レクチャー……?

 清潔そうな白い壁、そして木材を貴重としたテーブルに椅子。

無駄な物が一切なく、必要最低限の家具が置かれた部屋に俺こと旭透あさひ とおる堕女神だめがみことシュテルンは向かい合って座っていた。


 異世界に転生して初日。

無一文で転生してしまった俺達だったが、なんと転生者を保護してくれる施設があったおかげで、路地裏で寝るというようなことにはならなかった。


 転生してすぐ、シュテルンが転生位置をミスったおかげでここがどこか分からず右往左往していると、黒スーツをびっちりと着こなしたうえで、左肩に何かのマークが描かれたマントといういかにも変な厨二臭い服装の人が話しかけてきた。


 話を聞いていくうちに転生者を保護する組織の者だと分かり、そのうえでシュテルンに事実確認が取れたことで、俺は一応信用することにし、この場所まで連れてこられたわけだ。


 しかしまあ、突然転生してきたのにも関わらず、こんなに素早い対応が取れるのには驚いた。

なんといっても朝昼晩の三食とベット、さらに個人用トイレ、風呂に、この国の衣服や通貨もいくらか渡してくれたのだ。

食と住は三日間のみという制限があるが、それを差し引いてもよくある追放系や初期貧乏系とは違って、ちゃんと初期装備を渡してくれるあたり、俺達は相当良い環境であろう。


 加えて、今後どうするか、どこに行くべきかの進路や居場所も手配してくれるらしいのだ……。

もはやここまで来たら罠ではないかとさえ疑ってしまう。


 転生者に好き勝手されないように国の監視下にするためという可能性もあるのだ。

俺は操り人形や見知らぬ誰かの監視下にいるのは嫌だ。

少なくとも、ここが最低限民主主義を守った国であり、基本的人権を保護していてほしい。


 もしかしたらとんでもなく裏がある世界に転生してしまったのでは……?

と心配したが、国の名前を聞いて驚愕、そして安堵した。


 そもそも異世界であるはずなのに、なぜ言語が俺の故郷、日本と一緒なのか、それどころか文字も日本語であり、どこか構造物やファッションも日本と似ている所があるのだ。

それらの内に秘めていた疑問を、職員の一言によって全て解決した。


 ──ここは大東亜連邦国の日本国家州の州都、東京です。


 

その聞きなれた単語であり、もう既に消滅してしまった我が故郷の名前に、俺は感激、感動してシュテルンに「私に感謝しなさいよね」との言葉に素直に従い、直角九十度のお辞儀を繰り出したほどだ。


