第20話

「喰らえ! クソ野郎!」

 今まさに千里に襲い掛かろうという鬼に、高瀬のSIG-P226から放たれた銃弾が被弾した。

「グォォォォーッ!」

「うおおおおおおッ!」

 激しい鬼の声に怯み、高瀬は更にドンドンと2発打ち込む。

 鬼は右、左と撃たれた衝撃で体を捩ったが、前傾し、今度は半ば惰性で高瀬の方へ歩を進めた。

 高瀬は叫び、更に2発打ち込む。

 ──ズゥゥゥン!

 鬼はガラス片が散らばる路面に倒れ込み、そして動かなくなった。

「マジかよ……」

 唖然としつつ、銃口を眺める。

 すると、直ぐ横を、背中に矢が刺さった、燃える鬼が掠め、倒れた。

「──!」

「油断するな! 死にてぇのか!」

「千里……」

「行くぞ!」

 千里は太刀を脇に構え走っていく。高瀬はひとつ頷くと、灰になっていく鬼を横目に千里の後を追った。


「ふむ」

 ヘリから地上の様子を眺める墳堂は、汚れたサングラスを指で押し上げ、白衣のほっかむりのまま満足気に頷いた。

「やはりモノテルペンを詰めた銃弾で倒せるようだな」

「モノテルペン……ですか?」

 墳堂はきょとんとする自衛隊員に大仰に頷いた。

「あの、対戦車攻撃ヘリの重機関銃の銃弾にもモノテルペンを詰めてある」

 そう言うと、墳堂は空の彼方からこちらへ向かってくるAH-1S・コブラを指差し、インカムに手を伸ばした。

「撃ち方用意。三田国際ビル前のエテ公を援護する」

『ラジャー』

 

 *   *   *


『緊急事態の布告を発し、政府に緊急対策本部を設置致しました。国民の皆様におかれましては──』


 新宿、渋谷を始め、日本中あちこちの巨大モニター、電気店のTV、家庭のTV、ありとあらゆるモニター画面に内閣総理大臣が映し出され、緊急事態の布告を宣言するニュースが流れた。

 当然ながらネットニュースもこのニュースで持ち切りで、SNSのトレンドのトップは「緊急事態宣言」だ。


 ──ニュース観たw

 ──緊急事態の布告とかw

 ──これってどういうこと?

 ──ググレカス

 ──ゴジラ観ろwww

 ──つかもう相当死んでるんでしょ?

 ──東京ヤバw


 一方、赤羽橋南交差点を始点として、桜田通りは、怪我人と死体の山だった。

 緊急車両に交じって自衛隊の車も出動。怪我人はその場でモノテルペンを投与し搬送、遺体は即座に回収された。


 同じころ、警視庁庁舎では、警視総監・水野敬一と、副警視総監・安藤修一郎が、警視総監室でTVニュースを見ていた。

「有難うございます」

 安藤はシルバーフレームの奥の柔和な目を伏せ、警視総監と言うよりは軍人のような水野の背中にそう言って頭を下げた。

 実は、この件は高瀬から旧知である副警視総監の安藤へ、安藤から警視総監へ進言が行われ、そして国家安全保障委員会、内閣総理大臣を動かす事に成功。緊急事態の布告の宣言に至り、警察、自衛隊、全てを動かす事に成功したのである。

