第16話 野盗の襲撃。

「これはお見事な――」


 ネルソンは初めて見る精妙な魔力制御であった。


「ふふん。まだまだこれからじゃ」


 ガル師は片目を瞑って見せると、指先に意識を集中した。

 すると、右手の人差し指に灯った炎が青に色を変えた。それが中指へ動き、薬指に移る。

 まるで指から指へ飛び移って行くように、青い炎が移動していく。


「おお! このように精妙な動きができるとは!」

「まだまだ」


 ガル師の顔色には余裕がある。今度は左手の人差し指に緑の炎が生まれ、青い炎と交差するように移動して行く。

 最後は五色の炎が互いを追い掛けるように十指を渡り歩いた。


「ま、こんなもんじゃ」


 馬車の客席は拍手に包まれた。


「正に魔力制御の極致ですな! さすがはガル老師」


 ネルソンは世辞抜きで唸っていた。


「これが魔術に愛されるという事よ。気合も力もいらぬ。思い一つで、術が成る。それができてこその上級魔術師じゃ」

「感服いたしました。魔術の深奥、恐るべきものですな」


 精妙な魔術を目の当たりにして、ネルソンは頬を上気させていた。

 その一方、助手席のステファノは浮かぬ顔をしていた。


(あれが魔術の深奥だろうか?)


 その疑問を覚えたからだ。


 精妙な術。それは確かではある。しかし、器用な人間であれば十本の指に別々の動きをさせる事はできる。ピアニストを見ればよい。それを火魔術に置き換えただけではないか?


 ピアニストとて、いちいち人差し指を動かしてから中指を動かして等と、考えてはいまい。楽曲という纏まった全体・・・・・・を意識し、流れのままに和音を紡ぎ出している。


 ならば魔術の妙とは何なのか?


(魔術でなければ為せぬ業。それが魔術の極致ではないか?)


 門外漢ではあったが、それだけに先入観なくステファノは思索にふけるのであった。


 平穏な道中はあと2時間で街に着くという所で中断することになった。出るはずのない賊が出たのだ。

 見晴らしの良い街道の事、賊の人数は十人とはっきり見て取れた。隠れもせず、てんでに騎乗して道を塞いでいる。弓を手にした者が3人含まれていた。


「こいつはいけねえ……」


 ダールは顔をしかめ、手綱を引いて馬車を停めた。賊の集団まで五十歩程距離がある。


「何だってこんな人数が集まりやがった?」


 尋常な状況ではなかった。二等馬車1台を襲うには大袈裟すぎる人数であった。


「あんちゃん、おめえは馬車の下に隠れていろ!」


 ダールは怒鳴る様に告げると、弓を持って馬車の屋根に上った。


「お客さん、どうしやす? 身包み差し出して命乞いしてみやすか?」


 それで助かる可能性は低い。プロの賊であれば目撃者を残さないだろう。


「俺が出よう――」


 気負いの無い声でそう言ったのは、さっき迄目を閉じて馬車に揺られていたクリードであった。


 馬車から降り立った時には、既にその腰に剣を下げている。馬車の前に出ると同時に、剣を鞘走らせた。


「手に余れば、残してくれて良いからの?」


 懐から短杖ワンドを取り出したガル師は、いつでも術を繰り出せる体勢であった。


「その時はよしなに」


 背中越しにクリードは応じると、向かい風に逢った様に背中を丸めて歩き出した。


「ほう? 面白い構えじゃの」


 急ぐでもなく、賊に呼びかけるでもなく、ただ同じペースでクリードは足を進める。残り30歩に迫った所で、賊の頭領が声を発した。


「止まれ! それ以上進めば矢を射かけるぞ!」


 左右に分かれた弓持ちが弓を引き絞った。


「……」


 意に介さず、クリードは歩き続ける。背を丸め、老人のようなペースで。いや、違う。

 気づけば1歩毎に足を速め、今は走る速度で歩いている。街道を左側に逸れて行き、敵の右手に回り込もうとしていた。


「やる気か? 撃て! 近寄らせるな!」


 クリードは既に賊から20歩の距離にいた。弓にとって必中の距離である。

 歩みを止めないクリードに対し、3本の矢が集まった。

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