第242話 サン・ミカエルが描いた画を見たことありますか?

「魔術具だと……」

「魔術そのものを封じた道具だ」

「だから、そんなものはアーティファクト以外には存在しないだろう!」


 トーマの「常識」が魔術具の存在を否定する。できるわけがないと腹の真ん中で言い張る。

 だが……。


「現にここにあるんだからしょうがないだろう。これはまだひな形だし」


 ステファノは拡声器の仕組みを3人に説明した。


「封じ込めたのは風魔術です。受けた振動を箱が反射し、糸が増幅する仕掛けです」

「う、わからん」

「箱の反射はわかる。風魔術の役割と増幅の仕掛けが謎」


 頭を抱えるスールーに、途中でついていけなくなるサントス。

 一方、トーマは爪を噛んでステファノの言葉を咀嚼そしゃくしていた。


「振動……。振動なんだな? 増幅させるのか振動を。そこに魔術を使うのか!」

「わかるのか、トーマ?」


「振動、振動、振動! 声とは、音とは振動だ! 山彦だな? だが、風属性でどうやる?」


 再びトーマは激しく爪を噛む。


「風を吹かせるんじゃないな? 風、風……。空気が動くのか? うー、ステファノ、風魔術でなぜ糸が振動する?」

「風魔術は風を起こす魔術ではないよ、トーマ」


 ステファノはドリーにした説明をトーマにも繰り返す。風とは空気の動きであり、空気の動きは圧力差のある所に生じる。

 そして圧力差は温度差によって生じ、温度差は運動によって生まれるのだと。


「運動、運動、運動。この場合は振動なのか? いや! いつでも振動なのか!」

「その通りだ。風魔術とは振動により温度を操る魔術のことだ」


 正確に言えばその因果・・・・を利用する。


「俺は風魔術の大本まで戻って『振動を受けたらそれを5倍にして返す』魔術具を作ったんだ」

「お前っ! ばっ! わはははは! とんでもないな」


 トーマは笑い出した。ステファノのやったことを理解した上で、その桁外れな発想と現実化させた実行力に手放しで驚嘆したのだ。


「トーマ、お前は理解できたんだな。この拡声器の仕組みを」

「何だと? 理解できたかだと? ああ、失礼。サン・ミカエルが描いた画を見たことありますか?」


 スールーの問いに一瞬気色ばんだトーマは、気を取り直して口調を変えた。反対にスールーに問い返す。


「大聖堂のフラスコ画は見たことがある」

「あれは筆で絵の具を塗りつけるだけで描けますよ」

「ふざけるな! かの天才だからこそあの画が描けるのだ! ……そういうことか」


 仕組みを知っただけでは本当の「理解」とは言えない。

 ステファノ以外誰も拡声器を再現できないのだ。トーマはそれを画家の画に例えた。


「アカデミーの研究報告会ごとき・・・、この拡声器1つでおつりが来ます。これはそういうものだ」


 ドリーと同じことをトーマも言い放った。


「メガホンが使われているすべての現場で、こいつはそれを置き換えられる。劇場、辻売り、警報、音楽家、詩人、政治家……。使い道はいくらでもある」

「おっと、そうなると商品化の取り決めをしなければならんな」


 トーマとスールーは既に拡声器を量産化して販売することを考え始めている。


「2人とも慌てないで。俺はこれを売り出すつもりはないよ。少なくとも今のところはね」


 製作できるのがステファノだけとあっては、拡声器の製作に専従しなければ「量産化」などできないだろう。

 それでは学業がおろそかになる。


「それよりもこれを改良する方法を議論したいんだ。これはひな形だと言ったでしょ」


 魔術化の部分を除けば、それはエンジニアリングのテーマだ。

 サントスとトーマが互いの顔を見合わせた。


「ポイントは? 振動と反響?」

「共鳴体は硬い素材が良いんじゃないか?」

「振動させるなら糸より……皮か紙の方が良い?」

「用途は中継器だろう? 背中で音を受けて、前に音を出す構造になるな」

「背中合わせに受音器と送音器をくっつけたら?」


 2人の技術者は頭を寄せ合うようにして、拡声器のひな形を前に議論を始めた。


「やれやれ、手がつけられんな」


 スールーは2人の様子を見て肩をすくめた。


「ステファノ、感謝する」

「えっ、何のことですか?」

「君が来てからサントスが生き生きしている。中でもトーマを連れて来てくれたことがありがたかった」


 スールーではサントスの議論相手は務まらなかった。理論とは、ぶつける相手があってこそ磨かれていくものなのだ。


「情革研は今日からがスタートだ。君のお陰で本物になれた」


 スールーはステファノを見る目に力を込めた。


「それは違いますよ」


 ステファノはさらりと受け流す。


「俺たち4人で情革研です。そういうことでしょ?」


 誰が欠けてもこのチームワークは生まれない。多様性こそが最大の武器なのだ。


「そうだな。君の言う通りだ」


 スールーは面はゆそうに微笑んだ。


 傍らではトーマとサントスがヒートアップしていた。


「だから、そこまで言うなら自分で図面を引いてみろ!」

「できねえっての! 言った通り図面起したらいいだろう!」


 いまにも手を出しそうな勢いだが、不思議と喧嘩に見えないのはどうしたことか。


「お2人さん、ちょっと良いですか? 魔術具はそれだけではないんで話を聞いてもらえます?」

「何だと?」

「他にもある? 嘘だろ?」


 言い争いをぴたりとやめて、食いつくようにステファノを振り向いた2人。

 変な所で息が合っている。


「まずはこれを見て下さい」


 ステファノは背嚢から3枚の円板を取り出した。

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