11 通行料

「商人! か、囲まれてるわよ!」

「……そのようだな」


 人気のない道。

 周囲を囲むように、武器を持った者たちが現れる。


 盗賊のリーダーが武器を掲げて大声を発する。

 部下達が下卑げびた笑みを浮かべる。


「……ここを通りたければ、有り金全部置いていけ!」

「へへっ! 金だけじゃねえ! 女もだ!」


 追いはぎ、盗賊の類だ。

 文明が崩壊し、法律は力を失った。

 スキルやステータスがモノを言う。弱肉強食の世界だ。


 商人は表情を変えずに言う。


「この道を通るのにお前の許可が必要なのか?」

「そうだ! ここは俺達のナワバリ! 俺達の道だ。嫌だというなら力ずくで……」


 リーダーの言葉をさえぎり、商人が言う。


「いいだろう。全財産は渡せないが、魔石百でどうだ?」

「なんだ? えらく素直じゃねえか……」


 その言葉に、盗賊のリーダーは気勢をそがれる。


「ええっ!? なに言っているのよ商人! 払うことないわよ!」


 少女は目をむいて驚く。

 この道は誰のものでもないはずだ。

 ましてや盗賊に金など払っても、何の保証もない。


 商人は少女を一瞥いちべつし、目で制する。


「魔石百だ。通行料としては妥当だと思うが、どうだ? 俺達はここを通る。お前たちは今後俺達を攻撃しない。合意するか?」

「……一人当たり魔石百。お前たちは二人だ。二百もらおう!」


「ちょっと! ふざけないで。いきなり倍なんて……」


 抗議の声を上げる少女を手で制して、商人は言う。


「いいだろう。二人で魔石二百だ」


 リーダーは商人を値踏みするような目で見る。


「ほう? つまりお前は最低でも魔石二百を持っているってことになる。力ずくで奪っちまえばいいんじゃないのか?」

「魔石は【収納】の中だ。殺しても奪うことはできない」


 一般に【収納】スキル、いわゆるアイテムボックスの中身は使用者だけが取り出すことができる。

 殺しても奪うことはできない。


 リーダーは不敵ふてきな笑みを浮かべる。


「俺が【収納開錠かいじょう】を持っているとしたら、どうだ?」


 レアなスキルとして【収納】をこじ開けるスキルもまた存在する。

 生死を問わず、他者の【収納】を開くことができる。


 商人は表情を変えずに言う。


「では、試してみるか?」


 商人はコートをはだけて、腰元の銃を見えるように晒す。

 リーダーはちらりと銃を見て、笑みを引きつらせる。


「……いや、やめておこう」


「では、交渉成立だな。条件をつめさせてもらう。お前リーダー集団盗賊達の代表者とみなす。こちらからは魔石二百を支払う。俺とこいつの二名分の通行料だ。ここまではいいか?」

「ああ、いいぞ」


「俺たちはこの道を今後自由に通行する。この道とは始点から終点を指す。お前たちは俺達を攻撃せず、通行を妨げない。当然、約束を守る限り俺達もお前たちを攻撃しない。ここまではいいか?」

「なんだ、やけに細かいな……いいぞ」


 この道は元は国道だ。長く、遠くまで続いている。

 期限は今後、無制限ということになる。


 リーダーは商人を値踏みし、争っても利益はないと判断する。

 荒廃した世界で集団をまとめるには、危険の判断ができなければならない。


「リーダー! そんな奴のゴタクに付き合うこたねえ! 手持ちの品と女だけだって、魔石二百にはなるぜ!」

「なによ! やる気!?」


 部下の一人が、口を出す。少女を眺めて舌なめずりしている。

 少女が剣を抜きかける。


 リーダーが口調を荒げて部下を叱責する。


「やめやがれ! 俺が話してるんだ。俺がいいと言っているのが聞こえなかったか!」

「……すいやせん」


 商人はちらりと少女を見る。

 少女は不満げな表情で剣から手を放す。


 商人は表情を変えずに言う。


「不満もあるようだが、お前を代表者として話を続けていいか? この契約にはお前の部下の行動も含まれている」

「ああ、いいぜ。お前らも文句ないな?」


 リーダーは部下たちに鋭い視線を飛ばす。

 不満を口にしていた部下も含めて、渋々といった様子で頷いている。


「では、契約は成立だ。これが魔石だ。受け取れ」

「おう。俺も部下もあんたたちを攻撃しないと約束するぜ」


 袋に詰めた魔石を渡す。


 代表者との取引は、その集団へ及ぶ。

 これで、通行の安全は保障された。



「ところで、俺は商人だ。パンや肉があるぞ。買うか?」

「さすが商人……図太いわね!」


 商人はいくつかの商品を見せて、いつもの条件を提示する。


「あんた……面白い男だな。この上商売とはね」

「条件に合意するか?」


 リーダーは抜け目なく条件を追加する。


お前たちを攻撃しない。盗まない。だが、お前たちも攻撃しない。それでいいな?」


 この男は、自身のみを契約の対象に限定している。

 集団の代表者としてではなく、個人間の契約となる。

 商人は頷く。


「この売買はとの契約だ。いい関係でありたいものだ」


 リーダーはにやりと笑う。


「合意しよう。では、パンと肉……それからポーションを買おう」


 相手が盗賊であれ、取引はできる。

 これまでの経緯など、商人には関係なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る