「礼を言うのはこちらの方だ」

 水野は厳しい表情のまま、TV画面を見ている。その拳は強く握りしめられ、白く、そして小刻みに震えていた。

 そんな水野を見るのは、安藤ですら初めてだった。

 目の前のこの男は、いつでも自信に満ち溢れ、弱みの欠片も見せる事のない、強い男だ。

 そんな彼ですら、我が子の生死にかかわる事案にはこうも──。

「お嬢さんなら大丈夫ですよ。高瀬が、必ずや救出します」

 普通ならこんなことは容易に言えない。しかし、高瀬を学生の頃から知っている安藤は、彼に全幅の信頼を置いていた。

 とはいえ、今の水野に何を言ったところで──。

「──ああ」

「信じて……下さるのですか」

 安藤は驚いて顔を上げた。

 水野は変わらず、TV画面を見つめたまま安藤に背中を向けていたが、小さく、親友がそう言うのならと言った。

「総監……」

「修一郎」

 水野は、安藤の名を呼んだ。

 そんな風に呼ばれるのは、何十年振りか。

 水野と安藤は、高校時代からの友人だった。何をするにも一緒で、剣道部では全国大会へも進んだ。

 そして共に警察官の道を歩んだのだ。

 しかし、水野が一歩早く出世街道を歩み始めた頃から、2人が名前で呼び合うことは無くなった。

 しかし今、水野は安藤を昔のように呼んだ。

 安藤は黙って水野の言葉を待った。

「修一郎。俺は恐ろしいんだ。不安で堪らない……」

 水野はそう言うと、片手で顔を覆った。指の間を涙が伝い、嗚咽が漏れる。

「そんなの、当然だろ」

 安藤は親友の腕に触れた。掌を通して、震えが伝わる。

「我々は、ここで戦わねばいけない。敬一」

 水野は黙って頷くと、親友の手に自分の手を重ねた。

 

 *   *   *

 

 酷く騒がしく、熱い。

 遠子の途切れていた意識は暗闇の中で次第に覚醒し始めていた。

 目は重くてなかなか開かないが、聴覚や皮膚に伝わる熱は感じる。

 確か、パトカーで自宅へ戻る際に妙な子供が前に飛び出してきて……。車に乗せたら、いきなり顔にハンカチを押し付けてきた。

 それから一体どうしたんだったか……。

 

 ドォォォン!

 

 ガガガガガ!


 キュン!


 ドゴォォン!

 

「ふにゃ?」

 激しい爆発音に、暗闇を彷徨っていた遠子の意識が引き戻された。

 寝返りを打ち、重い瞼を上げる。見えてきたのは、暗がりのアスファルトと──。

「ギャー!」

 何が起きているのか理解出来ないものの、無数の鬼に気付いた遠子は悲鳴を上げた。

「イヤー! 助けてえ!」

 そこから逃げ出そうとするも、恐怖で立ち上がることも出来ない。

 まるで亀のように地面を這いずるのが精一杯だ。

「ああ、あああー!」

 情けない声を上げ、地面を掻く。

 すると、目の前にか細い少年の足。

 いつの間にか、遠子の前に憂夜が立っていた。

「たたたたたたすけ……」

 憂夜は足元に伸びた遠子の手を蹴り飛ばした。

「もうオバサンに用はないや。邪魔だから、死んでいいよ」

「え……?」

 ピィー!

 憂夜の歯笛が響く。

 その音は高瀬の耳にも届いた。

「水野!」

 鬼が一斉に、這って逃げようとしている遠子に迫る。

 高瀬は発砲しながら全力で走った。

「いやああああ!」

 遠子が叫ぶ。

 その声は、あの日、あの時、あの場所の優香のそれに重なった。

 高瀬の心臓が早鐘のように鳴り、髪が逆立ち、焼けるように熱い血が全身を駆け巡った。


「やめろぉぉぉおおッ!」


 叫ぶ高瀬をドンと言う爆発音と共に炎が包み、その衝撃は鬼をも吹き飛ばした。

 中には四肢を引き千切られた鬼もいる。それらは皆、千里の智焔剣に斬られた時のように灰となった。

 その場の全員が巨大な火の玉を見つめてた。

「覚醒……する……」

 千里がそう呟いた時、炎の中に影が浮かんだ。

「あれは……」

 緊張で、大沢の咽も鳴る。

 炎の中から現れたのは、鈍く光る黒い鎧を纏い、三叉戟さんさほこを手にした高瀬だった。

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