第17話

『緊急指令、緊急指令! 総監のお嬢さんが警視庁よりご自宅へ向かう際、何者かに拉致された模様。同乗の護衛警官は全員死亡が確認された。付近を警邏中の車両は──』

『場所は港区芝公園4丁目、桜田通り、赤羽橋南交差点、付近には一般市民多数が──』

 高瀬と月見里は首都高4号線に乗り、T大医科学研究所経由で警視庁へ向かう覆面パトカーの中で無線を聞いていた。

「東京タワーの下だね……」

「クソッ!」

 高瀬はそう吐き捨て、ハンドルを拳で打った。

 無線からは次々と現着した車両からの報告が飛び交っている。

 それによると、遠子が乗っていたと思われる車両は横転し炎上。警護していた警察関係者は全員巨大な化物に殺害され、遺体は損壊されているという。

 また、化物の上には少年がおり、遠子と思しき女性が鬼に抱えられているが、その安否は不明とも伝えられた。

 高瀬がカーナビのTVをつける。

 そこでは既にTV局が現場の中継を行っていた。交差点で炎上するパトカーを囲むように、野次馬の人垣が出来ている。

「バカ共が。自分たちがバケモンの狩場にいるって事も分かんねぇのか」

「……ネットにも次々と動画が上がってる」

 月見里のスマホに表示された動画サイトでは、現場にいる野次馬たちが撮ったと思われる動画が信じられないほどアップロードされており、SNSでも同様の動画が猛烈な勢いで拡散されていた。


 ──ちょっと待ってなんかの撮影?

 ──めっちゃリアルwwww

 ──なにこれAIじゃねぇの?

 ──警官死んだとかマジ?

 ──誰か桃太郎呼べよw

 ──マジきもくて吹いた

 ──これ再生数稼げんじゃね?

 ──俺も行こうかなw


 ちらと覗いたコメントに、高瀬は気分が悪くなった。

「コイツらバカなのか? この様子じゃ更に野次馬が殺到するぞ」

「まさか、それを狙って……?」

 月見里は整った顔をこわばらせた。

 これまでもあの化物は人間の腹を破って内臓を喰らっている。これでは集まった野次馬たちは次々と襲われ──。

 高瀬の脳裏に、御岳山や赤塚公園で見た遺体が次々とフラッシュバックした。

 裂けた腹から流れる血と、垂れ下がる内臓。黄色い脂肪。そして空を見つめる、濁った眼。二度と動かない、二度と帰らない、二度と──。

「クソが! 冗談じゃねぇ!」

 高瀬はさらにアクセルを踏み込む。覆面パトカーは間もなく霞が関に差し掛かった。

「月見里、このまま現場へ向かうぞ」

「わかった」

 月見里は短く返すと、スマホを通話に切り替えた。

「もしもし、墳堂?」

 

 *   *   *


「モノテルペンを集めろだと?」

 T台医科学研究所の憤堂は、友人からの電話に首を傾げた。そして眉間にいつも以上に深い皺を刻む。

「貴様、先日から一体何をやっている。うん? アレは……あのおかしなウィルスは一体なん──」

『テメー、ゴチャゴチャうるせぇんだよ、独活の大木野郎! 黙ってモノラルなんとかを集めろ!』

「ぬぬ! 貴様は病院にいたエテ公だな? うん?」

 憤堂の眉尻がキリリと上がり、鼻息が荒くなった。

 月見里と似ても似つかぬあの品のなさ、口の悪さ。見るからに頭が悪そうで、とにかく性に合わない。

『誰がエテ公だコノヤロー!』

『ちょっ、文孝!』

「こらエテ公! 貴様では話にならん! 月見里を出せ!」

 墳堂はスマホに向かって怒鳴った。すると暫くガサゴソと言う音が聞こえ、次に聞こえたのは友人の声だった。

『ごめんごめん。詳しいことを説明するよりも先にTVを見てもらった方が早いと思う』

「TVだと?」

 墳堂は素直な男である。月見里に言われると、直ぐに教授室にあるTVのリモコンを手にした。

「どこの局だ? うん?」

『多分、どこに合わせても流れてる』

「全く、一体なん──」

 TVの電源を入れた墳堂はそのまま固まってしまった。TVでは鬼のような化物が映し出されており、その後ろでは車が燃え盛っている。

 ずるりと、トレードマークのサングラスがずり落ちた。

「な、なんだこれは……。うん? 戦隊ヒーローの怪人か?」

『特撮じゃないよ。AIでもない。憤堂、これは現実なんだ。これを倒すためにモノテルペンが必要なんだよ』

 憤堂は暫しTV画面を眺めながら考えた。

 そして深くため息をつく。

「月見里。あの妙ちくりんなウィルスは、コイツなのだな?」

『今、文孝が警視庁の副総監を通じて総監にも話を通してる。けど、待ってる時間が惜しい。このままじゃ東京が地獄と化してしまう。墳堂、君の力が必要なんだ』

「むう……」

 TVニュースの中継では、化物がゆっくりと移動を始めていた。

 空にはTV局のヘリが爆音を響かせており、野次馬の前には警察の特殊部隊が盾を持って並んでいた。

 その時だった。

「教授? こちらにいらしたんですか」

 カラリと教授室の引き戸を開け、准教授、越真樹がやって来た。

「ああ、うん」

 咄嗟にTVの電源を落とす。

「ああ、うん。じゃありませんよ。TVなんか見てないで、早く戻ってください!」

「うん……」

「全くもう」

 そう言って部屋を出ていく美貌の准教授の後ろ姿を見つめ、憤堂は思案した。

 あの怪物があのまま桜田通りを南へ移動すれば、このT台医科学研究所に辿り着く可能性も無きにしも非ず。

 越君──。

 俺を振り回し、足蹴にし、弄ぶ。美しくも恐ろしい女ヒットラー。

 もし、万が一彼女があの化物の手に掛かってしまったら──。俺は──。

『憤堂?』

「良かろう。しかし、高くつくぞ、月見里」

 

 *   *   *


『場所は港区芝公園4丁目、桜田通り、赤羽橋南交差点、付近には一般市民多数が──』


 千里と大沢は、地下室で警察無線を聞いていた。

「チッ。あの変態女……」

 言いながら、千里の脳裏には藤田憂夜が浮かんだ。


 ──待ってるよ。大神千里。

 

「クソッ」

 千里が忌々しげに爪を噛む。その様子を見て、大沢はどうしますかと聞いた。

「アイツの事だ。どうせ何の装備もなしに突っ込むに決まってる」

「でしょうね……」

「だったら、行くしかねぇだろ」

 そう言うと千里は大沢にヘルメットを放り投げた。

「出るぞ。準備しろ」

 

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