04 護衛の価値

「商人、あぶない!」


 少女が商人を突き飛ばす。

 物陰から飛び出した男が振り下ろした剣は空を切る。


「ちっ! ガキが余計なまねを!」

「お前は……あのときの……パンを盗んだ男か」


 剣を構えながら男は悪態をつく。


「けっ。あんときはありがとうよ! 気づいたら鞄に入れていた魔石が全部パアだ! お前のしわざだろう!」

「ああ、確かに魔石十個は受け取った。約束通りだ。盗もうが逃げようが、支払いは絶対。それが俺との【契約】だ」


「魔石が三十はあったのによ! なくなったのはお前のせいだ! キッチリ返してもらう!」

「落とそうが失くそうが……お前の都合だ。それは俺の知ったことではない」

「ごたくを抜かしやがって! ぶっ殺した後、返してもらう! それにそっちのガキ、美味そうじゃねえか。おまけにいただいてやるぜ!」


 男が下卑た笑みを浮かべる。


「うえっ。その目よ。皆あたしをそういう目で見る!」


 少女は自分の肩を抱くようにして後ずさる。

 商人は少女を庇うように前に出る。


「こいつは俺の――従業員だ。渡せない」


「商人……!? あたしを守ってくれるの?」

「へっ。ヒーロー気取りか? お前も毎晩お楽しみなんだろうが!」


「最初からお前に、渡すものなど何もない。だからこいつも渡さない。それだけのことだ」


 少女ががっかりしたような顔をする。


「あ、そうよね。あんたってそういう奴だわ」


「けっ! 馬鹿にしてんのか。お前の立ち方、身のこなし……まるで素人!  俺の【剣術】スキルの敵じゃねえ!」


 男は魔石を持っていた。

 つまりモンスターを倒して魔石を手に入れるだけの力がある。

 それは【剣術】によるものだ。

 弱い魔物であれば、簡単にほふることができる。


「その【剣術】で魔石を手に入れて俺から適正価格で買えばどうだ? パンは魔石十個。どうだ?」

「いらないね。お前は――もう殺す! 女はいただきだ!」


 そういうと、男は剣を振り下ろす。

 【剣術】スキルの効果もあって、その剣は速く、鋭い。


 だが、剣先が商人に届くことはなかった。


「な……なんだ!? うぐっ……!」


 男は、膝をついて崩れ落ちる。

 そのままうつ伏せに倒れ……動かなくなる。


「えっ!? あんた何かしたの? 急に倒れたわよ!」

「――こいつとは前に契約済だ。俺を攻撃することは、俺の全商品を奪おうとするとみなすと。俺の資産総額は、こいつの命よりも高かったようだな」


 契約に期限はない。

 一度結んだ契約は絶対。

 公平な取引、明示的に示した条件は守られる。

 それが商人の能力だ。


 商人を攻撃することは、全商品を奪うこととみなされる。

 全商品の価値……商人が収納スキル内に保持する商品の価値は膨大だ。

 男の所持品、経験値……命の価値を上回る。


 男が倒れたのは、その結果だ。

 取り決め通り、それが自動的に支払われたのだ。


 男は絶命している。

 その身体が塵へと還る。

 そこには男の所持品と大量の魔石が生み出される。


 ざくざくとあふれるそれを、商人は収納にしまっていく。

 腕の一振りで、戦利品の山が消え、収納内に収まる。


「こ、殺したの!?」

「殺したのは俺ではない。自分で自分を殺したんだな」


 商人は表情を変えない。

 それを見て、少女はぞっとした表情を浮かべる。


「もしかして、あたし、あんたから逃げたらこうなるの?」

残債借金がお前の命の価値より大きければな」


 経験値や財産が多ければ死ぬことはない。

 自動的にそれは支払われる。


「……あんた。やっぱりひどいやつね」

「さてね。お前は約束を守るだろう? それなら問題はない」

「……そうね」


 少女は渋い顔で頷く。


「そうだ。さっきはお前のおかげで助かったな。魔石十個を支払おう」

「安っ! あんたの命を助けたのにやすくない!?」

「お前は護衛だ。最初から俺の安全を守るためにいる。契約通りだろう」

「あんた、ひどいやつだわ。でも、公平ね!」

「まあな」


 二人は連れ立って歩いていく。

 物資を探して。取引相手を求めて。

 公平な取引。商人はそれだけにしか興味がないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る