第111話 「ギルモアの獅子」はステファノと共にあり。

「こうなって来ると、お2人には自分のギフトのことを詳しくお話しするべきではないかと思います」


 ステファノは動揺が収まると、ネルソンたちに自分の考えを打ち明けた。

 

 口入屋での監禁騒動は記憶に生々しい。鎖につながれギフトを搾り取られるビジョンは、今のステファノの心を根こそぎ削るものだった。

 ネルソンとギルモア家を頼るためには、自分のギフトについて正しく知ってもらうことが大切だと、ステファノの冷静な部分は判断していた。


「そうか。ならば今日からお前はギルモア家の『預かり』としよう。良いな、マルチェル」

「イエス、サー」


 商人の仮面を脱ぎ捨てたネルソンは、「主人」としてマルチェルに意を告げた。

 

「形式」だけで言えば、家を出たことになっているネルソンより、現在もギルモア家に所属しているマルチェルの方が侯爵家との関係が近い。

 それを踏まえて、異論なきことの確認をしたのだ。


「形式」を外せないのが貴族である。それをなくしてしまえば「野武士」の類と変わらない。

 ネルソンは骨の髄からの貴族であった。


「ステファノ、貴族の『預かり』になるとはどういうことかわかりますか?」

「いいえ。使用人としての働き先が侯爵家に変わること以外に、何かあるのでしょうか?」


 ステファノの理解を問うたマルチェルに対し、ステファノは正しく理解できている自信がないことを伝えた。


「外部に対して大きな意味を持ちます。『預かり』になるということはギルモア家の一部となるということです」

「お家の一部にですか?」

「そうです。家人けにん、つまり家来ではありますが、外部に対してお前はギルモア家そのものに他なりません。お前に危害を加えるということは、ギルモアに弓を引くということを意味します」


 それはステファノの想像を超えた深いつながりであった。

 戦争を日常とする時代であるからこその、強い主従の結びつきであった。


「私が言うのはおかしいかもしれんが、ギルモアは武門の家だ。お前に危害を加える者があれば、たとえ家を傾けることになろうともギルモアはお前を守るだろう」


 当たり前のことを告げる口調で、ネルソンは言った。

 一家人のために、侯爵家の命運を賭けるとは生半可な覚悟ではなかった。


「自分は平民なので、正しく理解できているかどうか、いまだにわかりません。しかし、商会に拾い上げてもらった瞬間から旦那様にご奉公することを心に決めました。ギルモアのお家が自分を守って下さるというなら、自分もお家を守ります。自分が持つすべての力を尽くして」


 ステファノはしっかりと自分の覚悟を述べた。もう守られるだけの自分でいてはいけないと思った。


「うむ。お前の覚悟、しかと聞いた。ギルモアの家人となった証として、改めてこれを授けよう」


 ネルソンは内ポケットから、細長い包みを取り出した。中に納められていたのは、エバを見張る際にステファノに与えた遠眼鏡であった。


「これはあの時の……」

「マルチェルが取り返した物だ。筒に刻んだギルモアの家紋が、お前の身分の証となる」


 牙を剥いた獅子の横顔を図案化したそれは、ネルソン商会の入り口にさりげなく掲げられていた物と同じであった。


「お店の家紋はギルモア家の物でしたか……」

「そうです。あれこそギルモアが旦那様を見捨てていないという意思表示なのです」


 表に掲げる「ギルモアの獅子」は、貴族社会においてネルソン商会は「お構い無用」であるという宣言であった。ゆえに商会と事を構える貴族は皆無であった。


「これを自分に……」


 改めて遠眼鏡を授けられた意味を正しく知り、ステファノは包みを押し頂いて腰の物入れに納めた。


「では、聞かせてもらおうか。『諸行無常いろはにほへと』とやらの詳細を」


 主従となった今、ギフトの開陳をはばかる必要はなくなった。ネルソンは興味を隠さず、ステファノを促した。


「はい。『諸行無常』は今わかる範囲では7文字+5文字の成句2つの連なりで表わされています」

「先程の演舞で唱えていた物だな?」

「はい。『いろはにほへと、ちりぬるを。わかよたれそ、つねならむ』。ここまでわかっています」


「待て。『ここまで』と言うからには先があるのだな?」

「そう考えます。成句を唱えた時に現れる光は7色。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫です」

