第169話 ギフト「蛇の目」は見た。

「ほう。雷属性は珍しいな。見ていてやるからやってみろ」


 にわかに興味が湧いて来たのか、ドリーは薄っすら笑みを浮かべながら一歩下がって腕を組んだ。


「良し。5番いいか? 雷魔術だ。射撃を許可する。自分のタイミングで、撃て!」


(ん~)


 ステファノは「虹の王ナーガ」を呼んだ。差し出す右手の前に直径70センチの虹が差す。


(交流は止めておこう。痺れるくらいの威力で……)


「走れ、ち縄!」


 虹から生まれた黄金の蛇は、身をくねらせながら標的に食らいついた。

 瞬間辺りをまばゆい光が包み、遅れて音速を破られた空気が轟音で吠える。


 ガオーン!


「ぬっ!」

「あれっ?」


 ガル師が放った「雷電」を弱めたイメージで「朽ち縄」を飛ばしたつもりだったが、あれでは同等以上の威力だろう。つまり殺傷力がある。


「雷電? いや、雷電であの距離は撃てないはず……」


 ぶつぶつと呟きながら、ドリーは壁のレバーを操作して標的を引き寄せた。

 標的だったものと言うべき物体を。


「お前……何者だ?」

「魔術科1年の……」

「ふざけるな! こんな威力の雷電があってたまるか!」

「あ、いや、これは『朽ち縄』というまほ……魔術でして」


 自分でも実際の威力に驚いているステファノは、しどろもどろに言い訳した。


「的を狙うのは初めてなもので……その、か、加減を間違いました」

「加減て、お前……」


 標的は半分以上芯まで黒焦げになっていた。形を残している部分も人間なら肉が炭になっているレベルで燃やされている。


 しかも今の光と轟音は、天然の雷そのままではないか。


「あ!」


 びくんと跳びはねたドリーは、「ちょっと待て」とステファノに言い残し、小走りに出入り口に向かった。

 ドアを細目に開けて外の様子を窺っていたが、特に問題はなかったようで、そっとドアを閉めて戻って来た。


 ご丁寧に鍵を降ろしてから。


「ごほん! いささか度肝を抜かれた。ゆっくり話を聞かせてもらおう。まあそこに座れ」


 2つある係員の椅子、その1つにステファノを座らせて、自分も残り1つに腰を下ろした。


「何から聞いていいか……。まず、お前の師匠は何者だ?」

「ええと、魔術の師匠はヨシズミという名前です。20年くらい前は戦場に出ていたそうですが、それからこっちは山に籠っていたそうで」

「山に籠って……今時そんな奴がいるのか?」


 のっけからドリーの意表を突く話であった。

 

「はい。俺も何日か一緒に暮らしました」

「お前、真面目に言ってるのか? そうか。で、魔術は何年修業した?」

「え、えーと。トータル1か月くらい? あ、師匠についてからは半月くらいです」

「馬鹿を言え!」


 聞いたこともない話であった。

 魔力の感知でさえ才能次第の世界である。魔力を感じられるまでに数カ月かかる人間もいるのだ。


 火魔術ならともかく、雷魔術を1か月で発動するなど聞いたこともない。


「あ、魔術を見たことなら2か月前にありました」

「関係あるか! 見ただけで使えるなら、この国は魔術師だらけだ!」


 ドリーから見てステファノは非常識すぎた。「魔術を見てもらいたい」と言った意味がようやくわかってきた。


「お前、今の魔術、『朽ち縄』だったか? あれを人に見せたことはあるのか?」

「師匠以外にはありません」


 うんうんとドリーは頷いた。


「そうだろうな。見せれば大騒ぎになったはずだ。師匠は何か言っていなかったか?」

「えーと、決め手にするには滅多に人に見せるなと」


「そうか。わかっているのだな。あれは異質の技だ」


 ステファノは「交流魔法」のことを言ったのだが、ドリーは朽ち縄のことと解釈した。

 どちらにしても世の中の常識を覆す術ということでは同じだった。


「あの、どこら辺が変でしょうか?」

「はあ~、お前と話すと疲れるな。細かく話すからしっかり聞いておけ」

「はい!」


 まともに相手にしてもらえることが嬉しくて、ステファノは満面の笑みを浮かべた。


「先ずな、雷魔術は使い手が少ない。それは知っているな? 良し」

 

