第101話 まったくお前はついています。
目を開けると、昨日とは違う世界があった。
「どうですか?
つないでいた手を放して、マルチェルは尋ねた。
「はい。自分の中心に『光』がありました」
まだ今起きたことの整理がついていない。ステファノは瞑想の結果「光」を得たことだけを端的に告げた。
「そうですか。その『光』のことは、当面自分だけの秘密にしなさい」
「え? お2人のギフトについては聞いてしまいましたが?」
「それは構いません。われわれのギフトは、知られたからどうなるという性質の物ではありませんから」
確かにマルチェルが引き延ばされた時間の中にいると知ったところで、対する敵にとってはどうしようもない。相手にせず、逃げることしかできないだろう。
ネルソンのギフトに至っては、どう扱っていいものやら他人にはわからないだろう。
「ギフトの本質とは持ち主本人にしかわからぬ物です。時には本人すら正しく理解していないことさえあります。ギフトを使いこなすとは、己の本質と深く向き合うことでもあるのです」
生半可な状態でギフトの秘密を他人に知られれば、悪用される危険があると共に弱点につけ入られる恐れがあった。
「己の本質を離れたところにギフトは生まれません。内省を続け、ギフトを知ることに努めなさい」
「はい。わかりました」
「
この世の全ては常に形を変え、変化している。その真理に関わる「力」であった。肉眼で見えるのは、「今この瞬間の物体」のみ。精神を見ることはできず、物の「本質」さえ目で捉えることは難しい。
さらに「無常」である。目で捉え、脳にインプットされたデータはその瞬間から「過去」となる。一瞬後には完全に同じ状態は存在しないのだ。
だからこそ人は物事の本質を「
そういう流れの中で考えると、ステファノのギフト「諸行無常」とはネルソンの「テミスの秤」に似た部分がありそうだ。ネルソンのギフトも、ある人や物が本質においてどのような価値をもたらすかを「
マルチェルの「邯鄲の夢」は特殊な知覚力ではあるが、視覚そのものは通常の人間と変わりはない。視覚から得たものを判断する能力が強化されただけである。それもまた凄まじいことではあったが。
ステファノの「眼」はどうなったか? ギフトの恩恵はまだ発現したばかりで定かではない。
ただ、今まで固定的な「
「物」は「物質」という本質を内包した波動として視える。「人」は「人間性」という本性を包んだ波動する容れ物に観える。
ありうべき姿、ありたき姿が「曖昧性というもや」として光っている。
そして「魔力」がぼんやりと視えた。
あれが多分魔力という物であろう。ギフト持ちであるネルソンとマルチェルはその周りに「光る綿毛」のような物を漂わせていた。ギフトが魔術師の成長を左右するのは、その大本が「魔力」であるからかもしれない。
ステファノは思い返していた。
思えば自分は常にギフトと共にいたのではないか? 先行きどうなるかを常に想像していた。変化の可能性を「ありうべき未来」として観ようとしてきた。
かつてエバに惹かれたのも、彼女が纏うかすかな魔力の綿毛を未来への可能性として感じ取ったからではなかったか?
ガル師の精妙な魔術行使に心が動かなかったのは、その魔力は小さく纏まってその場を舞うばかりで、「世界とやり取りを交わす」広がりを持たなかったからではないのか?
ステファノは常に「観察者」であった。「観て」「考える者」。
「観想者」であり「観相者」であった。
「マルチェルさん、ありがとうございました。まだギフトの詳細は捉えられませんが、自分の本質に沿った物であると感じます」
「ギフトを知ることは自分を知ること。それを感じたのですね」
「はい。自分にとって見ることと考えることは2つではなく、1つのことだと。それがわかりました」
「ふふふ。お前は若いのに僧侶のようなことを言う。わが尊師は東方の教えをも学んだ方でしたが、似たような教えを身につけていらっしゃっいました」
「その教えはどこかで学ぶことができますか?」
「おそらくアカデミーには経典か解説書が所蔵されているでしょう。そういった方面に詳しい教授がいるかもしれません」
アカデミーとはそもそも学びの場である。「ギフト」という新しい概念に出会ったステファノにとっては、またとない場所と言えるかもしれない。
「アカデミーの新学期は9月からです。あとひと月、長くはありませんが準備をする時間はあるでしょう」
「入学の準備って、何をしたら良いんでしょう?」
当たり前のようにステファノは「学校」という物に通ったことがない。勉強をするところだということはわかるが、「勉強」というのはどうするものか知らないのだ。
「魔術学科は他の学科とは違い、才能次第で平民出身者も集まる場所です」
平民であろうと才能があるなら学問の機会を与えるのは、国益にかなうはずだ。だが、それは「平等」に慣れた社会の考え方である。
「そもそも平民を取り立てる必要などない」
それが身分社会での考え方であった。
等しく成長する可能性があるなら、平民にやらせる必要はない。貴族はそう考えた。
魔術界は少し違う。まず、魔術という才能自体が希少であった。
絶対的に数が足りないのだ。
そして魔術は貴族だけの独占的能力ではなかった。
魔力は血統によって貴族界により濃く伝わっている。しかし、なぜか魔術師として才能を開花させるのは平民出身者が多いのであった。
研究者の中には、魔術とギフトは根源が異なる。ギフトは貴族に与えられた血の特権であるが、魔術は偶然の産物であると唱える者が少なからずいた。
「あんなものはただの生まれそこないだ」
平民出身の魔術師をそう言って切り捨てる貴族が多かった。階級特権を守るための防衛本能かもしれない。
口が裂けても平民の方が優れているなどとは言えないのだ。
「魔術学科に限っては小難しい一般教養だとか、魔術理論を身につけておく必要はありません」
それは入学後に学ぶべきことであって、入学条件ではなかった。
「求められる資格は2つ。1つは魔力を感じることができて、なおかつ魔力を自ら発することができること」
前者ならステファノはできる。だが、魔力を発するとはどういうことか、まだ知らなかった。
「そしてもう一つ。貴族2家から推薦状を得ることです。」
「それは平民には無理ですね」
思わずステファノは口を挟んでしまった。どこの平民がお貴族様に、「推薦状を書いて下さい」と頼みに行けるだろうか?
「資産家であれば、金に困った貴族に献金をして推薦状をもらうということがあるそうです」
なるほど。浮世の沙汰は何事も金次第か。
「間違いました。
世の中のことは「血統」か「金」で決まる。悔しくもない現実であった。
「そうでしょうね。まったくお前はついています」
「えっ? 俺ですか?」
ステファノは思わず素の口調で問い返した。
「この度の働きで、ギルモア家がお前の後見につきました。これに勝る後ろ盾はないでしょう」
「ギルモアのお家が……。それはありがたいことで」
侯爵家の推薦など、いくら金を積んでも得られるものではないだろう。貧乏男爵などとは文字通り格が違う。
「もうひと方の推薦が振るっています」
マルチェルは口元を緩めて、ネルソンと目を合わせた。
「旦那様……ではありませんよね?」
「第3王子ジュリアーノ殿下です」
「えぇーーっ!」
ステファノはのけ反った。
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