第212話 ステファノの魔術具構想。

「魔道具をどう使う?」


 サントスは食いつくように尋ねた。


「その前に俺の方の報告を聞いてもらえますか? その中身がこの話に繋がりそうなんです」


 ステファノはドリーに描いて見せた絵を、スールーたち2人にも見せた。


「おや、トーマの顔だな? とぼけた顔をしているが」

「つまらなそうな顔だ」


 ノートの絵を見て、2人は自分の感想を口にした。


「この絵は見る者の感情を反射するんです」

「それはどういうこと?」

「怒った人間が見れば絵の人物が怒ったように見え、悲しんでみれば悲しい表情に見えるということです」

「それはまた不思議な絵だな」


 ステファノはこの絵の元は授業中に偶然生まれたものだと告げた。


「マリアンヌ先生によると、これは魔力を必要としない魔道具だそうです」

「それは失われた技術ロスト・アート!」


 サントスは古代遺物にのみ残る万人に使用可能な魔道具のことを知っていた。


「ただし、そう見える・・・・・というだけで現実は何一つ変わっていません」


 もし現実に絵が動くのであれば、ステファノはここにはいられまい。

 王都に連れて行かれ、様々な実験につき合わされているだろう。


「いわゆる幻術の類か?」

「存在しないものを見せる、あるいは見た気にさせるという点では似ているかもしれません」


 ランプの絵のことも2人に話した。


「明るくなった気がするだけなんだな?」

「役に立つと言えば役に立つ?」


 何とも中途半端だ。


「昼間の薄暗がりを明るく感じるだけでしょうね」


 夜になったら使えないのでは実用にならない。ステファノはそう思っていた。


「それで、見えた気になる絵が音声伝達とどう関わる?」


 スールーが先を促した。


「もちろん絵を使うわけじゃありませんよ。実は今、誰でも使える魔道具を考えています」

「ふむ。どんな道具を?」

「版を作る道具、製版器です」

「版画を刷る?」


 サントスはちょっと前の「絵の話」にまだ引きずられているようだ。


「いえ。どちらかと言うと『字』を考えています」

「字を写すばんを魔道具で作ろうと言うのか?」

「そうです。1文字ずつ手で板を彫り込む代わりに、魔道具で一遍に作れないかと」


 サントスは実物を想像しているようだ。しきりに手を動かして、手元を睨んでいる。


「理屈はどうなっている?」

「白黒の下絵を光魔術で読み取り、白い部分を土魔術で圧縮するという仕掛けを考えました」

「魔術で刷り版を作るんだな?」

「魔力がないと使えない?」


「いいえ。普通の人間が使っても魔術が発動する道具、『魔術具』を考えています」


「君、それはアーティファクトだろう?」

「何ですか? アーティファクトって?」

「知らないのかい? 古代文明の遺物のことをそう呼ぶのさ」

「ああ、国宝になっていると言う?」


 サントスはあんぐりと口を開けた。


「さすがに国宝クラスの物はできませんよ? 精々生活魔術レベルでしょう、籠められるのは」

「それにしても、現代人の誰にもできないことだぞ」

「みんなできないと思い込んでいただけで、実際はそんなに難しくないのかもしれませんよ」


「できそう、なのか?」


 サントスがおずおずと聞いた。


「まだ試していませんが、行けるイメージがあります」


 魔術師にとって「イメージ」は大きな意味を持つ。思ったことを形にするのが魔術なのだ。

 術者ができると思えるなら、それは現実に近いところにある。


「実は、ここだけの話、物に魔力を籠めるだけなら今までもできたんです」

「な、何?」

「どんぐりに魔力を籠めて飛ばし、10メートル先で発動させることはできます」

「10メートルって、すごいんじゃないのか?」


 魔術科学生ではないスールーには本当のすごさはわからない。しかし、3月に見た「競技会」にはそんな距離で魔術を発動できる生徒はいなかった。


「威力は大したことありません。ぶん殴る程度のものですから」


 しゃあしゃあとステファノはうそぶいた。


「その魔道具は文書複製技術として使う物じゃないのか?」

