第41話 スペック


「う~ん! 気持ちいい! ホント、外に居るみたい!」


「う~ん! そうだな!」


 ダンジョン内を歩き始めて間もなく、隣を歩くモモが背伸びをしながらご機嫌に話した。釣られて背伸びをした俺も同様にした。ダンジョン内は外の世界と酷似した陽気で非常に過ごし易い。遠目には数人の冒険者達がモンスター達と戦闘を行う。そんな中、少し離れた場所で青い物体が飛び跳ねる。


「おっ? スライムだな!」


「初めてのモンスターだね!」


「行くぞ!」


「うん!」


 初めて遭遇したモンスターに俺は歓喜の声を上げ、モモも同様にした。左手に盾を持つ俺は右手で腰の剣を抜きながら合図を送り、モモは両手で腰に身に付けている二本のダガーを抜きつつ返事を戻した。俺達は、そのままスライム目掛けて駆け出す。


「やあっ!」


「えいっ!」


 声と共に駆け抜けながらの俺とモモの一撃が奴を切り裂き、振り向くと地面に転がるように落ちている。


「外のスライムと、変わらないみたいだな」


「これじゃあ、歯応えがないね」


 俺とモモは、武器を収めながら言葉を交わした。倒されたスライムは地面に溶けるのではなく、霧のようにして消滅していく。その中から、魔石とキラキラ光る何かが現れる。


「これが水晶か?」


「奇麗~!」


 近寄りそれを拾い上げて掌の上に乗せた俺は、首を傾げて同意を求めるように話した。それに顔を近付けていたモモは、瞳を輝かせながら声を上げた。水晶は魔石と同程度な大きさで、無臭で無色透明だ。


「もっと、特別なものかと思ってたな」


「スライムだからじゃないの? 他のモンスターを倒したら、きっともっと色々出るよ!」


「そうだな。まだ、始まったばかりだしな!」


 俺が呟くと、モモは話しながら両手を広げてまだまだこれからとアピールした。俺は気を取り直し、先に期待を託しながら声を上げた。





 俺達は更に奥に進み、丘を一つ越える。すると、今度は正面の離れた位置に三匹のモンスターを目にする。


「あれは何?」


「たぶん、ハイエナだな」


 見慣れぬ動物を見ているモモは首を傾げて尋ね、俺はそう返事を戻した。


 この階層には、スライムやビッグフロッグなどの弱いモンスターの他にハイエナが存在する。ダンジョン内のモンスター達は外の世界よりも数が多く、群れることも多い。とは言え、一層はその限りではない。


「あれは、俺がやる」


「うん!」


 俺が声を掛け、返事を戻したモモは後方に下がる。ハイエナ達は、こちらに気付いていないが牙をむき出して涎を垂らしている。目付きは獰猛で、それらを見ると一目でモンスターだと分かる。そして、何故今回は俺がそう声を掛けたかというと、今までのモモの戦闘を見ていて気掛かりが生まれていたためだ。


(どうも、体のスペックと頭の認識が、ずれてるように思えるんだよな…。それに、ステータスはそう変わらないのにモモの方がかなり強く見える。たぶん、俺は体の使い方が間違ってるんだろうな…。今回はもっとイメージを膨らませて、モモの素早い動きを真似てみよう)


 考えを纏めた俺は、一歩足を前に踏み出す。奴らは未だ、こちらに気付いていない。様子を窺いながら、俺は間合いを詰めていく。こちらの射程には程遠いが、ここで奴らがピクリと反応を示す。


「「「グルゥゥゥ」」」


 奴らは唸り声を上げながら、ゆっくりこちらに体を向ける。次に前足で地面を蹴り始める。身をかがめた奴らはその直後、こちらに勢い良く駆け出す。その勢いのまま三匹同時に俺に飛び掛かる。


(殺る!)


