第246話 お前、いつもあのスピードで魔術を出せるのか?

「失礼する」

「ご苦労様です」


 マリアンヌとドリーは当たり障りのない挨拶を交わした。ドリーの立場はただ場所を貸すだけのものである。他に言いようもなかった。


「さて、何を見せたいというのだ?」


 マリアンヌは勧められた椅子に腰掛けながら、ステファノに尋ねた。


「はい。まずはどの程度の実力を示したら実技系の講義で単位を頂けるか、相談させていただきたいです」

「ほう? 大きく出たな。実力を出せば単位が取れて当たり前だという意味か?」


 ステファノの物言いに、マリアンヌ学科長は皮肉をにじませた。


「わかりません。わかりませんが、この1週間ここで他の生徒を見た限りでは順当だろうと思います」


 学生の中では自分が一番だと、ステファノはそう言っている。


「なるほど。自分に自信があるのか。悪いことではないな。大して時間もかかるまい。良いぞ、見せてみろ」


 マリアンヌは大人の余裕を見せて、手に顎を載せて椅子の背に背中を預けた。


「ありがとうございます。それではまず、一番得意な・・・・・火魔術から見てください」


 ステファノは杖を手に使い慣れた5番のブースに向かった。


「待て。それ・・を使う気か? 見せろ」


 マリアンヌに呼び止められ、ステファノは手にした「ヘルメスの杖」を両手に持って差し出した。


「何だこれは? 随分と安物の木に見えるが……」

「モップの柄を切ったものです」

「モップだと? ドリー、火属性の魔力を流すぞ」


「どうぞ」


 ドリーに許可を求めたマリアンヌは、杖に火の魔力を流してみた。


「格別何もないな。魔力を通しやすいということもないし、力が増幅される物でもなさそうだ。長い分、狙いは良くなるのか?」


 マリアンヌには「ただの棒」にしか思えなかった。


(その通りです、マリアンヌ先生。こいつはただの棒ですから)


 返される杖を受け取りながら、ステファノは緩みそうになる口元を引き締めた。


 改めて5番ブースに立ち、右半身に構えて杖を差し出した。


「5番、火魔術をお願いします」

「了解。5番、火魔術。準備よろしければ、撃て」


 その言葉と同時に、ステファノは火球を標的に飛ばした。

 シュルシュルと音を立てて飛んだ拳大の火球は、標的の顔面に的中した。


「的中。学科長、標的をご覧になりますか?」

「何っ? ああ、見せてもらおう」


 ステファノが魔力を練るところから始めるものと思っていたマリアンヌは、あっという間の出来事に不意を突かれた。


「お前、いつもあのスピードで魔術を出せるのか?」

「火は得意属性なので、こんな感じです」

 

 ドリーの操作により標的が近寄って来るまでの間に、マリアンヌはステファノと会話した。ステファノの答えはもちろん嘘である。

 彼に得意・・不得意・・・の差などない。


「失礼します。的中2点、発動3点、威力2点。トータル7点と判定いたします」


 標的を検分し、ドリーが採点を行った。

 自分の見立てと狂いがなかったのだろう。マリアンヌはこくりと頷いた。


「結構だ。今のを5発続けて撃ってみろ」


 ドリーに目配せして、標的を元の位置に戻させる。


「準備は良いか? 5番、火魔術5発。任意に撃て」


 今度もドリーの声が終わるのに合わせて、ステファノは1秒に1発、火魔術を飛ばした。

 5発の火球が相次いで標的の顔面を襲う。


「止め!」


 ステファノが構えを解いたのを確認して、ドリーはマリアンヌに尋ねる。


「標的を検分しますか?」

「む? いや、結構だ。先程と同じだな?」

「はい。7点が5発です」


 マリアンヌの顔がやや引きつっていた。


 上級魔術師を始めとして、ステファノを上回る術者はいくらもいる。だが、アカデミー入学したてでこの実力を見せるとなると、滅多にあることではなかった。


「むう。入学書類に『火球が使える』とは書いていなかったが?」

「はい。入学後に覚えました」

「何だと? 実技の授業など受けていないはずだ」

「魔力操作の授業でコツをつかみました」


 これは本当のことである。もちろんそれ以上に「ギフト」の存在と「魔視脳まじのう」の覚醒が大きく影響している。

 それは言うつもりがない。


 ステファノはなるべく嘘を吐かぬ範囲で、マリアンヌを煙に巻こうとしていた。


「たった1度の授業でか……?」


 マリアンヌは疑わし気にステファノを見たが、これは本当のことなのでステファノは堂々とその視線を受け止めた。


「教えてもらった内容が、俺の体質・・に合っていたようです」


 これも本当のことだ。「体質」とは「ギフト」を含んでいたが。


 もちろん胡散臭い話であったが、頭から否定もできない。小さなヒントで魔術の力量が飛躍的に伸びることは、時として起こりうることであった。

 魔術とはイメージが物を言う世界である。


「詠唱を省略していたな。どの術でもそうか?」

「はい。一旦覚えてしまえば、無詠唱で発動できます」

「むう。魔力操作、呪文詠唱に関しては上級講座まで修了しているに等しいな。いや、それ以上か」


 ステファノの魔術には、「即時性」、「連続性」、「正確性」という要素が高度に実現していた。

 威力こそ中級の下クラスであったが、それを補って余りある柔軟性を持っている。


 一撃で敵を殺戮する威力はないが、連発すれば行動の自由を奪うことができるだろう。


 マリアンヌの目にステファノはそう映っていた。


「火属性の他は水属性が現れていると聞いた。入学試験では光魔術を見せていたな」

「あの時は灯の術をお見せしました」

「持ち属性は3つか?」


 マリアンヌはステファノの手の内を知ろうとした。


「いいえ、6属性すべて使えます」

「何、全属性持ちだと?」


 マリアンヌは思わずドリーの顔をちらりと見た。彼女が数少ない全属性持ちの1人であることは、学内では広く知られている。


「火属性以外は威力に自信がありませんが……」


 ステファノは頼りなげに言った。


「どの程度のものだ? いくつか見せてみろ」


 マリアンヌの要望で、さらに別属性の魔術を実演することになった。

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