 そんなこともありながらも、一日目が終わりに差し掛かり、部屋に案内されたところで俺はシュテルンにある提案をした。


「なあ、良かったら今夜この世界の情報も含めてレクチャーしてくれねぇか?」


 そんな俺の問いに対し「いいわよ」とシュテルンは頷き、今晩さっそくレクチャーしてもらうことになった。


 お寿司を机に置いて。


「しっかしまあ、国の名前といい世界観といいこの寿司といい、俺のいた世界とそっくりだけどこれもシュテルンの采配のおかげなのか?」

「もちろんよ。

じゃないとこんないい世界に運よく転生できるわけないでしょ」


 「だからそのサーモンちょうだい!」と俺の皿にあるサーモンに手を伸ばしてきた。


「あ、俺のサーモンは……」

「なによ、私がこんなにいい条件の世界を手配したんだから対価よ対価!」


 俺の静止も虚しく、シュテルンは「いただきまーす!」といって一口。

途端シュテルンはせき込み始め「おえぇぇ……!?」と吐き出してしまった。


「な、なんでぇ……鼻がツーんとする……」

「あーあ、だから言ったじゃねえか……」


 「ほい、水」とコップを渡し、俺はわさび入りのマグロを美味しくいただく。


 この様子を見るに──いや注文オーダーした時にわさび抜きでと言っていたから苦手なのだろう。

水も一杯ではでは足らず、何杯かがぶ飲みした後安堵のため息をこぼす。


 そういえば何気に触れていなかったが、俺が一番好きな寿司のネタはサーモンだ。

注文した時も「お、サーモンあるじゃん。最後に食べよ」と無意識的に考えて考えてしまうほどである。

だから正直、サーモンをとられた挙句、吐いてしまわれると心と胃にくるものがある。


 ──まあ、異世界転生の代償だと考えれば安いもんか……。


 俺は渋々、えびを口に入れながらそんなことを考えていると。


「……なんか、ごめんなさいね」

「? ……、何が?」

「あんたの好物取った挙句、満足に味わいもせず吐いちゃったから……」


 コップの縁を指でなぞりながらそう呟いた。


 なぜそれを……。

一瞬そう疑問に思ったが、そういえばと思い出す。


 この女神、というか女神達は人の考えている事を読めるのだ。

たしか転生する前、天界で話した時も同じように俺の考えていたことに対して、一切聞かずに答えていた。


「あ~……。まあサーモンの一つや二つ、こんなにも生きやすい異世界に転生させてくれたのに比べたら無いに等しいさ。」


 そう、一括りに異世界といっても色々な種類があるだろう。

それに異世界の数は一つや二つでは無いだろうし、ここのように平和な所もあれば、四六時中戦い合うような殺伐とした異世界もあるはずだ。


 だからここの世界はその中でもかなり平和な部類だろう。

それに比べたらサーモン一貫程度なんて──


「あの天界地獄から解放してくれた借りがあるのに、また借りを作ってしまったらたまったもんじゃないわ!!」

「……?」

「いつか……いつか「あの時の借りを返してもらうぞ」とか言って私を辱めるんだわ……」

「うんちょっと待って!?!?俺のというか異性に対する偏見おかしくない!?!?」


 すこし頬を赤らめながら恐ろしい事を言うシュテルンに、慌てて制止する。


 言葉の内容に関しては深く聞かなくても察せられるが、俺自身が自分からあんなことやこんなことをするなんて想像できない。

まして、頭は悪くアニオタで年齢=彼女居ない歴and女友達居ない歴の俺が、いろいろな経緯をすっ飛ばしてそんな行動がとれるわけがない、絶対に。


 ていうか。

よくよく考えると、今の状況は異性と俺の二人きり、一対一の状況だ。

こんな状況は親戚や家族との間でもなかったし、ましてや相手は超美少女の女神さま……。


「って、さすがに冗談よ。

私だってそこそこ優秀な女神、あんたみたいな凡人の考えていることくらいお見通しだからね?

あんたの過去を見る限り、あんな行動絶っ対に無理……でもなさそうねこの変態オタクが。」

「い、いやっその今までは女神として異性として見ていなかったといいますか、転生で頭が混乱していたからといいますかその何といいますか……!」


 突然気恥ずかしさに襲われ、声が上ずってしまう。


 俺みたいな陽キャじゃない者にとって、美人の女神と二人きりというシチュエーションはいささか──いや、想像するだけで耐えがたい。

女とほとんど会話したことはほとんどない俺が、さっきまでまともに会話できていたのは異世界転生への動揺や興奮により、身の前にいる女神を女神として見ていなかったからだ。


