15 帰還領域

 商人たちは雑居ビルの中へ踏み込んだ。


「ねえ商人……さっき新しいビルって言ってたわよね。なんで、このビルだけ他と違うの?」

「ここは帰還領域きかんりょういきと呼ばれる場所だ。世界が変革された時、この世界はバラバラ切り離された。それは知っているな?」

「大変革ね。知ってるわ」

「そして消えてしまった世界の一部……建物や地域が戻ってくることがある」

「このビルがそうなのね。はじめて入ったわ! ここはきれいね。物資も使えそうなものが残っているわ」

「時間の流れが違うのだと言われている。だが、実際どうなのかはわからん」


 戦士が口をはさむ。


「この手の場所は、またすぐ消えてしまうことがあるんだ。だから、今探索しないと明日にはなくなっているかもしれない」

「ええ!? じゃあ、中にいる間に消えたらどうなっちゃうの!?」


 戦士がかぶりを振って続ける。


「それもわからないんだ。俺達は何度か探索したことがあるけど、閉じ込められたことはないよ」


 フードの女が言う。


「日を改めたら消えていたことはあったわね。あれはもったいないことをしたわ」


 少女が言う。


「じゃあ、なるべく急がなくっちゃね!」



 ここはいわゆるダンジョンとは違う。

 ダンジョンは異空間だ。

 入り口をくぐると独自のルールを持った異界へと転移する。

 別の空間である。


 しかし、このビルは異空間ではない。

 たとえば窓を突き破れば、外へ出ることができる。



「えいやっ!」


 少女の剣が閃き、ゴブリンを切り捨てる。

 ゴブリンが塵と化す。


「……キリがないわね。ねえ商人。あたしばっかり戦わせてない!?」


 商人は銃を抜きもしない。

 物資を見繕っては収納へとしまっていくばかりだ。


「お前は護衛だ。【片手剣】が役に立ってよかったな」

「……役にたってる!? そう? そうよね! さすがあたしだわ!」


 少女はニマニマと笑っている。


「ほら、また来たぞ。しっかり護衛してくれ」

「わかったわ! まかせて!」


 少女は嬉々として、ゴブリンへと突っ込んでいく。


 フードの女が戦士の男に言う。


「あの子……ちょろいわね」

「おい、余計なこと言うな。おかげで楽できてるんだ」


「商人、見て! こっちに宝箱があったわよ!」

「待て! 開けるな!」


 商人が少女を制止する。


「えっ?」


 だが、少女はすでに宝箱を開けてしまっている。

 宝箱の中から、かちりと音がする。


 商人が動く。同時に戦士が動く。

 商人は少女の襟首をつかんで引き寄せる。

 戦士は盾を構えて前に出る。


 宝箱から矢が飛び出し、戦士の盾に弾かれる。


「げほっ……ご、ごめん商人」


 少女はのどを押さえて涙目だ。

 商人は戦士に目線を向ける。


「礼なら戦士に言え」

「ありがとう戦士さん!」


 素直に礼を言う少女に、戦士が笑いかける。


「ああ、ケガがなくてよかったな」


 フードの女は不満げだ。


「余計なことしないで。宝箱は私が開けるから」

「……嫉妬したの? 戦士さんは取らないわよ?」

「このっ! うるさいわよ!」

「まあまあ……仲良くやろう。パートナーなんだし」


 戦士が取りなす。フードの女はため息をつく。

 商人は宝箱の中身を確認する。


「宝箱の中身はポーションだったな。品質は並み。もし手持ちが少ないならそちらで持て。価値は魔石百だ」

「じゃあ、俺が持たせてもらおう」


 戦士がポーションを受け取る。

 少女が商人に言う。


「ねえ商人。その価値分はカウントしておくってこと?」

「そうだ。使おうが使うまいが、あとで計算して分配する」

「ケチね! 助けてもらったお礼にあげちゃえばいいのに!」

「事前の取り決め通りだ」


 少女と商人のやりとりを無視して、フードの女が言う。


「まさか【鑑定】持ち? 宝箱も開ける前に罠に気づいていた? それが商人としての技術ってわけ?」

「さてな」


 【鑑定】はレアなスキルだ。

 通常は時間をかけて鑑定を行う。読み取れる情報も断片的なものだ。

 一瞥いちべつしただけの宝箱の罠を見抜くには高度な技術がいる。


「商人はチートなのよ!」


 なぜか、少女は誇らしげだった。

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