幼馴染と神社
楠木 終
第1話
俺は神社というものが好きだ。
昼の眩い日の光に照らされた鳥居の神々しさ。
夜の静かな本殿の荘厳とした美しさ。
夏の祭りの日の騒々しさと掛け合わさる偉大さ。
神社はそう言った様々な魅力をみせてくる。
それでも、なによりも、好きな理由は幼馴染のあいつがいるからだろう。
「ほんと、好きだよなお前」
まず、彼女と出会ったのは小学校から少し離れたところにある神社だった。
そんなに大きくもない神社で、山に接続している訳でもないから、迷子にはならない子供たちのいい遊び場。なんて感覚の場所。
それでもやっぱり木々は生え、赤塗りの鳥居が立ち、神妙さを湛えていた。
人と話すのがそんなに得意でもなかった俺はその木たちの下でボーッとしていたのを覚えている。
遠くで小学生たちが遊ぶ声。そんなものを耳にしながら一人で居続けた。
そこでしたことと言えば、ひたすらに妄想。
もし、もしも神様に出会えたら、なんてバカなことを考えていた時、彼女は現れた。
『何してるの?』
『へ……?』
木漏れ日を浴びながらこちらに疑問を投げてくる彼女の姿はまるで神の使いかなにかと勘違いした。
『なんにもしてないです?』
『じゃあなんでここにいるの?』
さらに質問をしてくる。
『え、え、え?』
そんな返しが来るなんて予想してなくて、思わず反応が鈍る。
『ぷっ』
何がおかしかったのか、分からないが彼女はけらけらと笑った。
今になって思うが、慌てて変な顔でも晒したのだと思う。
『ね、一緒に遊ぼーよ』
笑いで溢れた涙を拭いて、彼女は手を差し出す。
俺はその手に引かれて、立ち上がった。
そうして出会った俺たちは奇しくも同じ小学校で、何度も何度も話して、遊んで、仲良くなっていった。
小学三年生の頃に行ったあの神社で行われていた夏祭りは今でも覚えてる。
親からもらった少ないお小遣いを持って、色んな出店を見て回った。
けらけらと笑い合って焼きそばをつついて、家で買ってもらった花火で遊んで、他の友達にも沢山出会って。
この頃が俺の引っ込み思案な性格が変わった時だったかもしれない。
だが、小学四年生頃。
俗に言う思春期というものが到来し始めた。
女子と男子という性差が如実に現れ出し、少しずつ距離を取り始める時期だ。
だが、俺たちは気にしなかった。そんなこと考えもしなかった。
馬鹿というか、なんというか。
そして、中学生の時。
小学校が遠くなり、あの出会った神社が通学路の風景に加わった。
彼女は毎日の如く神社に通う。
鳥居のところで綺麗にお辞儀をして中へ入る。
一度なんで神社が好きか聞いてみた。
『うーん、やっぱり雰囲気かな?』
『雰囲気て』
『ほら、神社が好きな女子ってミステリアスな美少女! って感じでいいでしょ?』
ばーん、なんてSEを自分で付けてポーズを取る彼女をしらけた目で見る。
全然動かないので、小突いてみる、
するとよろめいた彼女は頬を膨らませて怒った。
『ポージングの最中は攻撃しないのが基本だよ』
『隙を見せたお前が悪いね』
けけけと笑っているとやり返された。
ムキになってやり返す。
そんなことを繰り返して笑い合った。
そんなふうにして最初の頃は、俺とあいつは小学生の時と同じように友人として関わっていた。
だが中学二年の夏。そんな時間は終わりを告げた。
ようやく、俺とあいつの間で、異性だという認識を持った。
ことの発端は非常に簡単なことだった。
友達たちの無遠慮な『お前ら付き合ってんの?』という一言。
『いや、ないない』と笑いながらあいつを見つめると、急に可愛らしく見えた。
顔から火が出るような思いだった。
多分傍目に見ても顔を真っ赤にした男の姿が写っただろう。
彼女もそんな俺を見てか、顔を真っ赤に染めていく。
そして、ほんの少しだけ距離を置いた。
無論話したりはするがスキンシップなどは一切取らないようにした。
