図書館で調べ物をしていた人がいるはずだけど)


 その通りだったが、ほとんどの生徒は情報量の多さに押し流され、「原始魔術」というゴールまでたどりつくことができなかった。


 ハンニバルが指摘した通り「正史」の中に原始魔術が登場しなかったせいもある。伝説・伝承にまで調査範囲を広げる前に、他の生徒は脱落していった。


「2人ですか。どれ、論文をこちらに持って来てください。席に戻らずに、少しお話をしましょう」


 ポンセは論文を持参した2人をクラスの前に立たせた。


「せっかくですから、この場で見せてもらいましょう。えーと、ロベルト君は原始魔術は存在しなかったという立場だね?」


 ポンセはロベルトの論文をめくりながら、序論の内容を取り上げた。


「はい。どの文献を見ても実際に原始魔術が使用されたという記録がありませんでした」

「なるほど。ではなぜ原始魔術というものが議論されるようになったんだろうね? どうしてそんなことを言い出したんだろう?」


 学問とは疑問から始まる。多くの新しい発見は、既存の常識を否定するところから始まっている。


「迷信だと思います」


 ロベルトの答えは明確だった。質問を予期していたのであろう。


「なるほど。確かに原始魔術といわれる現象は、伝説や伝承の類に多く残されているのは事実です」


 そう言って、ポンセはステファノの方を向いた。


「君はどうですか? ステファノ君。えー、君は『原始魔術は実在した可能性が高い』と書いているね?」

「はい。断定できるだけの証拠はありませんが、異なる人間が異なる事件について書いた伝承に共通する特徴があります。共通する現実が存在したと考えるのが自然ではないかと」


 ポンセはステファノの言葉を聞きながら、論文をめくっている。


「なるほど。君は具体的にセイナッド氏が原始魔術を伝える集団であったと推測しているんだね」

「そうです。現実に彼らは不落の城塞セイナッド城を守り切り、数々の劣勢をはねのけた戦績を残しています」


「世に1つ 落とせぬ城はセイナッドの城」


 ポンセはそう言って、クラスを見渡した。


「セイナッド氏は事実、そううたわれていました。君はその強さが原始魔術によるというんだね?」

「そうです。『セイナッドの猿』と呼ばれる集団が実在したと信じています」


 ステファノはきっぱりと答えた。ここをあやふやにしては、論文の全てが崩壊する。


「そうかね。ロベルト君はどうだい? セイナッド氏の強さについて意見はありますか?」


 ポンセは「否定派」のロベルトに水を向けた。


「セイナッド氏については調べませんでした」


 苦しそうにロベルトは答えた。


「その理由は?」

「単なるおとぎ話に過ぎませんから」


 挑戦するように顎を突き出して、ロベルトは言った。

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