第161話 スールーとサントス。

 朝食時間に食堂に集まったのは新入生50名であった。国を代表する学園としてはいかにも人数が少ない。

 アカデミーには学年という概念はなく、必要な単位を取得したと認められたところで卒業を許される。すなわち学位の授与である。


 とはいえ何事にも目安というものがある。通常は2年から3年で単位を修得し卒業していくのが普通であった。


 2年目以降の学生は現在60名いる。卒業できずに学園を去って行った者たちもいた。


 食堂や浴場の利用時間帯は新入生とそれ以外とにわけられている。しかし、これも目安であった。

 上級生の総数が新入生よりも多いので、そのままわかれると上級生は常に混雑を経験することになる。


 それを嫌う者はあえて新入生の利用時間帯に紛れ込んで食事をし、入浴する場合があった。

 彼らには一定の特徴がある。


 群れるのを嫌う一匹狼か。

 誰とでも和せる社交家であるか。


 偶然にもステファノの目の前に、両方のタイプが1人ずつ座っていた。


「君はステファノだろう? 僕はスールーだ。2年目さ。よろしくな」


 さっと手を伸ばして握手を求めて来たのは、金髪碧眼の女性であった。低い鼻とそばかす、垂れ下がった眉が特徴的である。


「わからないことがあったら、遠慮なく聞いてくれ。わかることは教えるし、わからないことは一緒に聞いてやるよ」

「ありがとうございます。どうしてわざわざ1年生の食事時間に来てるんですか?」

「深い意味はないよ。新しい生徒と友達になれたら面白いじゃないか? お互いに知らないことを教え合ったりね」


 その言い方だと、上級生同士の間では全員と友達になったということだろうかと、ステファノは少々呆気に取られた。

 さすがに59人全員と友達になれるとは思えないのだが。


「友達と言っても固く考える必要はないよ? 僕が勝手に思っているだけだからね。こうやって口が利ければ、もう友達さ」


 しかし、良くしゃべる。それでいて食事の速度はステファノ以上であるところが驚異的であった。


「僕っておしゃべりと食事が早いだろう? みんな驚くんだ。コツを教えようか? 息をしないんだよ」

「えっ?」

「嘘だよ! 息をしないと、死んじゃうよ? ごめんねー、スールー・ジョークなんだよ」

「はあ。先輩、ちょっと変わってるって言われませんか?」


 さすがにステファノも驚いて、聞き返した。しかし、嫌な気分にならないのは、スールーの人柄が明るいからなのだろうか。


「君はさ、何て言うか人目を気にしない人だね。その服装とか?」

「変でしょうか?」

「僕も平民だから変だとは思わないよ。でも変なんだよ、ここでは」


 アカデミーならではの習慣みたいなものがあるのだろうか? そうであれば聞いてみたいとステファノは思った。

 ステファノも好き好んで他人と違うことをやりたいわけではないのだ。


「アカデミーってお貴族様とお金持ちが多いだろう? かく言う僕の家も田舎の資産家さ。そうなるとアカデミーってのは『見栄の張り合い』みたいなことになりがちなのさ」

「親御さんの方が一所懸命になるってことですか?」

「まあね。お貴族様はともかく、平民からアカデミー入学者が出るのは滅多にないことだからね」


 本人の出世はもちろん、「家」としても箔がつく。借金をしてでも良い格好をさせてやりたいと思うのが一般の家族というものだと言う。


「そうかあ。旦那様は服を新調してやると言って下さったんだけどなあ。もったいないと思って断っちゃったんです」

「ふうん。くれると言うのに断るって、やっぱり君は変わってるね。ネルソン商会と言えば大店中の大店じゃないか。君の服くらいで懐が痛むわけないのにさ」

「でも、僕は使用人ですからね」


 ステファノは首をすくめた。


「そんなことは関係ないよ。これはさ、店としての世間体の問題なんだよ」

「うーん。だとすると、これで良かったかもしれません。うちの旦那様は世間体を気にするタイプではないので」


 大体、店構えからして目立たないようにしているくらいである。ステファノの服装などどうでも良いのではないか?


