第162話 ステファノ、誘いを受ける。

 どうにも不思議な組み合わせであった。超社交的なスールーと超絶閉鎖的なサントスがどうして一緒にいるのであろうか。


「君は今、なぜこの2人が一緒にいるのだろうと思っているね?」

「なぜわかりましたかとか言いませんよ? 誰が考えても不思議でしょう」

「まーねー」


 スールーはにんまりと笑った。


「僕がこの子を連れている理由は単純だ。『打算』である!」

「えぇー?」

「この子は『ギフト』を持っている」


 スールーが声を落とした。


 貴族が集まるアカデミーでは「ギフト持ち」が珍しくなかった。それでも誰がどんなギフトを持っているかは、重大な機密である。簡単に人に明かすべきことではなかった。


「ご本人の同意なく僕に教えてよろしいんですか?」


 聞き返すステファノの声も、思わず小さくなる。


「同意はあるさ。そもそも君を選んだ・・・・・のはサントスだからね」

「選んだとは?」

「僕とサントスはチームだ。僕が『頭脳』、サントスは『目』だ」


「『頭脳』ではない。『悪知恵』だ」


 サントスがぼそりと呟いた。


「あ、声が聞こえた」

「お前、俺のことを馬鹿にしてるな?」

「あれ? 普通に話せるんですか?」


 今まで聞こえなかったサントスの声が、小さいながらも普通に聞こえるようになった。


「お前に慣れた」

「はい?」

「後、お前はちょろいから怖くない」

「え?」

 

 蚊の鳴くような声で呟いていた男とは思えないサントスの豹変ぶりであった。


「田舎者だし」

「おい!」

「良かったな。もう仲良くなったのか?」

「どこが仲良しなんですか?」


 喋り出したかと思えば、サントスは本当に毒舌であった。


「言った通り、僕たちはチームなんだ。サントスには『才能』を見出す『目』がある。僕にはそれを生かす『頭脳』がある」

「『頭脳』じゃなくて『悪知恵』だ」

「そのサントスが今年の新入生50名から選んだ逸材が、ステファノ、君というわけなんだ」

「逸材じゃなくて『変わり種』だ」


「何か嬉しくありません」


 ステファノは憮然として言った。


「まあそう言うな。我々は運命の出会いを果たしたのだ。『目』と『頭脳』が、ついに『手』と出会った。キミは我々に足りなかった最後のピースなのだ!」

「わあ嬉しいっ、てなりませんよ? どう考えても『手』が一番大変でしょうが。俺を利用する気満々じゃありませんか?」

「ちっ、気がついたか。意外にも冷静だな、君?」

「田舎者のくせに」


「アンタら失敬だな!」

 

「まあ、今日はほんのお近づきだ。すぐに仲間になれとは言わないよ。我々のことを長い目で考えてくれればそれで良いんだ」

「田舎者なりに考えたら良い」

「何だかよくわかりませんが、お気持ちは頂いておきましょう」


「腐れ縁」でも「縁」は「縁」。そんなつもりでステファノは答えた。


「それにしてもなぜ僕を選んだんでしょうか?」


 新入生は50名いる。まだ何もしていない段階で、自分を選んだ理由が気になった。


「お前は『イド』が濃い」

「サントスがそう言うのでね」


 それが2人の言い分であった。


「見えるんですか、他人の『イド』が?」


 他人のイドそのものはステファノにも見えない。ネルソンの「テミスの秤」がそれに近いものであろうか。

 この2人はそれが見えると言うのか?

