第258話 目を閉じているのに、光が観える。

 ミョウシンは頭の中に「熱」を感じた。熱はやがて「光」に変わった。


(光が……。目を閉じているのに、光が観える。これは「外」ではなく、「内」で輝く光なのかしら?)


 光は「赤」と「紫」の色をまとっていた。


(この光をわたくしは知っている。ステファノ、あなたなの?)


 ステファノが送り込んだ陽気と陰気が太極ぎょくとなってミョウシンの脳内を照らす。想像の玉を追っていたミョウシンの精神に、「現実の光」がその場所をあかあかと示した。


(そこに「宇宙」があるのね。あなたが示すその場所に、答えがあると言うのね)


 ミョウシンはステファノである光に精神を集中した。するとステファノはミョウシンの一部をすくい上げて、マントを羽織るように身にまとった。


(ああ。それはわたくし。わたくしであることがわかる。そこにいたのね)


 ミョウシンは瞑想の中で想像上の手を、己であるイドの玉に伸ばした。その手が玉の表面に触れようとした瞬間、ステファノは太極玉を消滅させた。


 薄れゆく光の中でほんの一瞬。須臾しゅゆの間、ミョウシンはイドの玉に触れた。


「是」


 その瞬間ミョウシンの全てが許された。存在そのものの全き肯定がそこにあった。

 世界は「ミョウシン」を許し、いだくものであった。


 想像上の指先で、ミョウシンである玉は霧のようにはかなく消えた。後には「世界があった」という余韻だけが残されていた。


「目を開けてください」


 ステファノの声でミョウシンは目を開けた。一瞬、目に映るものすべてが光をまとっていた。

 目を凝らす間もなく消えていったが、その光がステファノのいう「イド」であると知った。


「自分のイドを感じましたか?」

「ええ。確かにあった。一瞬だけ触れることができたわ」


 ミョウシンは感動を言葉にできなかった。


「ありがとう、ステファノ。わたくしにあれを見せてくれて」

「イドは常にミョウシンさんと共にあります。イドを意識して瞑想を繰り返せば、やがて1人でもイドを練ることができるようになるでしょう」


 イドは存在の根幹である。イドが制御できれば、おのずと肉体の制御も精度が上がる。

 そうステファノは考えた。


「今後の訓練時は、始めに10分間の瞑想を行いましょう」


 ミョウシンの修業になるだけでなく、ステファノにとっても己の状態を確認する機会になるであろう。


「ところで、この指導については人に話さないでくれますか?」

「それはなぜ?」


 事は世界の謎に関わっている。魔法の真理を公にすれば、既存の公的秩序と対決することになるかもしれない。

 しかし、それをミョウシンに告げることははばかられた。新たな火種を増やすことになる。


「……我が家に伝わる秘伝なんです」


 ステファノはそういうわかりやすい理由をつけることにした。家の決まりであると言えば、大抵のことはそれ以上理由を問われない。


(飯屋の秘伝って……料理のレシピじゃないか。母方に伝わって来たことにしよう)


 ステファノの母は幼い頃に亡くなっており、ほとんど記憶にない。色白の人だった気がする。


「それを教えてくれたのですか? 良かったのでしょうか?」


 秘伝と聞いて、ミョウシンは心配になった。ステファノは掟破りにならないのだろうかと。


「誰に教えるかは俺に任されているんですが、勝手に広められるとまずいことになります」

「わかりました。瞑想法については、誰にも漏らしません」


 自分がどれだけこの「秘伝」を物にできるかわからないが、もしステファノのように身体制御の上達につながるのであれば、習いたいという人間は後を絶たないだろう。ミョウシンはそう実感していた。


「それにしてもステファノのお母さんは、一体どのような出自の……?」

「定かではありませんが、セイナッド氏・・・・・・の流れを汲んでいるかもしれません」


 ステファノはそう答えた。


 これは今回のためではなく、授業でのいいわけとして用意していたものである。

 特に、「魔術の歴史(基礎編)」用であった。


 この授業のチャレンジに対して、ステファノは「五遁の術」の一部を実演してみせようと考えていた。「原始魔術」の存在を示すのに、これ以上わかりやすい方法はない。

 だが、なぜステファノが原始魔術を使えるのか? その質問を受けた時の答えが必要であった。


 そして「術理」を尋ねられたなら、「家の秘伝なので答えられない」と言うつもりだったのだ。

 これは魔術師として納得のいくいいわけであった。


「秘術」は他人に教えるものではない。規模は小さいが、「軍事機密」と同列であった。


 貴族の娘であるミョウシンはそういった側面も含めて、「秘伝」や「秘術」の重みを知っていた。

 守ると約束したからには誰にも漏らさない。その覚悟をミョウシンは持っていた。


「家の秘伝」を自分に教えたステファノには、「リスク」だけが存在して、何の得もない。

 その上さらに秘密を漏らして迷惑を掛けたとあっては、貴族の名折れとなる。それが貴族家の考え方だった。


「柔を教えるくらいではつり合いが取れない。ステファノ、わたくしにできることがあれば何でも言ってください」

「ありがとうございます。俺としては十分ありがたいんですが、何かお願い事ができたら相談します」


 こういうときは素直に受けるのが話を早く収めるコツである。

 何しろ相手はれっきとしたお貴族様なのだ。顔を立てて差し上げなければ世の中は上手く回らない。

 

 その胸の内が顔に出ていたのであろうか。ミョウシンはステファノを見て少しだけ寂しそうな顔をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る