「真っ先に名前が挙がるのは、わが師ガルであろう。うん、私の師匠だ」

 

「100人殺しなどと呼ばれて、『迅雷の滝』という範囲魔術を使う。何? 見たことがある? 本当か?」


「それは異常なことなのだ」


 ドリーの声が真剣味を帯びた。


「普通、雷魔術は接触した相手にしか使えん。遠距離用ではないのだ」

「えっ?」

「師の使う雷電とて、数歩先の相手を撃つ技だ。20歩先の標的など撃てん」


(ええーっ、そうなの?)


 ステファノは内心冷や汗を流した。


「当たり前だが、的が遠ければ遠くなるほど雷魔術の威力は弱まる。『迅雷の滝』は師の魔力あればこそ可能な上級魔術だ」


(ですよねえ。的が1つなら良いかと思って)


「最後の最後に飛び切りの異常だが、私にはお前の術には『意思』があるように見えた」

「えっ? どういうことですか?」

「あの雷はまるで生き物のように、己の意思・・・・で標的を襲ったのではないか?」


 最後は恐ろしい内緒話をするように、ドリーは囁いた。


「いやいや、そんなはず……ないですよね?」

「魔術に意思などあるはずがない。はずがないのだが、あの動き、そしてあの威力を見るとなあ」


 ドリーは泣きそうに顔を歪めた。


「ああ、もうこれはいかん。腹を割って話をしないと、気持ちが悪い。良いか? これから私のギフトの話をする」

「えっ? そういうのは親とか主人にしか言わないものでは?」

「その通りだが、これを言わんと話が進まんのだ」


 ドリーはがっと蟹股に足を踏ん張ると、膝に手を置き両肘を張った。


「私には魔力が見える」

「あ、やっぱり」

「……普通そこは仰天するところだぞ。まあ良い。見えるというか、『温度』として感じるのだ」


 蛇にはピット器官という温度を感知する感覚器が備わっている。

 ドリーはそれに似た感覚で魔力を感知する事ができる。それが彼女のギフトであった。


「ギフトの名を『じゃの目』と言う。そのせいで朽ち縄が見えたわけではあるまいが」


 今更ながらくちなわとは蛇の別名である。


「細かい説明は省くが、ギフトの力により私は他人の魔力が見える。その属性、強さなどがな」


 温度として感じるという彼女のギフトは、初め使いこなしが難しかった。それはそうだ。人は温度で色を感じるようにはできていない。


 訓練を繰り返し、ドリーは目を閉じていても魔力の発動をありありと視覚化することができるまでにギフトを使いこなせるようになった。


「私の目にはお前を守る『7頭の蛇』が見えた。その首の1つが的に向かって飛んだ。そう見えたのだ」

「それは……」


 イドの制御とは畢竟イメージであった。ステファノは「虹の王ナーガ」をインデックスとして術を呼び出した。ドリーはそのイメージをギフト「蛇の目」の力で感じ取ったのであろう。


「術のイメージにナーガを使っていました」

「ナーガとは大蛇のことか」

「はい。伝説では7つの頭があるそうです」


 ドリーは腕を組んで頷いた。


「そうか。お前がそうイメージすれば魔力は大蛇の形を示すのかもしれん。私の目にはな」

「『朽ち縄』は本当に縄の切れ端のことなんですが、同時に蛇のイメージでもあります」

「ふぅーん」


「すべてはお前のイメージ次第ということか? お前が蛇は走って当然、敵に噛みついて当然と思えば、意思ある者となって的を襲うのかもしれん」

「なるほど。そんな気がしてきました」


「いい加減だな、お前? うーん。このまま放っておくわけにはいかんな」


 ドリーは頭を掻いて唸った。


「えっ? 何か罰を受けるんですか?」

「そういうことじゃない。このままお前を野放しにすると、大きな事故につながりそうだ」

「大分ひどい言われようですね」


「お前、そういうところがむかつくな!」

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