「成句も7つあると言うのか?」

「おそらくは。7文字、5文字、それぞれを1句と数えるのか、7文字+5文字の連なりを1句と数えるのかはわかりません。しかし最低でもあと3つ成句がなければ数が合いません」


 ギフトの持ち主であるステファノがそう感じるのである。否定する理由はなかった。


「不思議な響きだ。濁音がないのだな」

「そうなのです。しかし、不思議なことに『諸行無常ギフト』を思い浮かべるとき、濁音を伴った成句も頭に浮かぶのです」

「それはどのようなものだ?」


「色は匂へど 散りぬるを」

「我が世誰ぞ 常ならむ」


 その言葉をステファノは書き記した。


「ううむ。古い言葉のように聞こえる。意味はこの世の移ろい、絶え間ない変化を指し示しているようだが……。マルチェル、どう思う?」

「仰る通りかと。東国に伝わる古い教えに世の無常を説く物があるはずです。我が師はそれを受け継いでおいででしたが、不肖にしてわたしは法統を継いでおりません」


「東国の教えか。誰か詳しい者がおったかな……?」

「ケントクに聞いてみてはいかがでしょう? 詳しいことは明かさず、この言葉だけでも知らないかと」

「そうか。何か知っていることがあるかもしれんな。エリスにケントクを呼ばせてくれ」

「畏まりました」

 

 マルチェルが廊下に出た間に、ネルソンはふと思いついてステファノに尋ねた。


「そう言えば、先程誦文を途中で変えたようだったが?」

「はい。誦文を型の演舞に合わせてみると、言葉の調子が乱れていることがどうにも気になって」

「それで成句を変えたのか?」


 ステファノは破調を防ぐため、「え」の1文字をつけ加えたことをネルソンに告げた。


「欠けた1音に差し掛かった時、体の中から衝動が込み上げて思わず『え』と歌っていました」


「わかよたれそ、つねならむ」


 意味ある言葉に編むならば、「我が世誰ぞ、得常ならむ」となるだろう。


「なるほど。破調を防ぐと共に、意味も強めているようだな。それで言葉を変えた直後から魔力の波動が強くなったのか」

「旦那様の眼には魔力が診えていたのですね?」

「『テミスの秤』には色なき光が診え、肌を打つ波動を魔力として感じ取った」


 実際に何人もの魔術師を過去に診て、「この魔力はこの属性」という結びつきを経験してきた。そのネルソンが言うことであり、ステファノの魔力発動に関してはほぼ間違いがないと考えられた。


 マルチェルが部屋に戻って来たところで、ステファノは「誦文式演舞法」について質問した。


「魔術学科の入学条件として、魔力の発動ができることが必要だと伺いました。『誦文式演舞法』はその答えになるでしょうか?」

「もちろんです。必要レベルをはるかに超えた魔力発動と言えるでしょう」

「むしろマリアンヌがむきにならぬか心配だな」


 ネルソンは思案顔であった。


「自分よりも高いレベルで魔力を練られては、学科長の面目が傷つく。アレはそういう考え方をする女だろう」

「もう少しあっさりとした魔力発動の方が、無難でございますね」

「誦文の仕方を変えたらどうでしょうか?」


 ステファノは初めの頃、ギフトの発動がたどたどしかったことを2人に説明した。

 その時は今とは違う発声法で成句を読み上げていたことも。


「なるほどな。演舞抜きで、その発声法をやってみてくれるか」


「色は匂へど~、散りぬるを~」


 ステファノは「意味あり」の成句の方を読み上げた。語尾のみを尾を引くように伸ばして。


 すると、延ばした語尾に追従するようにほのかな光が綿毛となって周囲に浮かんだ。

 綿毛はチリチリと赤い色をまとい、やがて声が消えると紫に瞬いて消えた。


「うん。入門者レベルならその程度の魔力で十分なはずだ」

「後は誦文ですね。あの成句は興味を引いてしまうでしょう」

「ほじくり返されると面倒だな」


 ステファノはエバの「無声詠唱」を思い出した。


「ちょっと試したいことがあるんですが、やってみてよろしいですか?」

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