なんか、常識人少なくね……てか居なくね?
「だーっダメだ……!」
その後、俺はスマホを開くために血のにじむような努力をした。
まず、あるボタン、指紋、顔認証、など従来のやり方を試してみたり、振ってみたり軽く叩いてみたり、とりあえず冷凍庫の中に入れて冷やした後、再度それを繰り返してみたりと、何十分もの間激戦を繰り広げたものの、ついぞスマホに電源が入ることは無かった。
耳を傾けてみると、ご機嫌な鼻歌が風呂場から聞こえてくる。
どうやらまだ風呂に入っているようで、実に優雅な
かくいう俺もスマホは使えないし、テレビも無く早いこと眠ってしまいたいのだが、今までの生活習慣のお陰で全く眠気が来ることは無かった。
だから仕方なく、せめてもの暇つぶし兼情報収集のためにベランダから異世界の東京の夜景を眺めた。
「おぉー、やっぱ東京だし異世界でも明るいんだな」
東京の夜景は残業が作り出している、なんて言葉を聞いたことがあり、実際そうなのだろうと仮定すると、この世界でも残業があるのだろうか、東京の街並みは隅々まで明るい光に包まれていた。
ふと何かが見えたような気がして目を凝らす。
乱立する高層ビルの中に一際高く、ビルとは違って先の尖った建造物があった。
距離があるため正確には分からない。
だがその高さとそれから生じる存在感、そして形状は見たことがあった。
「東京スカイツリー……!?」
スカイツリーだ、ほんとにスカイツリーだ!!
一回だけ近くで見た──下から見上げるだけだったが──ことがある。
その時は中に入れなかったが、せっかくならば一回くらい入りたいものだ。
「にしても高けえ……ん……?」
そういえばこの施設もビルだったよな、と下を見てみると、こちらに視線を向ける人影があった。
9時というこの時間帯、世間だとまだ賑わいが衰えず、なんなら人の数が増えるような時間帯であり、このビルの下も例外は無く、多くの人々が歩いていた。
だが、その混雑の中でも、一人の人影がはっきりとこっちを見ているのが分かるくらい存在感が高く、それに周囲が気が付いていないのもまた、不気味さを醸し出していた。
「な、なんだあいつ……!?」
「…………けた……」
何か言っているのか、いま「見つけた」と聞こえた。
いったい何を見つけたというのか?
ここからと遠すぎて人影が上を向いている程度の事しか分からない。
つまり上か? このビルの上層階に何かあるのだろうか?
俺は顔を上に向け、上層階を見る。
するとどうやらこのビル全体が転生者保護施設というわけではないようで、少し上がったところに吹き抜けがあり、そこではほうきに乗った人々が出たり入ったりしている。
流石にそれよりも上の階層は無いようで、下にいた人はこの吹き抜け、もとい駅のようなのを探して──、
「みーつけた〜っぞよ〜〜!!!!」
「へ……ってうぉあ!?!?」
突然至近距離から声をかけられ、俺は発声元を──真後ろを振り返った。
が、誰もいない。
どれだけ見渡してみてもそこにあるのは何も変化のないベランダだけで、シュテルンが風呂からあがったわけではない。
一体どこだ? 確かに声が聞こえたはずだ。
だが焦るったのは一瞬で、「どーこ見てるぞよ~!!」と下から声を掛けられる。
「なっ……!?」
──ちっっさー-!?!?
声をかけてきたのは、俺の身長より下手したら半分以上に小さいのではないかと疑うほどに小さく、雪のような白い髪だけは長く伸ばしている少女がいた。
それこそ、ついさっきまでこのビルの下からこちらを見ていた人影そのものである。
「い、ぃいつのまに……てかどうやって……??」
「10秒前に
「テレポートで……!?」
「そうそう!」と頷く少女。
平気な顔で、さも当たり前かのように言っているが、この世界が前の世界からの別の世界線だとしたら、瞬間移動などという非科学的な事象を起こせることができるはずがない。
それに、この世界の住民全員瞬間移動が使えるのだとしたら、わざわざほうきに乗ったりしないだろう。
つまり、この少女は他の人間とは何かが違う。
いまのところは何の害もなさそうだし、敵意や殺意も感じられないが、なぜかこのままだと大きな厄介ごとに巻き込まれそうな気がする。
異世界転生系のアニメを見たことがあるが、たいていの場合主人公は何かの厄介ごとや困難に直面する。
もちろん、俺が主人公だと言いたいわけではないし、そんな役回りはごめんだ。
よし、追い返そう。
そう決意し、俺は口を動かす。
「あ、あのな、多分人ちが──」
「ゆーは
「うん今確信した、絶対人違いだね!?!?」
確かに、文字を当てはめればそうならなくもないかもしれない。
だが、
……いや待てよ?太陽や雷にはあまり関係していないかもしれないが、
もしかして、シュテルンを探してるのか?
