第80話 ジェドーという金貸し。
ステファノの思いとは裏腹に、それは誰が見てもわかる形で現れた。
口入屋の店先に派手な馬車を乗りつけた奴がいた。
「怪しいっていったら、これ以上怪しい奴はいないでしょう?」
ステファノは内心呆れかえった。裏稼業の口入屋に金ぴかの馬車でやって来るとは、まともな神経の持ち主ではない。
まともな用事でないことも見え見えであった。
これまた派手で見るからにお高そうな服を着た中年男性が、先に降りた執事らしい老人に手を借りて馬車を降りようとしていた。
「えっ? お爺さんが四つん這いになった背中を踏み台にするの?」
執事は主が背中から降りると素早く立ち上がり、店のドアをノックした。
ドアが開くまでのわずかな間、成金主人は胸ポケットから取り出した白いハンカチーフで鼻と口元を押さえていた。確かに裏町に近い路地なので生活臭や馬糞の匂いが漂ってはいたが。
「でも、お貴族様には見えないよね」
ステファノとて客商売の端くれだ。身分を取り違えるようなことはない。
ネルソンがほんの少し服装を変えたら貴族にしか見えなくなるが、眼下の成金には何を着せてもただの悪趣味で終わるだろう。
顔を出した店の者と執事が言葉を交わし、その内容を主人に伝えた様子だ。
言葉は聞き分けられないが、「ムキ―!」だか「ウキャー!」だか、成金が叫んでいるらしいことは伝わってきた。
何か捨て台詞を言ったらしい成金は、憤慨のあまり手に持ったハンカチーフを道に投げ捨てると、身を翻して馬車に向かった。
主人の背後でお爺さんが素早くハンカチーフを拾い上げポケットに仕舞うと、そそくさと主人を追い越して馬車の踏み台になる。
「ああいうところだよね」
本物のお貴族様であればハンカチーフは投げ捨てず、「捨てておきなさい」と執事に渡すだろう。成金はやることがいちいち下品なのだ。
「おっと、こうしちゃいられない」
ステファノは椅子から立ち上がり階下へ向かった。
カウンターを抜けながら店の主人に黙礼する。主人はステファノに目もくれなかった。
表に出る寸前、ちょっと躊躇したが結局例のスカーフを頭に被り、内股気味に出ていくことにした。
通りを見渡すと、ちょうど馬車のドアが閉まるところであった。
馬車が動き出すのを待って、ステファノはその後を歩き出した。
こんな界隈でも
成金さんの指示らしく、馬車は徒歩並みのスピードでゆっくりと進んでいった。お陰でステファノは焦ることもなく、人波に紛れてついて行くことができた。
15分ほど街の中心方面に近づいたところで、ステファノの横にすっと人が立った。
「――そのまま進め」
「……」
先に見張りを離れたマルチェルであった。どうやら口入屋の元締め一行は、成金主人を訪ねようとしてすれ違いになったようだ。
成金宅の門でなすすべもなく待たされていた口入屋一行は、戻って来た馬車を見てわらわらと走り寄って行った。
馬車の横を歩きながらペコペコ頭を下げて詫びている様子だ。
馬車が門にたどりつき、一旦停止した。
ステファノたちはそれを横目に、そのまま通り過ぎる形となった。
「……ええ、もう。首尾よくやっつけたと知らせが入りやしたんで。それをお伝えしようと」
「黙れ! 道端でする話か! とにかくついて来い。話は中で聞く!」
聞こえたやり取りはそれだけだった。
マルチェルは眉も動かすことなく歩みを進めて、少し離れた場所にあるカフェに入った。
「少し休ませてもらえるか? 外の席が良い」
「はい、どうぞ。お好きな席に」
紅茶を2つ頼んで、斜め向かいの門が見えるテーブルに座った。
「ジェドーという金貸しの住まいだそうだ」
「ご存じですか?」
「いや、聞いたことがないな。うちの店とは客筋が違うようだ」
ちらりと辺りに目を配った後、マルチェルは言った。
「真っ当な金貸しではなかろう。聞き込みをさせればすぐに裏は取れるさ。……その後で乗り込んでみるとしよう」
時間をかけるような相手ではないからなと、マルチェルは片方の眉を持ち上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます