第56話 サトリのお化け。

 アランとネロと呼ばれた護衛騎士は、2人ともまだ若かった。精々20代前半だろう。


「紹介しておきます。これが側仕え見習いとして今日から加わったステファノです」


 ソフィアは型通りステファノを紹介した。ステファノは立ち上がって2人に礼をする。


「ステファノと申します。ネルソン商会から参りました。殿下がご本復なされるまでご厄介になりますので、よろしくお願い申し上げます」

「うむ。アランだ。よろしく頼む」

「……」


 体の大きい方がネロという人のようだが、こくりと頷いたのみだった。


「こいつはネロだ。口数が少ないんでな。気にしないでやってくれ」


 アランはネロの肩を叩きながら、気さくに笑った。


「午前中、ステファノには館の巡回をしてもらっていました。早速賊の尻尾を捕えて来てくれたようです。ステファノ、面倒でしょうが先程の話を2人にも」


 色めき立つ2人――主にアランの方だったが――に、ステファノは自分の推測を話して聞かせた。


「うむ。筋は通っているようだが、魔術を使った証はあるのか?」

「これを見てください」


 ステファノは手ぬぐいを取り出すと、テーブルの上に広げた。


「この糸くずは、食肉貯蔵庫の前に立つ樹木の幹に付着していたものです。グレーか、濃茶か、暗めの布ではないかと」

「ふむ。賊ならば、目立たぬ服装を選んだであろうな」

「グレーの粉と、茶色の粉は木の枝にあるうろに残っていたものです」

「樹液の塊ではないのだな?」

「違います。グレーの方は煙草の灰、茶色は煙草の葉です」

「煙草? 暗殺者が木の上で煙草を吸っていたのか?」


 アランは煙草の葉の匂いを嗅ぎながら、首を傾げた。


「煙を使うためです。普段から煙草を吸う奴なのでしょう。毒薬を火壺で熱しながら、煙草の煙を吹き掛けたのでしょう」


 吸い殻が無いところを見ると紙巻ではなく、パイプか煙管キセル。立ち昇る毒気を風魔法で制御しながら、吸いつけた煙を吹き込んだのだろう。


「木の洞が灰皿に丁度良かったもので、つい吸い終わった煙草を捨ててしまったのでしょう」


 木に登る人間がいるとも思っていなかったのであろう。敵側の油断であった。


「わかった。その木を見張れば、賊を待ち伏せることができるな?」

「そうなんですが、ここで捕まえてしまって良いものか……」


 ステファノは悩ましげな顔をした。


「どういうことですか? 捕まえずに、見逃せと言うのですか?」

「依頼人と接触するのを待つという手もあります」

「成程、あえて泳がせるのですね……。ネルソンの意見を聞くことにしましょう」


 先程の勢いを見ると、すぐにでも賊を捕まえたいであろうに、ソフィアはネルソンに判断を任せることにした。

 それだけ兄の判断を信頼しているということであろう。


「次に襲われる機会は恐らく明後日の月曜日。それまでにこちらの態勢を整えれば間に合います」

「それなんだがな、ステファノ。どうして月曜の朝に狙われるんだ? 貯蔵庫に肉が入っていれば良いんだろう?」

「日中は地面が日に照らされて温まり、空気が上向きに昇って来るのです」


 それが目に見えるのが陽炎かげろうだと言う。


「できるだけ空気が静まっている朝の方が、微風そよかぜの術を使い易いのでしょう」

「お前は……見て来たように語るのだな」


 ステファノはこの館に来てまだ半日だ。その短時間で、毒殺未遂の事件をすべて見通したように説明して見せた。

 館の人間は誰一人見当もつかなかったというのに。


「まことに、ステファノには変わった才があるようです」


 ソフィアも何と評したら良いかわからぬようであった。


「ネルソンが見込んだ意味がわかって来ました」


 護衛の役にも立たぬ17の少年をネルソンがなぜ館に送り込んだのか。直に説明を聞いても納得できなかった。

 海千山千のネルソンが言うことだからと己を抑えて聞き入れたが、今となってわかる。ステファノの異形さが。


「サトリのお化けか」


 ぼそりと呟いたのはネロであった。

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