 だから改めてそういう目で見てしまうと、なかなか前と同じような態度で話しかけるのは難しい。


 シュテルンはあたふたする俺を見て、「ふ~ん」と不気味な笑みを浮かべる。


「そうだ、お詫びにサーモンあげる」

「あ、ありがとうございます……」


 顔の前に手掴みでサーモン渡してくるので、俺は丁寧に両手で頂戴しようとする。


「違う違う。あーんして、あーん」

「え、えぇぇ!?!?」


 だがその手を跳ね除け、首を横に振られる。

俺は唐突すぎる提案に、思わず後ずさろうとしたが、背もたれに阻まれてしまう。


「ほら早く!!遠慮しないで!!」

「えぇぇ……」


 どうやら拒否権は無いらしく、ずいずいと出してくる。


「ハイあーん」


 ずいずい


「ほらほら~」


 すいすい……


「あーんって」


 …………仕方ない、こうなったらやけくそだ。


 目を瞑って俺は口を開く。


「…………あ、あーん」

「あーん」

「あーん……!」

「あー-んげない!!!!」

「あー-──あ~~!?!?」


 目を開いた先には、「ん~、おいしい~!」とおいしそうに口を頬張るシュテルンがいた。

どうやら俺の口に入る直前に引き、自分で食べたらしい……。


「そんな……ひっでぇよ……」


 まさしく絶品!と言いたげに満面の笑みで美味しそうに頬張るシュテルン。

対して、すんでのところで食べられず、かつ残りのサーモンもない俺の気分はがた落ち。


 肩を落とす俺に、随分と長くサーモンを味わったシュテルンが頬杖を付きながら、語り掛ける。


「ま、そんな緊張しなくても男と女、たいして変わんないわよ。

どいつもこいつも私利私欲に振り回されて他人の事は二の次。

身体的な特徴があっても、一つの魂としてみたらなんら変わらないわよ。」


 「女神のこと少しくらい考えろってんの……!!」拳を握りしめながら、大変であったのだろう、机をバンバン叩きながらそんなことを話てくる。


「……つまり、なに??」

「こんな無駄なことでいちいち時間無駄にしてたら私の寝る時間が減っちゃうの。

だからさっさと本題に入りなさいよ。」

「この無駄話を始めたのはあんただったと記憶してるんだけど!?」


 「……女神は過去の事は気にしないのよ」と、ついさっきまで過去のこと思い出して机を叩いていた元女神が言う。


 しかしまあ、さすがに数百年生きている女神だけあって言っていることは正しい気がする。

昔、ドラマとか見ていたりしても男が黒幕の時もあれば女の時もあり、女が恋している時もあれば男もあった。

残念だが後者は体験したことがないから分からないが。


 ともあれ、限りある時間を──シュテルンは9時には寝たいらしい──有効活用するため、そんな大きいが些細な違いを気にしている暇はない。

早くしないとシュテルンが眠ってしまって情報を聞き出せない。


「わかった。

じゃあ早速本題に──」

「あ、そういえば先輩いなくなってるけどどこにいるか知ってる?」

「おいおい……いきなり話題変えてきやがった……、……そいやいないな」


 毒付きながらも、実は俺もちょくちょく気になっていたことであったため、少し考えてみる。


 転生した後、この施設に連れてこられて職員からの説明を受けたり、名前や年齢など個人情報を書いた時までは一緒にいたはずだ。

だがその後、この世界の衣服を配布するとのことで別々の部屋に案内され、おそらくそれ以降俺は見ていない。


 ちなみにだ、この世界の洋服?は、おおもとは転生前のカッターシャツに似ているものの、左肩にはどこかの家紋──歴史の授業で見たようなデザインに似てるような気もしなくもないが、わすれた──が描かれたマント。

普通この姿で街中を歩いたら変人のような目で見られること間違いなしのような服装であるが、この世界ではこの形式が正服らしく、職業や役割によってマークや微妙に違うポイントもある。

