第40話 一層


 昼食と休憩を済ませた俺達は、装備を確認しながら他の冒険者達の動向を探る。最初は、人目を気にせずにじっくりダンジョンを味わいたいためだ。 洞窟に向かう冒険者達の足並みが途切れ、満を持して俺達は立ち上がる。


「それじゃあ、行くか!」


「うん!」


 俺はモモを見ながら声を掛けた。モモは俺を見つつ返事を戻しながら笑顔で頷く。俺達は洞窟の出入り口に向かい、その手前で立ち止まる。石畳が続く通路は壁にランプが設置されていて、僅かな通路の先は右折している。


(あっ。門を調べるのを忘れた…。まあ、いつでも調べられるからいいか)


「なんか、ドキドキするね!」


「ああ! どこまで続くんだろうな!?」


 うっかりした俺に、ワクワクした様子のモモがこちらに顔を向けながら言葉を弾ませて話した。その様子から気持ちを切り替えた俺も、心をときめかせながら同様にして返事を戻した。俺達は洞窟内に足を踏み入れ、僅かな通路を進む。右折すると、広間の様な空間が左奥に広がり奥に厳めしい扉が見える。


「なんだ~。すぐ着いちゃった~」


「そっ、そうだな!」


「ふふっ」


 がっかりした様子のモモが詰まらなさそうに話をし、やるせない気持ちの俺はそれを押し殺してモモを励ますように声を上げた。俺を見て微笑んだモモは広間の中に進み、物珍しそうに岩壁をペタペタと触りながら何やら楽し気に周囲を調べ始める。


(わざとらしかったか…?)


 俺は首を捻りながらモモを横目にしつつ、奥の岩壁に不自然に減り込んでいる鉄製と思われる扉の前に向かう。


(結構デカいな…。それにしても、どうやって取り付けたんだ?)


 俺は腕組みしながら首を傾げつつこれを眺める。厳つい扉は、高さが凡そ3メートル、幅が凡そ2メートルで、上部がアーチ状の二枚扉だ。しばらくすると、モモが俺の隣に立ち並ぶ。


「重そうな扉だね~」


 声を漏らしながら、モモが早速壁と同様に扉をペタペタと触り始める。俺も同様にして触れてみる。質感はひんやりとしていて、材質は恐らく鉄だ。色は黒っぽく、表面のデザインは框戸風で全体に強固さをイメージさせる意匠が施されている。


「これがドアノブ?」


「たぶん、そうだな。日本じゃあまり見ないやつだ」


 モモが扉と同質の輪っか状のドアノブと思われるものを興味深く見ながら尋ね、それを確認した俺は返事を戻した。


(扉は、内側に開くんだろうな。押して開かないとか、言ってみるか…?)


 俺は思考しながら後方に下がる。


(今は、ベタなボケはいらないか…)


 雰囲気のある扉と楽し気なモモを確認した俺は、神聖なダンジョンデビューに水を差すような行為は控えることにした。俺達は引き続き扉を調べ、それを終える。


「それじゃあ、開けるぞ?」


「うん!」


 片側の扉のドアノブに手を掛けた俺が声を掛けると、肘を曲げてそわそわしているモモは力強く頷きながら返事を戻した。俺はドアノブを慎重に手前に引き始める。その手応えは普通の木製の扉を開くようで、鉄製とは思えない。


「わあ~! すっごーい!」


 待ちきれなかったのであろうモモが、扉の隙間に駆け込み背筋を伸ばしながら歓喜の声を上げた。俺はそのまま扉を開け切る。


「眩しい!」


 日差しが目に飛び込んだ俺は、瞼を閉じて短く声を上げた。そのあとゆっくり瞼を開ける。


「これは凄いな!」


 視界を取り戻した途端、俺も歓喜の声を上げた。上空には柔らかな白い雲と清々しい青空が浮かぶ。その下に、何処までも続く広大な草原が広がる。事前に、一層はほぼ草原で僅かな岩場や樹木が存在すると話を聞いていたが、洞窟内の扉を開けると突如それが現れるという事態はやはり目を疑うものがある。


「進むか!?」


「うん!」


 機嫌良く俺が声を掛け、同様なモモは大きく頷き返事を戻した。俺達は、噛み締めるようにダンジョン内の地面に一歩を踏み降ろす。二の足で、モモが前方に駆け出す。


「広~~~い!」


 清々しい声を上げながら、モモがその場でクルリと踊りを見せ始める。


「なっ!? 何この壁!? 空までずっと続いてるよ~おっとっと」


 続けて、ぎょっとしたモモが驚嘆の声を上げた。そのまま右側の壁に駆け寄り、見上げながら話を続けつつ数歩後方によろける。それは再び驚くべき光景だ。岩壁があまりにも垂直に切り立ち、どこまでも空に向けて伸びている。背後の扉の減り込む岩壁も同様だ。


 アマのダンジョンは、各層がこの岩壁で囲まれている。地形は長方形で扉の正面が長手方向になり、上空から見下ろしたとすると現在地はその右下付近に位置する。階層は五層あり、各層に次の階層に向かう扉が存在する。


「ひゃっほー!」


(面白いな~。絶壁どころの話じゃないな~)


 モモが側転などをして遊びまわる中、俺は右側の地の果てまで続くかのような岩壁を見ながら摩訶不思議だと思考した。そして、しばしこれを眺め続けるが、


(おっと。ここはダンジョン内だった)


 その事を思い出した。


「そろそろ行くぞ~! モンスターが、近くに居るかもしれないからな!」


「わかった~! それで~! どっちに進むの~!?」


 俺が離れているモモに声を掛けると、遊びをやめたモモがそう返事を戻してこちらに駆け寄る。


「話を聞いてなかったのか~?」


「えへへ~」


 俺は道中でその事を復習していたため、少し意地悪く尋ねた。モモはにかんだ笑顔で声を漏らした。


(モモの、はにかんだ顔はダメだ…)


「ここから左に行けば二層に下りる階段があるが、まずは正面に真っ直ぐ行って反時計回りに回るぞ」


「了解しました! じゃあ、行こ!」


 あまりの可愛さに心を打ちぬかれた俺は叱ることを素直に諦め、改めて道順を説明をした。すると、モモは敬礼したあと話しながら俺と手を繋ぐ。


(心が痛いが…)


「ダメだ。遊びじゃないんだから」


 俺は心を鬼にし、理由を説明しながらそれを解く。モモは怒ったように頬を膨らませるが、


「ぶーーー」


 俺は微笑みながらその膨らみを指で押した。それに合わせて、モモが口の中の息を音を立てながら吐き出した。


(可哀そうだけど、初めてのダンジョンだしな。何が起こるか分からないし、勝手が分かるまでは十分に気を付けないと。だが、それだけだとやっぱり可哀そうだし、気持ちが上手く伝わったか分からないが、その気配りは大切だよな)


 簡単に命が失われる世界。それに加えて危険なダンジョン内。様々なことを考慮した俺だが、飴とその思いも大事だと考えている。


「行くぞ?」


「うん!」


 俺が笑顔で声を掛けると、モモはニコニコしながら返事を戻した。こうして、俺達は2人で前に歩き始めた。



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