第39話 道中


「あそこって、どんなモンスターが居るんだろうね?」


 街道を歩き始めて1時間ほど経過し、左手の雑木林を見ているモモが不意にこちらに尋ねた。


「そう言えば、それは聞いてなかったな」


「サルとか居るのかな?」


「う~ん。サルじゃ弱そうだから、ゴリラとかじゃないか?」


「ウホホって?」


 俺が返事を戻すと、モモは再びこちらに尋ねた。悩んだ俺がそう伝えると、モモは返事を戻したあとドラミングしながら楽し気にウホウホ言い始める。実に可愛らしいゴリラだ。街道の先には左手に二つ目の雑木林が見えている。俺達はそこを目指して更に歩みを進め、再び一時間ほど経過する。


「あっ! あそこに何かあるよ!」


 先を行くモモは屈んで草花を愛でていたが、何かに気付いて前方を指差しながら声を上げつつこちらに振り向く。俺が確認すると、街道の右側に大き目な木製の矢印が見える。


「看板じゃないか!? 何か、書いてないか!?」


 声を張り俺が尋ねると、頷いたモモはそれに駆け寄る。


「本当だー! 何か書いてあるー!」


 見上げたモモは、声を張り返事を戻した。モモに合流した俺も見上げると、そこにはこの世界の文字が刻まれている。左を示す矢印には、アマのダンジョン。前後を示す矢印には、トンポ村とムーン・ブルの街と書いてある。


「ここが、マリーが言ってたT字路だな」


「トンポ村だって。可愛い名前だね?」


「ん? そうだな。人の名前か何かか?」


 文字から確信を得た俺が付近で休憩を取る冒険者達を見ながらそう伝えると、モモは可愛らしい声でこちらに尋ねた。気にした俺がモモを見ると、村の名称が気に入ったためかこちらを見上げて微笑んでいる。俺は返事を戻しながら再び看板を見上げ、顎に手を添えつつ疑問に話した。


「左に行くよね?」


「ああ。村に行く用事は、ないからな」


 モモが首を傾けながら、こちらを窺うように尋ねた。俺は多少村に興味を惹かれたが、今はそう返事を戻してダンジョン側に振り向く。


(やっと、ここまで来たか! それにしても、ここは眺めがいいな!)


 T字路は、ダンジョンとムーン・ブルの凡その中間地点だ。俺は腕組みしながら、この爽快な景色に感動する。


 ここからの景色は、左右に続く街道からT字に街道よりも少し細い道が伸びる。道は平坦で、草原を二分しながら奥に続いて雑木林の中へと消えていく。雑木林の奥には力強い山脈が幅広に広がり、上空からは晴れ渡る青空がそれらを見下ろしている。


(皆も休んでるし、少し休憩するか)


「モモ。少し、休んでくか?」


「うん! 私も、景色を眺めていたい!」


(ん? 何か言い方が…。まあいいか)


 この場に留まりたいと思考した俺は、モモに視線を移しながら尋ねた。既にこちらを見ていたモモは、清々しい笑顔で返事を戻した。俺はそれを気にしたが、モモは俺と同様な気分と判断する。俺達は道から草原の中に進み、小休止を挟むことにした。





「この辺でいい?」


「すぐに出発するからな。適当でいいだろう」


「よいしょっ」


 モモが周囲を見回しながら尋ね、俺は返事を戻した。若いよいしょの声と共に、モモは腰を下ろす。俺もその隣に腰を下ろす。


「いい眺めだね~」


「山日和だな」


 両手を後ろに突いて寛ぐモモが、まったり話した。俺は相槌を打ちながら腰の水筒を外し、そのお茶を飲む。モモも同様にしてお茶を飲み始める。


(暖かいお茶が飲みたいな…。色々、考えないといけないことが多いな…)


 のんびりしながらも、色々気付かされる俺であった。このあと、まったり15分ほど景色を堪能する。


「それじゃあ、行くか!?」


「うん!」


 体と気合を回復した俺は元気に尋ね、モモも同様に返事を戻した。俺達は道に戻り、ダンジョンに向けて再出発する。


 未だ休憩する冒険者達と、雑木林の中に消えていく冒険者達。それらを見ながら、俺達は草原を抜ける。雑木林を進むと、道が湾曲を繰り返しながらの緩やかな登り坂に変わる。時折木々の合間から山脈が顔を覗かせ、僅かにだが近づくそれを見ると足取りが軽くなる。


「あの山かな?」


「どうだろうな~? 結構、距離があるように思えるが…」


「そっか~。でも、あと半分だね!」


 程なくして、モモが山脈を見ながら俺に尋ねた。俺は返事を戻しながら首を捻る。山は、近いように見えて意外に遠いためだ。少し残念気に相槌を打ったモモだが、直ちに明るく返事を戻した。その表情は、今までの道中とは違うように見える。恐らく、ダンジョンに到着する時間の目途が立ったためであろう。