 

「サントスはそういうギフトを持っている」


 それは途轍もなくユニークな才能ではないか? どこまで見えるかはわからないが、特殊な才能を簡単に発見できそうであった。


「ステファノはイドも変わり種」

「先輩はちょいちょい口が悪いですね」

「変わっているのは悪いことではない。悪いと思うのは、心が悪い」

「むう」


 サントスの言い分は道理であった。「差別」の元となるのは「他の人との違い」であることが多いが、多様性を許容できないのは「心」の問題であった。


「僕たちも『タダ』で君を手下にしようとは思っていないよ」

「『手下』にする気はあるんですね?」

「あわよくばだよ。最悪、対等なパートナーの椅子を用意している」

「最悪のケースだが、やむを得ない」


「何で対等な関係が最悪のケースなのかわかりませんが、無理やり手下にされるよりはマシですね」


「そこは安心して。我々はよわよわなので強硬手段は取れないから」

「会って話すだけで精一杯」

「大丈夫ですか、そんなことで? 世界征服でもしそうな雰囲気で将来を語っていたのに」

「せこくて姑息こそくな手段で何とかしたいと思っている」

「スールーは姑息の化身」


「姑息の化身て何ですか?」


 ステファノは呆れたが、2人とも悪い人ではなさそうだと気を許し始めていた。


「我々は世界が何となく良くない・・・・・・・・んじゃないかと考えている」

「楽しくない」

「よって世界を楽しいところにしたい」

「それが目的」

「目的は手段を正当化する」

「やったもん勝ち」


「いや、それは言い過ぎだと思いますけど」


 彼らが言う「世界を楽しいところにしたい」という目標は、ステファノの「人を助けたい」という願望と通じる所がありそうだった。多くの人が楽しく暮らせる世界とは、人助けを必要としない世界ではないのか?


「目的は良いことだと思いますよ。問題は手段ですよね。手段の構想はあるんですか?」

「一切ない!」

「1年間を棒に振った」

「全然じゃないですか」


「何かありそうだという匂いだけはしているんだ」

「匂いですか」

「サントスは君が臭いと言っている」

「くんくん」


「人聞きが悪いのでそういう言い方は止めてください」


 この人たちはどこまで真剣なのかわからない。ステファノは扱いに困惑した。


「でね? 相談がある」

「唐突ですね。何ですか?」

「多分今日話を聞くだろうが、この学園には『研究報告会』というイベントがある」

「年2回ある」


「僕に先輩たちと組めと言うんですか?」


「話が早くて助かる」

「青田買い」


 ステファノには「研究報告会」がどんな行事なのか、まだ想像もつかない。おそらくアカデミーにおいて重要な意味を持つイベントなのであろう。

 であれば、誰と組むか、何をテーマに研究するかは極めて重要なポイントである。


「さすがにこの場ではお返事できません」

「だよね。我々としては他に決まる前に声を掛けておきたかったんだ」

「唾つけた」

「良く考えた上でお返事させてください。先輩たちと組んだ場合何ができるかという点も考えたいですし」


 ステファノは慎重に答えた。


「ありがたい」

「十分」

「ぜひ我々にアピールする機会を与えてくれたまえ」

「たまえ」


 放課後また会話することを約して、ステファノは2人と別れた。


 ◆◆◆


 上級生2人に勧誘されている間、新入生たちはチラチラと横目でステファノを見ていた。関わり合う勇気がある者はいなかった。

 上級生はまだまだ恐れ多いし、ステファノは衛兵に連行された「アウトロー」だ。迂闊に近づけないと思うのも無理はなかった。


 朝食後、その日最初のスケジュールは新入生全員を集めてのオリエンテーションだった。

 アカデミーでは「入学式」というセレモニーはなかった。意味があるのは「修了」することであるからだ。


 50人を一堂に集めるために、会場は大講堂で行われた。


「新入生諸君、おはようございます」


 壇上に登場したのは教務長のアリステアであった。鼻眼鏡が照明を反射してきらりと光る。


「改めて、ようこそ王立アカデミーへ。知っている者もいるでしょうが、わたしは教務長のアリステアです」


 本来であればほとんどの面談に参加する予定であったが、ステファノの「問題」に追われてかなりの生徒については立ち会うことができなかった。非公式とはいえ官憲の疑いを受けたとなれば、後顧の憂いなきように後始末はしっかりしておかなければならなかったのだ。


「入学案内や授業要領に書かれていることではありますが、簡単に本校の年間スケジュールを確認しておきましょう」


 その言葉と共に、アリステアの頭上に大きなスケジュール表が投影された。

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