第208話 ラルドの言葉と、「答えなかった問い」にチャレンジの答えがある。

「あ、ええっと、何の魔術を使うんですか?」

ともしびの術です。ですが、それはこの後伝えるつもりだったんですけどねえ。あ、もう質問権は使用済みなのであなたからの質問は受けつけませんよ」


「はい、あなた」

「それは小さい物ですか?」

「残念。発動体に関する質問には答えられません。はい、次」


「えと、それをつけているのは上半身ですか?」

「同じですね。発動体に関する質問ですので、答えられませんよ。次の人」


「先生の持ち属性は何と何ですか?」

「はい。光、火、水の3属性ですね。ほい、次」


「先生の流派はどこですか?」

「いくつか齧っていますが、元々は観想法の一派です。はい。じゃあ、最後の君」


 6人めにステファノが指名された。


「偶然言い当ててもチャレンジ成功と認められるんですか?」

「もちろんです。運が良ければ誰でも合格できるということですね」


 全員の質問に答えたラルドは、ポンと1つ手を打った。


「さあさあ、質問に対する回答は終わりました。問題は簡単なことです。紙と封筒をお渡ししますので、私の魔術が終わったら答えを書いて封筒に入れ、しっかり封印してください。封蝋はここにありますからね?」


「先生。書き終わりました。封をしてもらえますか?」


 手を挙げたのはステファノであった。


「はい? まだ魔術を見せていませんけど?」


 ラルドが目をぱちぱちさせた。


「たぶん魔術を見てもわからないので、勘で書きました」


 ステファノは微笑んで封筒を差し出した。


「君はそれで良いんですね? もう変更はできませんよ? 良いでしょう」


 ラルドは封筒を受け取り、種火の術で蝋を溶かして封印した。


「君名前は? ああ、ステファノですね。その手袋」

「はい」

「よろしい。君はもう退出して結構ですよ」

「はい。ありがとうございました」


 ステファノはラルドの光魔術を見ることなく、教室を出た。


 ◆◆◆


 ステファノにはラルドのイドが観えていた。魔術発動具にまとわりつくラルドのイドも当然はっきりと目に映っていた。


 ラルドが教室に入ってきた瞬間から、ステファノには手品の種が丸見えになっていた。魔術の実演を見届けるまでもない。


 いささか「ズル」をしたように感じなくもない。だが、ラルドは「勘」で当てたとしても正解すればそれで良いと言った。

 ならば、「魔視まじ」で正解しても同じことのはずであった。


 それに、「魔視」を持たなかったとしてもステファノは答えにたどりついていただろう。


(あの質疑をちゃんと聞いていれば、答えは明白だよね?)


 言葉通り、ラルドは一切嘘をついていなかった。事実を隠すことはあっても。


 ラルドの言葉と、「答えなかった問い」にチャレンジの答えがある。


 ステファノは自分にとってこの科目が意味を持たないことを早々に悟っていた。

 魔術発動体が助けるべき魔力の集中は、ステファノにとって息をするように容易い。四六時中集中状態にあると言っても良い。


 それだけ魔視脳まじのうが覚醒した効果は大きかった。


(ヨシズミ師匠やガル師は、とうにこの境地で魔力行使していたんだな)


 つぶてに魔力を載せることを除けば、ステファノはヨシズミが魔力発動具を使うところを見たことがない。ヨシズミは発動具を必要としないからだ。

 

 盗賊に襲われたあの日、ガル師は短杖ワンドを持っていた。だが、賊の前であっさりとそれを捨てた。


 本当は必要と・・・・・・していない・・・・・からだ。


 何かの理由、注意を引きつけるためか、あるいはファッションとしてなのかもしれない。ガル師は使いもしない短杖を持ち歩いているのだ。


 魔視脳を得た今、当時の光景をよみがえらせてみると疑う余地もなくそれが理解できた。


(上級魔術師とは覚醒した魔視脳を持つ魔術師のことかもしれない。恐らくそういうことだろう)


 中級以下とはまったく別次元の存在だ。そう言い切ったガル師の言葉が、今ならなるほどと理解できる。

 しかし、「魔術の神に愛された存在」などではなかった。魔視脳という誰にでもある器官が覚醒しているにすぎない。


(これは……。すべての人が上級魔術師になりうるということを意味しているのだろうか?)


