第170話 火魔術『火球』燃えざる的を燃やす。
誰が相手でもステファノはマイペースであった。
「何かすみません。悪気はないんですが、俺の感覚はちょっと鈍いみたいです」
「ああ、何となくわかる。悪気のないところが逆に気に障るタイプだな」
「えぇ~、そうなんですか?」
その態度を言っとるのだとドリーは言いたかったが、年長者の度量を見せて飲み込んだ。
「とにかく術の制御を身につけろ。こういうものは反復練習だ。回数をこなすしかないぞ」
「はあ。どうしたら良いでしょう?」
「仕方がない。毎晩6時にここに来い。夕方5時には閉めるからな。その後なら他の人間に見られることもない」
ドリーがつき添って、事故がないように魔術の練習をさせてくれると言う。
「俺としてはありがたいですが、ドリーさんに申し訳ないですね」
「乗り掛かった舟だ。このままでは気になって寝不足になるからな」
ドリーは口うるさいが面倒見の良いタイプであった。適度に突き放すので、下の人間が伸びやすい。
後輩の指導者に向いていた。
「どうせ後片づけや翌日の準備やらがあるからな。6時になったら10分は待つ。15分経ってもお前が来なかったら、ここを閉めて帰るからそのつもりでいろ」
「わかりました」
ステファノはすっかり「得」をした気分になっていた。
「それで?」
「は?」
「他にも属性魔術を得ているであろう?」
「はあ」
ドリーはステファノをこのまま返すつもりはないようだった。常識外れの魔術を他にも隠しているのではないかと、手の内を吐き出させようとしていた。
「あの、一応6属性すべて使えます」
「やはりそうか」
「あれ? 驚きませんか?」
「あれ(虹の王)を見せられてはな」
あの構えからまともな術が出て来るはずがないと、妙な断言をされてしまった。
「そんなに派手な術はないと思いますよ?」
そう言いながら、ステファノは6属性の残り5つを披露しようと考えを巡らせた。
「初めに火魔術ですね」
虹の王から火の代表格、「橙+橙」の型を探せば「りの型」となる。
(威力さえ押さえれば、普通の「火」になるはずだ)
離れた的を狙う火魔術といえば「火球」と聞いたことがある。「火球」とは夜空を走り、オレンジ色の光を発するものではなかったか?
(あまり大きいと、大きな音がしそうだ)
小指の先ほどの小さな炎で良かろうと、ステファノはイメージを決めた。
「それでは火魔術を試してみます」
「良し。5番、火魔術。準備は良いな? 発射を許可する。自分のタイミングにて、撃て!」
(ん~)
胸の前に両手をつき出せば、瞬時に「
(あれ? イメージが引っ張られる?)
ドリーはドリーで、「
(むっ? 大蛇の姿がさらにくっきりと……)
ステファノは念のために、術の規模をさらに絞ることにした。
(
イメージをぎゅっと絞り込んだ。
(り~)
右手に「橙」、左手にも「橙」。2つの光紐が「虹の円環」から走り出て絡まり合って1つとなった。
細く……細く……。
「飛べ、火球!」
じゅっ!
空気中の塵を焼き、水分を爆発させながら芥子粒大の火球が走った。
「おいっ!」
ドリーは思わず声を上げた。今度も大蛇のイメージを見た彼女であったが、集まる魔力の量はさほど多いと感じなかった。しかし、撃ち出された術の速度は彼女の想像を超えていた。
「蛇の目」には橙の糸が標的に走ったように見えた。
「そんな火魔術があるか?」
「あれっ?」
思ったよりもよく飛んだ。ステファノにしてみればそんな感じであった。
竹筒で水を飛ばす玩具。その穴を小さく、小さく絞った物。
それが同じ力で発射されたとしたら、水はどうなるか?