 瞬間、俺は殺意を込めた。剣を強く握り直し、今回は奴らを盾で受け止めるのではなく、左に飛んで躱しながら左の一匹に対して横薙ぎに剣を振るう。


「キャイン!」


 奴は断末魔の悲鳴を上げた。倒れた奴を確認しながら俺は続けて体を捻りつつ着地した左足でそのまま地面を蹴り、奴らに飛び掛かりながら着地直後の横を向く一匹に素早く剣を振り下ろす。


「キャイン!」


 奴は二つ目の断末魔の悲鳴を上げた。空中でそれを耳にした俺は素早く剣を構え直し、唖然としている奥の一匹にも同様に剣を振り下ろす。


「キャイン!」


 奴は三つ目の断末魔の悲鳴を上げた。剣は三匹の胴体を大きく切り裂いていた。地面に横たわった奴らは、すぐさま霧となり消滅する。俺はあっという間に三匹を討伐した。しかも、一撃で一匹ずつだ。


(思った通りだ! 武器を変えたこともあるが、やっぱりこの体は前とは別ものだ!それに、まだまだ動けるような気がする!)


「お兄ちゃん、カッコいい!」


(だが、これでもまだ、モモの方が強いんだろうな…)


 自分に歓喜した俺は、再び剣を強く握りしめる。片手を口に添えたモモが、こちらに声援を送った。喜ぶモモを見ながらみながら、俺は少し複雑な感情になった。


「この体は強いな」


「うん! 力も強いし、思ったことが何でもできるよ!」


 俺は、こちらに駆け寄るモモに話し掛けた。興奮気味なモモは、返事を戻すとすぐさまこの場から駆け出す。そして、目にも止まらぬ速さで次から次へとモンスター達を屠っていく。


(…アイテムも、拾ってくれな…)


 複雑な感情のままの俺は、更に嘆き悲みながらとぼとぼとモモのあとを追いつつ魔石と水晶を回収した。


 このあと、ハイエナ達VSスライム達や、スライムに変わりビッグフロッグ達の死闘を目にする。先へ進むついでにそれらを倒し、更に奥に歩みを進める。やがて、俺達は階層の突き当りに辿り着いた。





「行き止まりだね」


「だな」


 岩壁を掌で叩くモモが呟き、俺は岩壁を見渡しながら返事を戻した。俺も正面の岩壁に触れてみるが、特に変わった様子はない。そのため、ここを左折して再び真っ直ぐ歩き始める。


 景色は変わらず、周囲に変化も見られない。冒険者達も、この付近には何もないと知っているためか見当たらない。他の冒険者との獲物の奪い合いが発生しないことを確認した俺達は、ここからの戦闘に魔法を組み込むことにする。魔法は射程が長く、それを避けるために使用していなかった。そして、運良く丘の上に一匹のハイエナを見つける。


「モモ。俺からやってみるな!」


「わかった!」


(ここは初めてだからな。とっておきのを、お見舞いしてやる!)


 俺は声を掛けながら、意気揚々とモモの前に出る。モモが期待するような声を上げ、俺はそれに応えようと思考した。


 20メートルほど先の奴に狙いを定めた俺は、右腕を前に伸ばして手をピストルの形にする。左手でその手首を掴みながら、視線は右手の照準に見立てた親指を覗く。


「はあ…、はあ…」


 呼吸を乱した俺は、そこから視線を外す。


「う、撃つぞ…」


「うん!」


「撃つぞー!!!」


「うん! お兄ちゃん、やっちゃえー!」


 俺は怯えながら声を漏らし、モモは期待に満ちた声を上げた。俺は力の限り叫んだ。頷いたモモは力の限り声援を送った。俺のとっておきのプレッシャーの演技も上乗せしたマイナーなガンダムネタをモモにお見舞いしたが、それはやはり通用しなかった。


「これが若さか…」


 モモに見せぬようにそっと頬を濡らしながら呟いた俺は、そのまま再び照準を合わせる。


【アイスニードル】


 魔法名を口にすると、指先に先の尖った腕ほどの氷塊が迅速に形成される。次に放たれ、それがウルフに飛来する。


『ズボ!』


 音と共に、奴の腹部を貫いた。


「おおっ! 凄い威力だな!」


「貫通しちゃったよ!」


 涙を吹き飛ばしながら俺が叫び、モモも叫んだ。


 アイスニードルは、水魔法LV10から使用できる。名前を訳すと氷の針なため威力は低いと予想していたが、それは大間違いだった。


(魔法…、反則だろ…)


 射程と高威力に驚いた俺だが、魔法はMPを消費するため乱用は禁物だ。しかし、下級魔法のアイスニードルが実戦で有効だと判明し、思うところは残るが俺は少し安堵した。



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