それにとてつもなく肌触りが良く気持ちがいい。

ちゃんとしたブランドでこれと同等の服を買ったら1万以下を切ることは無いだろう。


 なんというおもてなし。異世界であってもさすがの日本だ。


 ともあれ、着替えた俺が案内された部屋にはシュテルンしかおらず、彼女も着替える時までは一緒だったけれど、その後シズクだけが別室に案内されたのだという。


「ま、シズク先輩はこの世界管理してた時期もあったから、それを知ってる人がここにいたのかもしれないわ。」

「あれで世界管理できるのか……?」


 俺はついつい眉をひそめてしまう。


 なんというか、シズクはあまりにも無邪気すぎて、言い方は悪いが幼稚だと思うのだ。

もちろん、俺が知っているシズクはごく一部分程度であるから、おそらく長年の付き合いであろうシュテルンとしては、ちゃんと業務はこなせていたのかもしれないが。


 しかし、たとえそうであっても知らないものは知らない。

と、俺が開き直っていると、突然「ゴーン……」と鐘の音がなる。

見ると、時計の時間は8時。

俺からしたらまだまだ夜の入り口ぐらいの時間帯だが、シュテルンは「なんで地獄女神の仕事開放されたのに10時とか11時まで起きないときけないのよ」と言って、キッパリ9時に寝る宣言をしているため、あと1時間程度しか情報を聞き出すことが出来ない。


「ま、シズク先輩も一応女神、それこそ魔神とかに遭遇しない限り大丈夫でしょ」

「……いまものすこぐフラグがたった気がしたんだけど……ま大丈夫か。

そんて突然だがいくつか知りたいことがあるのですが──」


 俺はタイムリミットも迫っているからさっさと要点だけ聞き出そうとしたが、シュテルンは何貫かの寿司を強引に口に入れ、「ん? もおおほいからもう遅いからあひはにひてふれらい明日にしてくれない?」と言ってくる。


「は!? まだ8時だぞ!? 9時まで1時間もあるじゃねぇか!?!?」

ひやひやいやいやあほいひひかんしかあと1時間しかなひやないないじゃない

「うん聞き取りづらいから1回飲み込め!」


 水も活用して寿司を飲み込み、再び話し始める。


「あのな、天界での1時間がどんなだったのかは知らないけどさ、1時間のうち10分もあったら質問の1つや2つ答えれるだろ!」

「そらもちろん答えられるわよ」

「じゃなんで──」

「これから9時までの1時間はいろいろ私計画ねってるの!! キッツキツに!!」


 あまりの気迫に狼狽えていると、シュテルンは意気揚々と話し始めた。


「まずこれから残りの寿司全部食べたあと、速攻お風呂に入ってぬるま湯で20分ゆっくりと疲れを取るの!!

そのあとは5分以上かけてきっちりと歯磨きして~、寝る直前にはストレッチもして、夜風を浴びながら布団に包まって寝るのよ!!」

「は、はあ……」

「あんたら下民暇人と違って、私たち女神は四六時中死んでくる奴らの面倒みなきゃいけないのよ!?

だから一時間以上暇になる時間もない女神にとって、自由が約束された一時間というのはあり得ない事であり、侵すべからずなの!!」


 そう言うとシュテルンは、足早に食器を運んだ後、「入ってくるんじゃないわよ。これからの私の一時間楽園に」と釘を刺し、風呂場へと入っていった。


 さすがに俺も、そこまで重宝され貴重なシュテルンの一時間楽園を無視してまで質問するわけにはいかず、「了解」とだけ返して残りの寿司を平らげる。


 特にすることも無くなった俺は、支給されたスマホを開く。

やはり現代っ子の暇つぶしにはスマホ……といったらシュテルンが起こるだろうが、ともかく困ったときにはスマホを見れば大抵解決する。


 何か調べたいとき、まさしくこの世界の情報を集めたい時には、この道具が活躍する。

もちろん、前の世界のようにグー○ルとかヤ○ーとかは無いだろうけれど、この世界の会社が運営している検索アプリがあるはずだ。

それがあればシュテルン女神が知りように無いことだって知れるかもしれない。


 そんな合理的な考えと、「暇つぶしできたらいいや」という気持ちでスマホの電源を押した。


…………


「…………?」


 何も反応しない。

もしかしたら押し方が変だったのかもしれないと、もう一度押してみる。


…………


「あらら……?」


 またもや何も反応しない。

もしかしてあれか? 押すボタン違ったか?

そう思ってあるボタン全て押してみたが一向に電源が付く気配はない。


「うっそだろおい……」

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