第243話 下絵さえあれば、そこらの餓鬼にでもまともな細工品が作れるぜ。

 ちょうど3枚あるコースターは、スールー、サントス、トーマの3人に1枚ずつ渡された。


「木彫りのコースターか? 意匠は獅子……これはギルモアの紋章をアレンジしたものか?」


 図柄・・に見入っているスールーとは対照的に、サントスとトーマはコースターに目を近づけてあらゆる角度から眺めていた。


「彫りが甘い。仕上げは滑らか……」

「工芸入門のチャレンジだな? 素人にしちゃきれいに仕上がってるが……、凡庸だな。これじゃあ合格はもらえないだろう」


 職人技を見慣れて来た2人から見れば、ステファノの作品は所詮素人細工に見えた。


「素材の3枚を全部使ったのか? うん? そっちを見せてくれ? ……おい、そっちもだ」

「どうした、トーマ。同じ下絵を使ったんだろう。どれを見たって同じだろうに」

「下絵が一緒でも彫るたびに線は変わる。深さだって……。こんなはずねえだろう?」


 トーマは手元の3枚を見比べて、目を行ったり来たりさせた。


「3枚とも寸分の狂いもねえ。お前、どうやってこれを作った?」


 トーマに言われて見直せば、確かに3枚のコースターは見分けがつかぬほどに酷似していた。


「ステファノ、アレ・・を使ったのか?」


 1人だけ事情に心当たりのあるサントスが言った。


「はい。『圧印器』を使いました」


 そう言って、ステファノは背嚢から2枚の鉄板を卓上バイスで挟んだものを取り出した。


「精密品なんで扱いに気をつけて下さい。特に内側のピンに注意して」


 受け取ったサントスが慣れた手つきでバイスから魔道具を取り外した。


「鉄板が2枚。どっちも3ミリ厚。俺がくれてやったものだ」

「片方には何の細工もないな。こっちは内側に細かい溝を入れてあるのか? 何だこれは?」


 サントスの手元を覗き込んだトーマが眉を寄せた。道具なら色々見て来たが、こんな道具は見たことがない。


「使い方をお見せします。貸してください」


 道具一式を取り戻したステファノはテスト用の木切れと下絵を取り出して、圧印器にセットし始めた。


「まず素材の木片に下絵を載せます。下絵の側を『押し型』であるこの鉄板に合わせます。木片の裏側には土台の鉄板を重ねます」


 2枚の鉄板で木片を挟み込んだ状態を作り出した。パンの間にハムとレタスを挟んだような状態であった。


「これを卓上バイスで挟み込みます。これは力の逃げ場・・・がないように固定しているだけです」


 残りの3人は興味深そうにステファノの作業を見詰めていた。


「よし、と。では、今度はスールーさん、こっちに来てください。いまから囁く言葉を俺の合図で『圧印器』に呼びかけて下さい」


 ステファノは両手で壁を作ってスールーの耳に2つの言葉をささやいた。

 サントスとトーマは瞬きもせず、その様子を見ている。


「いいですか? 始めます。スールーさん!」

「光あれ!」


「むっ!」


 木材の表面に圧しつけられた『押し型』のわずかな隙間から、真っ白な光が漏れてきた。

 それにつれて、みちぃっという音が聞こえて来る。


「はい!」

「止まれ!」


 光が消えた。


「トーマ、中を確認してくれ」


 トーマはバイスを受け取り、無言で圧印器から木片を取り出した。


「ふーん……」


 唸りながらボツボツと表面に穴が開いた木片を検分した。自分が納得すると、サントスに手渡す。


「こっちの3枚もこうやって作ったんだな?」


 思案顔でトーマはステファノに確認した。


「そうだ」

「でも、全然違うじゃないか。その木はボツボツ穴が開いてるだけだろ?」


 スールーにはまだ全貌が見えなかった。


「これで8割方できあがりなんだ。後はやすり掛けで仕上げるだけだろ? なあ、ステファノ」

「その通りです。穴の深さまで紙やすりで磨いて、後は油を塗って仕上げるだけです」


 穴と穴の間には薄い壁のような部分が残っている。しかし0.2ミリ程度のものなので紙やすりで擦れば簡単に取れる。


「下絵さえ写しておけば何枚でも同じ物が作れるんだな?」


 こくりとステファノが頷いた。


 ガシガシと頭皮を掻きむしったトーマが、もう一度押し型を子細に眺めた。


「えー、ということは。木彫りの細工品が短時間で作れるということか?」

誰にでも・・・・、だ。下絵さえあれば、そこらの餓鬼にでもまともな細工品が作れるぜ」


 手元から目を上げぬままトーマが答えた。納得したのか、再び押し型をサントスに渡す。


「押し型とやらの細工については後から話をしよう。まず、どういう理屈で動いてるのか、それを教えてくれ」


 トーマの声がやけに大人びて聞こえた。


「まず初めに、下絵の薄紙には光属性の魔力が籠めてあります。紙の裏側がスールーの合言葉に反応して光るんです」

「あの『光……』」

「しっ! 魔術具に聞こえると反応してしまうんで、合言葉は言わないで」


 トーマは慌てて自分の口を押えた。


「下絵が描かれた部分は光を通しません。白い部分は強い光を通し、薄い影の部分は弱い光を通します」

「陽の光に絵を透かしたような状態だな?」


 ステファノが頷く。


「押し型の表面にも光属性の魔力を籠めてあります。そして押し型の裏側・・には土の魔力を籠めました」


 3人は黙ってステファノの言葉に聞き入った。


「表面のピンは受けた光の強さに応じて、土台部分に指示を送ります。『押せ』という指示です」


 ステファノはさらに言葉を続ける。


「この時に指示する強さを反転させています。光が強い程押す力は弱く、光が弱い程押す力を強くするように指示が出るようになっています」

「黒い部分が一番深く押されるんだな?」

「そういうことです」


「たった2言で、誰にでも操作ができるんだな?」


 ようやく全貌を把握したスールーが、会話に加わった。自分の言葉で「魔道具」が動いた。


「これが魔術具か」


 スールーは声の震えを抑えながら言った。


「ステファノ、君は攻撃魔術も道具に籠めることができるのか?」

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