第156話 ステファノ、アカデミー初日から盛大にやらかす。
(600年も時代が空いてはね。他人も同然だろう)
一番新しく見える右端の肖像画が、おそらく当代学長の者であろう。50代のふくよかな女性であった。
(ソフィアさんが年を取ったらこんな感じになるかな?)
廊下を近づいて来る複数のイドを察知したステファノは、一旦ソファに戻った。
ドアが開く音に合わせて、ステファノはソファから立ち上がる。
「お待たせしましたね」
「失礼しております」
応接室に入って来たのは肖像画に描かれた当代学長と30代に見える派手な女性、そして先程の文官の3人であった。
ステファノから見て正面に学長ともう一人の女性が座り、右手に文官が座った。
「魔術学科への入学を志願いたしましたステファノと申します」
ステファノは短く自己紹介をしてお辞儀をした。
「ステファノか。座りなさい」
学長の許しを得てソファに腰を下ろす。
「私は当アカデミーの学長、リリー・ミルトンです。隣が魔術学科長のマリアンヌ氏。あなたを連れて来たのが教務長のアリステア氏です」
「初めまして、よろしくお願いいたします」
マリアンヌは黙って嫣然と流し目をくれた。アリステアは表情も変えなかった。
「早速ですが、あなたの取り扱いについてお話があります」
「取り扱い……ですか?」
ミルトン学長の物腰は柔らかかったが、話の内容は厄介そうな気配がした。
「推薦者がね、ちょっと特殊ですね。筆頭侯爵家と『やんごとなきお方』からという」
「はい」
ステファノからは余計なことを言えない。下手なことを言えば、暗殺未遂事件のことを語らなければならなくなる。
「入学願書を見るとネルソン商会の使用人でありながら、ギルモア侯爵家の
「はい。その通りです」
「出身は平民ですね?」
「はい。その通りです」
商会の使用人である平民が、どうして侯爵家の寄子となり第3王子の推薦を得られるのか?
普通では考えられないことであった。
不審を覚えて当然だと、ステファノ自身も強く思う。
「余程の働き、手柄を立てたのだろうと思いますが、細かいことは推薦状にも書かれていませんね」
「さようでございますか?」
「あなたは読んでいないのですね?」
「既に封をされた状態でお預かりいたしました」
推薦状とは学長に宛てられた物なので、志願者であるステファノは目にする立場にはない。内容を知らないというのは適切な返答であった。
「これによると『やんごとなきお方』を煩わす出来事について『起こり元』と『手段』を推量し、問題の解決に多大な貢献を為したとか……」
「過分なお言葉でございます」
ステファノは言葉少なに謙遜した。
これはマルチェルに授けてもらった知恵だ。
『良いですか、ステファノ。聞かれたことだけを答えれば良いので、言葉は足りないくらいで丁度良いのです』
(マルチェルさん、早速役に立っていますよ)
「ふうん……。どんな推量で、何を解決したのか詳しく聞いてみたいところですが、細部については詮索無用と書いてありますね」
(それは助かった。真相をばらさずに上手く説明する自信がないよ)
「ですが、ご不審があればお試し下されたしとも書かれていますわ。ギルモアの家風は本当に面白いこと」
(旦那様! 本当に
「そ、それはお戯れではないでしょうか?」
「あら、家名を添えた推薦状に戯れを書く者などおりませんよ? あなたが知るはずのない私の秘密。きっと1つ披露することでしょうと、侯爵名でここにございますもの」
(侯爵様も乗りすぎでしょう? どんな推薦ですか? はあー)
「どうかしら? 何か披露してくれますの?」
リリー学長はふっくらとした白い頬に右手を寄せて、こっくりと顔を傾け、期待に微笑んだ。
(こういうところも
「どうしました? 何か言うことはないのかしら? ないのでしょうね」
横から教務長が皮肉な言葉を掛けて来たが……。
「はあ。お望みですので申し上げますが、この部屋の外には口外無用にてお願いいたします」
「キミは誰に口を利いていると……」
「狐!」
教務長の言葉をさえぎって、ステファノは高い声で一言叫んだ。
「えっ?」