「なんていうか、懐かしいなぁ」
木の幹に触れる。
彼女との思い出が今にも溢れかえってきて、嬉しくなる。
葉擦れの音に耳を澄ませながら頬を緩めた。
高校生になって。
彼女は家出をした。
親御さんとは仲良さそうにしていたから、そういう風になるとは思わなかった。
俺は慌てて神社へ向かった。だが、そこには誰もいなかった。
自転車を回していろんな場所へ向かってみる。
でも、どこにもいない。
すると携帯電話に一通のメールが届いた。
『◯◯神社に来て』
そこは高校に近い大きな神社だった。
電車に乗ってそこへ向かう。
鬱蒼と生えた山を持った神社で、急いで本殿についた。
周りを見渡しても誰もいない。
息を切らして境内を走り回る。
『なんでこんなところにいるんだよ……』
すると、御神木だと言われる木の下で彼女はうずくまっていた。
暗い顔をして、涙を目に残したままだ。
『私、このままでいいのかな』
意味が分からなかった。
『ゆ、ゆっくり説明してくれ』
彼女を宥めようとして手を差し出す。
『ミステリアスな美少女になるんだから、泣かずに立ち上がれって』
自分でも訳のわからない慰め方だ。
でも、その手を彼女は取らずに立ち上がった。
『やっぱり、いい。うん。これでいいんだ』
コクリとうなづいて笑った。
ぐしゃぐしゃの笑みだった。
泣いているのか笑っているのか分からない、そういう笑み。
『さ、帰ろう?』
呼び出したというのに、気軽そうに言う彼女を見て、不機嫌になったが、彼女が安全に生きていると言うことの方が嬉しかった。
他にも、一緒に祭りに行った。
病や厄災を祓う祭りだったそうだ。
日本全土が注目するような大きなお祭りで、たいそう賑わっていた。
俺はその時に告白しようと思っていた。
同じ高校に入れたのも彼女のおかげで、こうしていろんな友達を作れるようになったのも彼女のおかげ。
やっと伝えようと思った。
『好き』だという気持ちを。これからも一緒にいてほしいという願いを。
でも、俺には生憎と意気地がなかった。
人並みに流されそうになっていく彼女の手を強く握ってあげることが俺に出来た成果だった。
『ありがとう』
そう言って笑った彼女の姿は脳裏に焼き付いて離れなかった。
小さい頃に感じたはずの彼女の温度は、こころなしか低く感じた。
彼女と一緒にいれたことが嬉しかった。
ふとそんな記憶を思い出した。
木の下に座る。
「そっか……。そういうことだったのか……」
思わず涙が溢れた。
今までの記憶と共に、やっと分かる。
彼女が何をしていたのか。
「なぁ、俺はそんなに頼りなかったか?」
「お前が死ぬってことを明かせないぐらい頼りなかったか?」
木の下で蹲った。
あの時の彼女と同じ体勢で。
そして同時に思い出す。
彼女を失った時の記憶。
俺は何も知らなかった。
春の日の休日。
ぼんやりとベッドの上でしていたら急に電話がかかってきて、飛び起こされた。
『◯◯さんが危篤状態です』
はぁ? と漏れ出す心の声だったが、それでも急いで病院へ向かった。
病室では真っ白な病衣を来て、ベッドの上で寝転がっている彼女の姿があった。
『な、何やってんだ?』
声が勝手に震える。
冗談のようには到底思えなくてチューブに繋がれた彼女に聞く。
『私、もう死ぬんだ』
へへ、と弱々しく笑っていた。
『私と、過ごせて、楽しかった?』
切れ切れに伝えてくる言葉に返す。
『た、楽しかったに決まってるだろ? 何勝手に行こうとしてるんだよ』
手まで震えてきた。
少しだけ冷たい彼女の肌が遠い。
『なら、良かったよ。私は、ミステリアスな、美少女だからね』
『美少女とか言ってないでなぁ嘘だって言ってくれよ。意味、わかんねぇって』
『じゃあね、私の後悔未練は、君に託した』
彼女は小さく涙を流して、何も話さないようになった。
ようやくたどり着いた手は彼女に熱を与える。
だが、彼女はもう戻ってこない。