ガラガラと標的が引き寄せられた。一見どこにも当たっていないように見える。
「外しましたか?」
ステファノはがっかりした声を出した。
それに答えず、ドリーは目を皿にして人型の標的を調べる。
ぽつりと胸の中央に開いた針の先ほどの穴があった。
「むっ、この穴か?」
何気なく指で触ろうと手を伸ばしかけた時、「ちちっ」と音がした。
「うん?」
手を止めて見詰める先から、針の穴が陥没していく。
ち、ちち、ちちちち……ぢっ。
穴が茶色に染まったかと思うと黒に色を変え、煙を上げた。
「いかん!」
ドリーは壁のレバーに土魔法を飛ばして、標的をレンジの奥に遠ざける。
その間にも黒いシミは標的の胸全体に広がり煙を濃くした。
轟!
とうとう炎を上げて標的は燃え上がった。
「あ。当たってましたね」
ステファノは、外さなくて良かったと安心した声を出した。
天井から水が噴き出して標的に降り注ぐ。しかし、水は蒸気を上げるばかりで炎の勢いは一向に失われない。
結局じゅうじゅうと蒸気を上げながら標的は炭になった。
「お前、何をやった?」
ドリーはできるだけ声を抑えて尋ねた。
「え? 火球です」
「違うだろ」
「は?」
「違うだろー!」
ドリーは抑えきれず、ステファノの胸倉を掴んだ。
「標的を見てみろ! 見ろ! わかるか?」
「火球が当たって、燃えました?」
どさりと、鎖の切れた標的が床に落ちた。
「燃えないんだよ。燃えないようにできてるんだよ。燃えちゃいけないんだよ!」
ドリーはステファノの胸を揺さぶりながら叫んだ。
「あの、すみませんでした」
ステファノは失敗を悟って、謝罪した。
その声を聴いて、ようやくドリーは冷静さを少し取り戻した。
「ううむ。一体どうなってるんだ?」
「でも、『火球』ですからねえ。あのくらいの温度はあるんじゃないですか?」
どうもステファノの言っていることがおかしいと、ドリーはようやく気がついた。
「さっきから『火球』と言っているが、お前が放った『火球』とはどういうものだ」
「はい。あの夜空を飛んで行くオレンジの光です。……違います?」
「それ……」
ドリーは脱力した。
「お前、それは流星じゃないか……」
「あ~あ。そうなんですか、あれ」
「はあ~」
ドリーはかつてない程の疲れを感じた。
「『火球』は使用禁止だ」
「えっ?」
「こんな殺人技を野放しにできるか!」
「えっ、えっ?」
ステファノは何がいけなかったのか、ひたすら混乱した。
「威力を絞ったつもりだったんですけど……」
「そういうことか……。あのなあ、お前が絞ったのは威力ではない。『焦点』だ」
ステファノは『火球』の現象はそのままに、術の範囲を狭く絞っただけだった。
結果レーザービームのような超音速の炎を飛ばした。おそらくその温度は8千度を超えていたろう。
そんな温度では「不燃布」であろうと燃え上がる。
「必ず明日の夜から、ここへ訓練しに来い。良いな?」
「は、はい。必ず来ます!」
「そうするのが、お前のためだ」
ドリーは怒りを忘れ、今ではステファノを憐れむような眼で見ていた。
「そうでないと、お前は戦争の道具にされるぞ」
「戦争の……」
それはステファノがどうしても避けたい未来であった。
魔法の威力を抑えることで戦わない道を選べるものであれば、そうすることに迷いはなかった。
(戦うために魔法を学ぶ訳じゃないんだ。自分と周りの人を守れればそれで良い)
「それはそうと、お前魔術科の成績のことは気にしなくて良いぞ」
「へっ? どういうことですか?」
唐突な言葉にステファノは戸惑った。
「ここへ来るということは魔術の練習がしたいのだろう? 練習をするに越したことはないが、成績のためであれば心配する必要がないという意味だ」
「雷魔術と火魔術のことでしょうか?」
「それも含めてすべてだ。これだけの術を使えるのであれば、あとは制御と『常識』さえ身につければ魔術科の修了資格を得られるだろう」
「それにお前、魔力が『視える』のだろう?」
ドリーはステファノの目を見て言った。
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