19 弾丸の価値

 怪物が吠える。


「グオォォオオオオオ!」


 びりびりとビルの壁が震える。

 一同は、恐怖に顔を引きつらせる。


 商人は表情を変えずに言う。


「ホブゴブリンだ。職業は狂戦士。【剛体】と【自己治癒】を持っている!」


「スキル持ちかよ!」と戦士。

「つ、強いの!?」と少女。

「ボス級よ!」とフードの女。


 ホブゴブリンは手に握っている巨大なハンマーを振り下ろす。

 戦士が盾で受け止め――吹き飛ばされる。


「うおお! ――重い!」


 盾が変形し、大きなくぼみができている。


「こいつっ!」


 少女が振り下ろされたハンマーを持つ腕に切りつける。

 だが、浅い。

 ホブゴブリンが少女を睨みつけ、ハンマーをかち上げる。


「ガァァァァッ!」

「きゃああ!」


「障壁展開!」


 商人が左手を突き出し、障壁を張る。

 不可視の防御壁がハンマーで強打され、火花が散る。


「下がれ! 次は防げん!」

「わ、わかったわ」


 商人は銃の引き金を引く。

 銃弾は全弾命中する。

 ホブゴブリンの体に小さな穴が開き血が噴き出す。


「やったの!?」

「――いや、まだだ」


 ホブゴブリンは倒れない。


 全身の筋肉が鎧のように固く盛り上がり、銃弾を防いでいる。

 全身は赤く紅潮し、吐く息は蒸気のようだ。


「フゴアァァァア!」


 商人は残弾の切れた銃をホルスターへ納める。


「ちょっと商人! こんなときに弾切れ!?」

「五秒稼げ。そのあとは距離を取れ! 全員でかかれ!」


 商人の手の中にリボルバー拳銃が現れている。

 これまでの自動拳銃とは違い、銃には装飾がなされている。

 その文様は魔法陣のようにも見えた。


 それぞれが、武器を構えて前に出る。

 三人組も及び腰になりながらも参加している。


「まかせてっ!」

「時間を稼げばいいんだね!」

「しかたないわね!」


「ご、五秒だけだぞ!」

「……くそっ! どうにでもなれ!」

「奴の攻撃は重い! 受けるんじゃないぞ!」


 それぞれが奮闘している。

 狙われた味方は、回避に専念する。

 盾で受けても弾き飛ばされる。武器で受ければ折れてしまうだろう。


 回避した隙をついて、攻撃を加える。

 だが皮膚の表面を浅く傷つけるだけだ。

 致命傷には至らない。


 商人は弾丸をリボルバー拳銃へと素早い動作で込める。


「――魔弾装填まだんそうてん


 商人が銃口をホブゴブリンへ向ける。


「――魔力解放まりょくかいほう――氷結弾アイスバレット!」


 商人は引き金を落とす。

 銃が輝きを放つ。

 銃口を取り巻くように魔法陣が多重に展開される。

 弾丸に込められた魔力が解放される。


 撃発された弾丸が青い閃光となって発射される。

 ホブゴブリンの胸板を貫き、閃光が貫通する。


「グ……グギッ!」


 だが、胸を押さえたホブゴブリンは倒れない。

 ハンマーを振り上げ、少女へと叩きつける。


「きゃああ」

「させるか!」


 戦士が盾を構えて立ちふさがる。

 だが、その盾が打たれることはなかった。


「ウ……ガ?」


 怪物は氷漬けになっている。

 ハンマーを振り下ろす姿勢のまま動きを止めている。

 ぐらりと傾いたホブゴブリンが、倒れて粉々に砕け散る。


 氷の破片が戦士の盾に当たって涼しげな音を立てた。

 ホブゴブリンが塵と消えると、そこには大きな宝箱が残された。


 少女が呆けた声を出す。


「か、勝ったの……?」


 フードの女が耳に手を当てる。

 上階の音を探っている。


「【聞き耳】……どうやら、これで全部みたいね! やったわよ!」


「やったあああ! 生き延びたんだ!」

「帰れる! 生きて帰れるぞ!」


 三人組が喜びの声を上げる。

 へたり込んでいるものもいる。


 商人が言う。


「さて。無事でなによりだ。それでは契約通り、使用したコストの清算と報酬をいただこう」

「あ……ああ、そうだったな。それで、コストってのは……弾薬費ってことか?」

「弾薬費、魔道具のメンテナンス費用だ。合計で魔石二千になる。救助依頼の報酬は魔石千だ」

「さ、三千!? そんな手持ちはないぞ!」


 三人組の代表者は青ざめる。

 すでに、契約が絶対であることは理解している。

 支払いを逃れるすべがないことも。


「今回の探索の成果を買い取ろう。それで不足するようであれば、支払い方法を詰めることにする」

「ああ……それならなんとかなるか? 結構、いい品があったんだ」

「リーダー! それじゃあ俺たちタダ働きじゃねえか!」

「いや……命があっただけマシってもんだ。感謝しなくちゃなんねえ」

「それも、そうか。ポーションももらっちまったし……あれがなかったら俺、死んでたかも」


 商人は表情を変えずに言う。


「当然、それも費用に含まれている。無料ではない」


 ポーションを使った男は肩を落とした。

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