「そうです。魔力がなくても魔術を使える道具、『魔術具』と呼ぶつもりです」

「そんなものができたら魔術師の立場がなくなるだろう」


 スールーは既得権益を危うくするのではないかと危惧した。


「所詮初級魔法レベルですから」

「いやいや、それにしたって……」


「それで? 音声伝達にどう使う?」


 サントスがしびれを切らして言った。


「そこなんですけど。『音を大きくする道具』を作れないかと」


 ステファノはサントスの目を見て言った。


「音を大きくするだと?」

「刷り版製作器はは光で下絵を読み取って、その結果に従って土魔術を働かせると言いましたよね。例えば風魔術で音を聞き取って、同じ音を数倍の強さで返す。音を大きく反射する道具を作れば良いのじゃないかと」


 音を音で返すだけなのでかえって簡単そうに思えますと、ステファノは言ってのけた。


「土管の入り口にそんな魔術具を仕込めば、5倍とか10倍の距離にまで音を届かせることができるんじゃないでしょうか? 仮に、500メートルまで伝達距離が延びたとして、500メートル先にまた魔術具を埋め込んでおけばさらに500メートル先まで届くかもしれない。上手く行けば10キロの区間当たり20個の魔術具があれば良いわけで」


 ステファノは具体的な数字を出して、説明した。


「いつできる?」

「えっ? 魔術具ですか? うーん、まだ見当がつきませんね。試作品ができたらこの会で報告しますよ」


 まずは刷り版製作器に注力させてほしいと、ステファノは頼んだ。


「良いじゃないか、サントス。ステファノが魔術具を開発している間に、我々は土管による伝声実験をすれば良い」

「う、うん。確かに土管の性能を測定する必要がある」


 スールーは腕まくりをして、両手をこすり合わせた。


「ふふん。面白くなって来たゾ。俄然研究が動き出したじゃないか。データを取るぞ、データを」

「スールーは口を出すだけ。データを取るのは、俺」

「細かいことを気にするな。ハゲるぞ」


 スールーとサントスは、ステファノの提案に乗って研究を進めることにした。

 というよりも、研究に行き詰まっていた2人にとってステファノの提案は闇夜に灯った明かりであった。


「あの、盛り上がっているところですみませんが、1つ相談に乗ってもらえないでしょうか?」

「ああ、何か言っていたな。授業のことでどうとか」

「レポートの書き方を知らないので、どうすれば良いのか教えてくれないでしょうか?」


 国宝級の発明品を作れそうな奴が、レポートの書き方を知らないと言う。

 そのアンバランスにスールーは驚かされた。


「中身ではなく、書き方そのものを知りたいんだね? それなら教えても問題ないな」


 スールーは上級生らしく、アカデミー流のレポート作法について講義した。


「ごくごく一般的な構成は、3部構成だ。序論、本論、結論だな」

「3段構えということですか?」

「序論ではこのレポートで何を述べるか、なぜそれについて語るかを書く」

「前置きみたいなものですか?」

「そうとも言える。時には踏み込んだ問題提起、聴衆に対する挑戦であったりもする」


 序論で取り上げる問題の重要性を訴え、どのようにそれを語るかを説明する。

 それにより本論をスムーズに展開できるよう地ならしをするのだ。

 

「本論は論文の本体だ。何をしたか、何を得たかをつぶさに書く。自分の主観に流されず、公平性、客観性を維持しなければならない」


「結論は、正に研究の結果を述べる部分だ。簡潔明瞭に成果を述べるべし」


「なるほど。言われてみると当然のように思えますね」

「そうだろう。3つの部は互いに依存し、内容を発展させる。特に序論は本論と結論を引き出すものでなくてはならず、冴えた序論を著すのは難しいな」


 本論、結論の行方につながるように、何度でも書き直す心構えが必要だと言う。


「わかりました。ありがとうございます。そういう見方で過去のレポートを読んでみます」


 それから3人は時間の許す限り、情報革命の方法論について思いつきを話し合って会合を終えた。

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