 もしそうなら、魔術師協会に激震が走る。


(――命を狙われることになるかもしれない)


 大げさではなく、ステファノは全身に悪寒が走るのを感じた。


(旦那様は、ギルモア侯爵家はそれでも俺のことを守ってくださるのだろうか?)


 魔視脳とその覚醒方法という情報は、慎重の上にも慎重に秘匿する必要がある。

 ステファノはそのことを自分に言い聞かせた。


 ◆◆◆


 時刻はまだ朝8時半を回ったばかりだ。正午まで時間が空いた。

 ステファノは魔術史の課題に取り組むことにした。


 図書館のカウンターで早速司書に相談してみる。


「すみません。戦国時代の戦史、特にセイナッド氏について調べたいんです。どんな本を探したらよいか教えてもらえませんか?」

「ちょっと待ってね。いまそっち方面に詳しい人を連れて来るから」


 5分ほど待たされた後にやって来たのは癖っ毛の金髪にそばかす顔、太い黒縁の眼鏡をかけた30前後の女性だった。


「セイナッド氏を探りたいっていうのは、キミかな?」

「こんにちは。ステファノと言います。はい。戦国時代の戦に関連して、セイナッド氏の周りで起きた出来事について調べようと思っています」

「ふーん。変わってるね?」


 女性は眼鏡の端を指でつまんで、ステファノの全身を見回した。


「講義の課題なんです」

「そうか。確かに何人か戦国時代の魔術に関する書物を教えてくれとやって来たな。そんなものはないと蹴とばしてやったが」


 他の生徒が既に来ていたようだ。

 司書を利用しようとする判断は正しいと思うがいきなり答えを求め過ぎだと、ステファノは思った。


(それで済むならチャレンジの課題にはならないだろうに)


 ステファノはセイナッド氏に調査対象を絞る賭けに挑んでいる。このアプローチさえ成否が読めないのに、原始魔術そのものを書物に求めるのは虫が良すぎるだろう。


(参考図書の取り合いにならなければ良いな)


 ステファノは内心でそう考えていた。


 限られた時間内で決められたテーマに取り組めば、調査対象が似て来るのは当然であった。


「差し支えなければどんなテーマを与えられたのか、聞いてもいいかい?」

「原始魔術、聖スノーデン登場以前に魔術が存在したかどうか、あったとすればそれはどんなものだったかというテーマです」


 ステファノはためらわず、チャレンジの内容を司書に告げた。


「そうか。話が早くて助かる。どういうわけか、肝心なテーマを隠したがる生徒が多くてね。ああ、ワタシの名前はハンニバルだ」

「よろしくお願いします、ハンニバルさん。珍しいお名前ですね?」

「ふん。名づけ親の爺さんが変わり者だったらしい。さて、ここでくどくど話をしても時間の無駄だ。ついて来たまえ」


 長身のハンニバルはバインダーを手にカウンターから出て来ると、ずんずんと蔵書エリアに入って行った。

 急いでいるように見えないが、実際は相当歩くのが早い。


 ステファノはかなり足を速めないと、ついて行けなかった。


「館内では走らないでくださいね」

「はい……」


 だったらもう少しゆっくり歩いてほしいとは、ステファノは言い出せなかった。


 そろそろステファノのふくらはぎがつりそうになった頃、ようやく棚の一角でハンニバルは足を止めた。


「戦史のエリアとは別なんですね?」

「そっちは既に確認済みかい? ふん。キミの狙いは『セイナッドの隠形五遁』辺りだろう? ならば正史には現れんよ」


 魔術史講座のチャレンジ・テーマを聞いただけで、ハンニバルはステファノの狙いを読み取った。

 歴史に詳しいと言う触れ込みに嘘はないようだ。


「ここは何に関するエリアですか?」

「伝説、伝承の類だな」


 正史に残らない、あるいは正史に残せない事柄は口伝えに伝説となった。「正当な学問」が手を出しにくい情報である。

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