「自分としてはこの方が気兼ねなく動けて良かったと思いますよ?」

「凄いね。そこまで割り切れるなら意味があるかも。お貴族様とか本当のお金持ちは新品の服なんて何とも思っていないだろう? 僕たち庶民組とは落ちつきが違うんだよね」


 中以下の資産家や弱小貴族出身者はどうしても見栄を張ることに無理がある。例えば服を汚すような行動には躊躇が生まれてしまうのだ。


「高貴なお貴族様出身となるとそんなことはまったく気にしないからね。もっとも、周りの取り巻きが身を挺して盾になってくれるけど」

「そんなに凄いんですか?」

「そりゃあそうさ。いつだって上位貴族に気に入られたいと思うのが、下位貴族の習性ってもんさ。……ここだけの話だよ」


 ジロー・コリントは伯爵家の次男だと言っていたから、それなりに高い身分であるはずだ。取り巻きもついているかもしれない。


「でも、そんな取り巻きがついていたら却って負担にならないのかな?」


 奉仕を受けるからには、それなりの面倒も見てやることになる。それがお貴族様の上下関係ではないのかとステファノは思っていた。


「まあね。だから、本当の意味で取り巻きを維持できるのは伯爵以上のちゃんとした家柄だけじゃないかな。後は余程領地に恵まれた豊かなお貴族様とかね」

「ははあ」


 やはり世の中は「権力」と「財力」が物を言うのか。ヨシズミが言う「再生ルネッサンス」とやらはお金持ちが世の中を変えることらしいが……。


「俺にはあまり関係ない世界のようです」

「でも、早速ジロー卿と仲良くなったみたいじゃないか?」

「え? 何で知ってるんですか?」

「聞いたのさ。僕のお友達にね?」


 昨日の今日でもうあの事を知っているとは……。どれだけの情報網を構築しているのであろうか、この人は。

 ステファノは得体の知れない恐ろしさのようなものをスールーに対して感じていた。


「武力や財力はいずれ過去のものになる。世界はきっと変わって行く」


 ステファノの目をまっすぐ見詰めて、スールーはその青い目を輝かせた。


「情報は力なり。情報を制する者が世界を制する。僕はそう思うんだ」


 この人は真剣なんだ。ステファノはそう感じた。

 趣味や酔狂で生徒全員と「友達」になっているわけではなく、「力」としての「情報」を求めてそうしている。


 学生である今から、既に将来のための布石を打っているのだ。


「先輩はアカデミーを出たら何をするつもりなんですか?」

「さあね。政治や軍務に興味はない。民間で商売でもやることになるだろうね。その中身がまだ決まらないんだよ」

「これから決めるということですね?」

「まあね。君は相当面白いから、面白いことを仕出かしそうだ。何か面白い商売のネタがあったら紹介してくれたまえよ」


 それが目的で自分の前に座ったのか……。そう思うと若干げんなりするステファノであるが、この先輩を人脈に持つことは自分にとっても価値がありそうに思えた。


「先輩には敵わない気がしますよ? 僕は田舎者なんで世間のことを何も知らないんです。よろしくお願いします」

ここアカデミーは普通の世間とはだいぶ違うから、気にしなくても良いと思う。この子みたいに変な子もいるし」


 スールーは自分の横で黙々と朝食を取る男子生徒を示して言った。


「えーと。この方も上級生ですよね?」

「ああ、その通りだ」

「……」


 自分に注目が集まっているというのに、その男子生徒はスープ皿から顔を上げず、黙々とスプーンを口に運んでいる。


「おい、サントス。お前の話をしているんだぞ。自己紹介くらいできないか?」

「……」

「いえ、自己紹介なら下級生の僕からするべきでしょう。サントス先輩ですか? 自分はネルソン商会から派遣されたステファノです。魔術科で勉強いたします」

「……が濃い」


「えっ?」


 下を向いたままサントスが何か呟いた。


「済まないね。この子は声が小さいし、臆病で、人見知りで、肌が弱いんだ」

「……も弱い」

「ああ。ついでにお腹も弱いそうだ」


 サントスは上級生であるが、年齢で言えばステファノよりも下に見えた。小柄で色白、髪は茶色で顎の下まで伸ばしていたが、蓬髪と言った方が良い程ぼさぼさであった。

 鼻までかかる前髪の間から物を見ているようであった。


「失礼ですが、良くアカデミーに入れましたね?」

「……」

「正しいコメントだが、君に言われたくはないそうだ」


「えぇー?」


 ステファノは意表を突かれた。人見知りという割には随分な「返し」である。


「サントスは人見知りだが、性格は辛口で毒舌なんだ。気にしないでくれ」

「いや、気にするでしょう!」

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