「何ですって? どうしました?」
「いたずら狐のせいで、学長のお友達がお忙しい思いをなさっておられましょう。花嫁を狐の穴から遠ざけようと、嫁入り支度が大忙しだそうで」
「あら? それって……」
「キミは一体どうしました? どうしたというのです?」
「教務長には素敵なお姉さまがいらしたのでしょうね。今は遠くに行かれたのでしょうか?」
「な、何ですって? 何を言っているのです?」
なぜか教務長の顔が青ざめた。
「お前!」
冷たい笑みを浮かべて声を掛けたのは魔術学科長マリアンヌであった。
「ステファノか。お前、間抜けな顔をして抜け目がないな。何を調べて来た?」
ここは慎重な受け答えが必要だ。そう判断して、ステファノは声の調子を改めた。
「取り立てて下調べはしておりません。『知っていること』と『わかったこと』を重ね合わせただけです」
「ほう? 聞かせてみろ」
マリアンヌは真っ赤な唇をくいっと歪めてステファノを促した。
「狐と花嫁の話は、学長がおわかりになっているはずです。お友達からお聞きになっているでしょうから」
「お友達だと?」
「ギルモア侯爵家ソフィア様です」
「ソフィーがあなたに教えたのかしら?」
リリーは不思議そうに尋ねた。
「いいえ。当て推量です」
「どういうことだ?」
マリアンヌはステファノを追及した。
「壁の絵を拝見しました」
「何?」
「似ていらっしゃいます。リリー様とソフィア様のお顔立ちが」
マリアンヌとアリステアの目が肖像画とリリー本人の間を往復する。本人とステファノは平然としていたが。
「ご本人を拝見して、これは偶然ではないと感じました。おそらくは母方同士のつながりではないかと」
「見立て通りソフィーとはいとこ同士です。顔を見てわかるものですか?」
「お声とか仕草まで似ていらっしゃいます」
「あら? 自分では気がつかないものね」
「狐の嫁入りとは?」
「わたしが働きを為した一件の後始末です。ソフィア様が嫁入りのご準備に大わらわと存じております。『やんごとなきお方』の件でご迷惑をこうむったリリー様に、きっとソフィア様がお知らせしているだろうと考えました」
事件のせいでジュリアーノ王子のアカデミー入学が取り消されたのだ。学長に何も伝えないというわけにはいかない。
そしてソフィアの担当はいかにもゴシップ向きの輿入れ話である。2人が「親戚同士」なら伝えないはずがない。
詳細を知るのはリリーのみであるが、その顔色を窺えばステファノの言葉が正しいとわかる。
「婚礼はおめでたい儀式ですからね。準備は公に進んでいますよ。後は発表を待つばかりです」
リリーの目には婚礼に対する憧れが浮かび、うっとりとした表情をしていた。
(こういうところも似てるんだよな)
「アリステアの姉とは何のことだ? アリステア、心当たりがあるのか?」
「いえ、その……。彼が知るはずないのです。知っているはずがありません!」
教務長は幽霊でも見たように蒼白になって首を振った。
「わからんな。ステファノ、説明しなさい」
ここまで激しい反応を予期していなかったのでステファノ自身も驚いていた。
「失礼があったら謝罪いたします。申し訳ありませんでした。これも単なる当て推量で」
「構わん。言ってみろ」
容赦のないマリアンヌに言われて、ステファノは説明を始めた。
「校門からこちらに連れて来ていただく際、それからこちらでの面談の際、教務長の口調には特徴がございました」
「ふむ。私にはいつもと変わりなく聞こえたが」
「おそらくその通りなのでしょう。それだけ自然に染みついたもので……、幼い頃の経験が元ではないかと考えました」
アリステアは揃えた膝の上で手を組み合わせ、両眼を閉じていた。
「どんな特徴だ?」
「はい。先ず、とても丁寧です。育ちの良さがあるにしても、わたしのような平民に対してまできれいな言葉遣いを崩されません」
「ああ、そうだな。アリステアにはそういうところがある。それがどうした?」
マリアンヌが先を促す。
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