決別し、道は分かたれた。
そして、今。
「お前、こんなところに刻んだって、気付く訳ねぇだろ……!」
葬式のため来ていた制服のまま木の元で一人泣く。
木の幹にうっすら刻んであった言葉は『後悔と未練』。
彼女の最後に言葉だった。
滲んだ視界で穴を掘る。
彼女のやることだ。きっとこういう意図なのだろうとある程度の予想はつく。
掘って掘って、10センチほど掘るとそこには一つの缶が埋めてあった。
周りも掘り起こしてなんとか、引っ張り出してやる。
ただの金属缶。
開けてみるとそこには何枚か紙が入っていた。
『今あなたがこれを読んでいる時、私はきっといないでしょう。
なんて書き出し、いつかはしたいなぁ、誰かにしてあげたい。なんて思ってたのに本当にしてしまうなんて、悲しいような嬉しいような。なんとも言えないや』
鼻水をすする。
涙を擦る。
『まず、これを書いたのは君が『ミステリアスな美少女になるんだろ?』って言った後です。要するに、家出の後だね。
私の家出っていうのは、実は君に伝えようと思ったから。
私の病気のことを君に伝えて、それで一緒に悩んで、それでも一緒に生きよう! なんて言ってくれることを期待して。
でも、君は私に言った。『ミステリアスな美少女』って。
私はなりたかったんだ。死ぬって知った時から、カッコいい生き方、死に方をしたいって。それで一番最初に思ったことが『ミステリアス』。
どうだった? 私はカッコよく死ねた?
物語でも書けそうだった?』
「カッコいい死に方とか、お前……、お前さぁ……!!」
涙が溢れる。
昔から彼女はそういうお話が好きだった。
「俺には何にも分かんないまま死んだんだ! カッコいいなんて言える訳ないだろ……」
項垂れて、続きに目を通す。
『まぁ、さすがに物語にはできないかなぁ。だって君は私が死ぬなんて一切知らないし。私を取り戻すためのの旅を出る! なんて言ったって蘇りなんて現実にはないしね。
で、加えて。
神社に毎日通ってたのは、うん、恥ずかしながら死にたくなかったの。
だから、ほとんど毎日毎日お願いしたんだよ、『死にたくないですお願いしますー!』って。叶えてくれなかったと思うけど』
へへへと言った彼女の笑い声が聞こえてくるようだった。
『じゃあ、最後の本題に入る前に、ちょっと前置き。
読み終わったらちゃんと燃やして捨ててね! 読まれたらやだし、ここから伝えるのは君のためだけにある言葉だから。
あと、読みにくかったらごめんね? まぁ頑張って読んでよ!』
「あぁ、分かったよ、ちゃんとする」
うなづいて最後の紙を広げる。
『まず、私の後悔は君に恋してしまったこと。
ミステリアスである私が君に恋してしまったってのは大きな失態でね。辛くて辛くてたまらなかったよ。
まぁ、君じゃなければ私はミステリアスキャラを最後まで通そうとなんて思わなかったけどね。
とりあえず、うん、紙面上で悪いけど、君が好きだよ。
で、次に。
未練はもうたった今なくなった。
君に好きを伝えることだったから。くそう恥ずかしいぜ。
でね、君には私のことは忘れてほしい。
君の人生を縛るのはミステリアスキャラとしてちょっと心苦しい。もちろん忘れて欲しくはないけどさ。私は君の人生の方が大事だからさ』
字が滲んでいる。
水をこぼした? そんなやつじゃなさそうだ。
多分、涙だ。あいつの涙。
「なぁ、俺だってお前のこと好きだったんだよ、俺だって伝えたかったよ。
なぁ先に言って先に自分だけ未練解消とか、ほんとずるいよお前……!」
紙に俺の涙が溢れる。
「なぁ、戻ってこい……! 戻ってきてくれよ……!」
その慟哭は誰にも届かず空に消える。
葉擦れの音が聞こえた。
彼女が戻ってきた気がした。
幼馴染と神社 楠木 終 @kusunoki-owari
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