しかし、そうなればなおさら謎は深まる。
なぜこの少女はシュテルンを探しているのか?
そもそも、どうして女神だと分かったのか?
この少女の目的はなんだ……?
首を捻ってみたものの何も分からない。
とりあえず本人に聞いてみれば分かるだろうし、答えを拒めばそれだけ後ろめたいことがあるだろうと分かる。
「ん~と……何しに──」
「──緊急事態よ、
バッ!と振り返る。
シュテルンがバタバダと慌てて部屋から出てきた。
「ほらボーと突っ立ってないで早く……って誰!?」
髪もろくに乾かしていない、または乾かす余裕もなかったのか、水色の髪は水滴がキラキラと反射し、床にはポタポタと水滴が落ちる。
そしてまた、体をふく余裕もなく、かつ着替える暇もなかったのか一糸まとわぬ姿をさらしている。
…………。
……全裸やん……!?!?
これには少女も驚いたようで声をあげた。
「おねーさん、今の気温9℃で北風吹いてるけど寒くないぞよ?」
「そうだぞ、風邪でもひいたら……ってちげーよ! 確かに寒そうに見えるけど風呂あがったばっかだろうしそこは気にしてないよ!!」
「え~じゃあなんぞよ?」
「
「ちょ、ちょっと待て……!!」
すぐさま俺達に背を背けて行こうとするシュテルンを止めるため、不本意だが髪を掴んで引き留める。
「いっ……!? か、髪引っ張んないでよ。抜けたりしたらどうするのよ!?」
「これぐらいじゃ抜けねーよ!」
「いやいやそれは誤った認識ぞよ、
「知らねーよそんな雑学!! それよりもだな、全裸で廊下走る奴がいるか!!」
廊下に耳を傾けると、この時間でも何の用事か人がいるらしく話し声が聞こえてくる。
その中に全裸の女性とそれを追いかける男、そして
100の100乗パーセント変態認定、もしくは狂人とみられて最悪の場合通報されるであろう。
にもかかわらず、シュテルンは意外そうな顔をして言う。
「え……ダメなの……?」
「むっ、雑学じゃないぞよ!! 広く種々の方面にわたる、系統立っていない知識・学問であって、雑多な事柄についての知識ぞよ!!」
「いやダメだし結局雑学じゃねぇか!!」
半ばやけくそでツッコミを入れながら、俺は脳裏で考える。
そもそもシュテルンはなぜこんなにも急いでいるのか?
なんとか引き留めている今もドアの方に向かおうとしているし「ほらボーと突っ立ってないで早く」という言葉から察せられるように、シュテルン一人ではなく俺も、つまり他人事でない何かがあったのだろうか?
まだ「反応」の事が分からないが、とにかくこの建物の地下──地下あったんだ……知らなかった──に何かがあることは間違いない。
そして
……あれ? これほんとに急がないといけんやつじゃね……?
しかしそうなると、ちょうどの時間に現れた謎の
遭遇した時も最初は地上にいたし、それからのテレポートはあまりにも桁外れの力であり、それを一人個人の能力によって行使できるとは考えにくい。
……あれ? こいつ怪しくね?
「あ、廊下に暖房が付いてるぞよ!」
「どうやら廊下は暖房ついてるみたいだわ。だから普通の人間でも風邪とか病気にはならないから早く行くわよ!!」
そんな考えを巡らせる俺に、相変わらず水浸しの一糸まとわぬ姿でせかしてくる女神様と、それに加担する少女。
「いいから服くらい着ろぉぉぉ!!!!」
それはこのフロア全体に響くほどの大きさの嘆きであった。
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