第118話 法則を理解し、プロセスを再現することができなければ、事象を支配したことにはならない。
「魔力がイデア同士が引き合う力だとしたら、自分が視ている光は何なのでしょう?」
ステファノは疑問を口にした。自分がやっていることは魔術ではないのか?
「うーん。僕は見ていないし、見えもしないだろうから断定はできないけど……。プロセスのビジョン化かなあ?」
「プロセスのビジョン化」
「うん。現実界とイデア界のやり取りって抽象的でしょう? そもそも目に見えない、知覚できない物を扱おうとしているわけで。それを可能とするために、イドが創り出したビジョンじゃないかな」
「俺自身があの映像を創り出している……?」
ステファノは思い出してみる。ギフトの力を行使しようとする時、自分はどうしていたか?
その存在を「眼」で観ようとしていた?
「ふうむ。
「そうだね。何人もの魔術師に聞いたけど、彼らは何も見てはいないよ。『ただ、結果だけがある』という状態さ」
ガル師が言っていた。
「お主、人に息の仕方を教えられるかの? ワシにとって魔術とはそういうもんじゃ」
「これが魔術に愛されるという事よ。気合も力もいらぬ。思い一つで、術が成る。それができてこその上級魔術師じゃ」
ステファノはなおもドイルに食らいついた。
「では……では、ギフトとは何ですか? 旦那様、ネルソン様はギフトにも魔法と同じ『魔力』が診えると仰っていましたが?」
「うん。ギフトなら僕にも備わっている。それが目に見える物であれば僕に見えてもおかしくない。だが、実際には何も見えない。自分のギフトも、他人のギフトもね」
「そう言われると、自分も他人のギフトは見えません」
「ネルソン君が診ている物は恐らく彼のギフトが創り出したビジョンだろう。だから、他人には同じ物は見えない。そして魔術とギフトが同じ光を示しているのだとすれば、それは……」
ドイルはもったいぶるように呼吸を継いだ。
「それは等しく『イデア界に働きかけるプロセスの発動』だからなのだろう」
「魔力ではない……」
「すべてのイドもまたイデア界の住人なのだよ」
「
阿吽の間にいるのはイドである。
「先夢見じ
それは自分にも当てはまる。時間も変化もない世界。
「ギフトとはイデア界の法則の一部を現実界で利用することだ。『距離も時間もない世界』のほんのひと欠片をこの世に持ち込むのさ」
ドイル自身のギフト「タイム・スライシング」は時に関するギフトだ。時を細かく区切り、同時並行的に思考を行うことができる。時のないイデア界と現実界とのリンクを細かく断続することによってイドは
マルチェルの「
ネルソンの「テミスの秤」はそのようなイデア界と現実界のリンクを可視化する。
ならば、ステファノの「諸行無常」は何を行うものか?
「先生、自分は『偶像』として『始原の光』を心の中心に置き、魔力の発動を願いました。これはイデア界とどう関わっているのでしょうか?」
「……面白いね。君のギフトは
「イデアを直接観るギフト?」
「まだ不完全だがね。ギフトが成長すればやがてそういうことが起こるだろう」
「いろは歌」は歌う、「有為の奥山 今日越えて」と。
いつかステファノのイドがイデア界に渡る瞬間が来るのであろうか。
概念の上ではすべての事象はイデア界に存在する。それを
「おそらくそのままでは君はイデアを認識できない。シェードを掛けないと眼を焼かれるだろう」
ドイルは平然と恐ろしい予言をした。
「たぶんシェードを得るまでイデアを観る目は開かないだろう。ギフトというシステムは誰かが与えた物のようだから、それくらいの気遣いはしてくれていると思う」
怖がらせた後でそんなあやふやな話をされてもと、ステファノは困り顔であった。
「慌てずにギフトと向き合うが良いよ。機が熟せば、ギフトは自ら花開く」
ドイルは年寄りじみて聞こえるアドバイスをステファノに寄越した。自分に似合わぬことを知っているのであろう。言いながらちょっと照れた様子を見せる。
ふと、真顔に戻ってドイルは言葉を足した。
「あ、そうそう。君が使ったという『種火の術』ね。それは魔術じゃないよ」
「えっ!」
「魔術にしてはプロセスが複雑すぎる。そんな面倒くさいことをあの連中がこなせるものかね。君のは魔術とは全く違うユニークな現象だ」
「そんな……。やっと魔術を使えたと思ったのに」
ステファノは心底衝撃を受けていた。あれは何だったと言うのか?
「ショックを受けるのはおかしいよ? 君のギフトは魔術なんかより何倍も貴重な物なんだから。これはまだ推測というより僕の勘だが、君のギフトを正しく使えば『魔術にできることはすべてできる』と思う」
「は? それって魔術と同じじゃありません?」
「馬鹿なことを言ってもらっちゃ困る!」
その時だけはドイルに年相応の威厳が満ちた。
「結果だけを見て物事を判断してはいけないよ。それは『どんな料理も糞になったら同じだ』と言っているようなものだぞ」
「あっ! すいません!」
ステファノは首をすくめて謝った。
バンスのげんこつが飛んで来るかと思った。
それは料理人なら絶対に口にしてはいけない言葉であった。
「覚えておきたまえ。法則を理解し、プロセスを再現することができなければ、事象を支配したことにはならない」
「はい」
「結果なんて物は……後からついて来るものさ。何ならついて来なくたって構わない」
それは学者としてのプライドなのであろう。ドイルが譲ることのできない筋道。
彼の生き様とも言える信念の吐露であった。
「僕が正しいことは僕が知っている」
そう言って、ドイルは残りのドーナツにかぶりついた。
これもまた、凄まじい生き様だ。ステファノはそう思いながら、己のことを考える。
ドイルの言葉によれば、自分が行ったのは魔術ではない。では、自分は魔術師失格なのであろうかと。
結果が同じなら良いという考え方は良くないとドイルは言うが、アカデミーが求めるものはどうであろうか?
おそらくあの「種火」を見せれば、自分はアカデミー入学を許されるであろう。
それは間違ったことなのか?
「価値」で考えれば、「同じ結果をもたらす物」は等しく同じ「価値」を持つべきではないか?
芋から作ったでんぷんでも、トウモロコシから作ったでんぷんでもでんぷんには違いはない。用が足りれば良くないか?
ちょっとズルい考え方かもしれないけれど。
とにかく自分に与えられた「魔術」はこれなのだ。これでどれだけのことができるか、それを突き詰めてみよう。ステファノはそう心を決めた。
ステファノは薄々気づいていた。
ドイルの理論が正しければ。そしておそらくそれは正しいのだが、自分には「いわゆる魔力」がない。
ドイル流に言うならば、自分の近くには利用可能なイデアの因果がない。
だから「普通の魔術」は発現しないのだ。
ステファノが「魔術」を使うには、違うプロセスでギフトを働かせるしかない。
なぜそれで「魔術」と同じ現象を起こせるのか、ステファノはまだ知らない。
ステファノにとっては、それを知ることが魔術への道なのだった。
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