 野鳥の鳴き声や冒険者達の会話を耳にしながら、俺達は会話を弾ませつつ再び1時間ほど歩く。徐々に前方の木々の合間から岩山が見え始める。山脈までは遠いが、時間的にもあの岩山がアマのダンジョンであろう。歩きながら顔を見合わせた俺達は、互いに頷き歩幅を広げて先を急ぐ。


「あれか!?」


「きっとそうだよ!」


 視界に中世の遺跡のような石造りの門を目にした俺は、若干興奮しながら声を上げた。隣のモモは、希望に満ちた声を上げながら前方に駆け出す。俺はモモのあとを追い掛ける。


 立ち止まったモモに追い着くと、そこは道の終点。視界には、巨大な岩山と整地済みの広場と先程の門と冒険者達が映る。


「ちゃんと、整備されてるんだな」


「うん! 片付けてあるね!」


 周囲を見回しながら俺が話すと、モモはテンション高く返事を戻した。


 広場は、山脈よりも手前に位置する。地面には四方が2メート程の石畳が敷き詰められ、その隙間から草花などが生え伸びている。中央に見える門のような造形物の奥に巨大な岩山があり、そこに幅が凡そ3メートル、高さが凡そ5メートルの楕円形の洞窟の出入り口がぽっかり口を開けている。周囲には門と同様な石造りの屋根や柱の残骸などが寄せてあり、ここにはかつて建物が存在したと推測される。それらの周辺では冒険者達が昼食を取りながら寛いでいる。それらを確認した俺達は、門に向かい歩き始める。


「ギルドの人がたまにここに来るって言ってたから、その人達が片付けてるんだろうな」


「へ~。ギルドの人達って、そんなこともしてるんだ~」


「ああ。週に一回ダンジョンの中の見回りと、この辺の調査をやってるみたいだぞ」


「結構大変なんだね~。でも何で?」


「稀に、強いモンスターが現れるからだって言ってたぞ。ここは新人しか利用しないから、その対応をしてるんだろう」


「ふ~ん。そっか~」


 俺が先程の話題の続きを話すと、モモは素っ気なく返事を戻した。そのため、俺は他の仕事内容も話した。再びモモは素っ気なく返事を戻したが今回は続きを尋ね、俺はそう説明した。モモは三度、素っ気なく返事を戻した。


(こういうのには、あまり興味がないみたいだな…。まあいいが。それよりも、いきなり強いモンスターには会いたくないよな…)


 俺は若干モモの人付き合いを不安視したが今はその件はあとにし、異世界名物のお約束的な展開は御免だと願った。俺達は門に辿り着く。


(こういうのは、なんかカッコよく見えるよな! じっくり調べるか!)


「それよりも、お腹すいたよー」


 言葉では表現できない感情に浸りながら俺は物珍しく柱に触れようとするが、モモがこちらを引っ張りながらお腹を擦りつつそう話した。


(それよりもって…。モモは俺のことを分かってないな…。だが)


「よし! 先に何か食べるか!」


「うん!」


 俺はそう思考したがモモの腹事情を汲み、力強く声を掛けた。元気を取り戻したモモも、力強く返事を戻した。俺達は広場の端にある、ここに座ってくれと言わんばかりの柱の残骸の上に腰を下ろす。ストレージから弁当箱を取り出し、その中の包装紙に包まれているサンドイッチを手に取る。サンドイッチは、今朝宿で用意してもらっていた。早速、二人で同時に一口頬張る。


「んんっ!? これ美味しいね!」


「ああ! 美味いな!」


 頬を膨らませたモモが、目を丸くしながらこれこれとサンドイッチを指で示しつつ歓喜に話した。頬が緩んだ俺も同感だと返事を戻した。サンドイッチは、ミンチ状の肉を焼いたものと葉物野菜が挟まれている。甘辛のソースが付いた肉は冷めても軟らかく、野菜は口の中をさっぱりさせる。噛み締める度に、思わず口の中から唾液が溢れ出す。


 遺跡の残骸を眺めながらの昼食。日常とは違う場所での食事は感動と言えば良いのか、何とも言えない感情を呼び覚ます。この場までの道のりの疲労を忘れさせてくれた。


「これから、どうするの?」


「中に入ってみないとわからないが、とりあえず一層ずつぐるっと回ってみよう。運が良ければ、宝箱が見つかるらしいからな」


「ふぁふぁらふぁふぉ!? わっ。私が開けていい?」


「落ち着け。口からこぼれてるぞ。宝箱は開けていいぞ。俺は運が悪いからな…」


「あははっ!」


(む…。失礼だな…)


 楽し気に足をぶらつかせているモモが、サンドイッチを頬張りながらこちらに尋ねた。俺がそう伝えると、興奮したモモは口の中の物を溢しながら慌てて恐らく宝箱のことを話した。俺は冷静に返事を戻しながらも、もほろ苦さを覚えた。すると、モモは楽し気に笑い声を上げ、俺は若干不快に感じた。モモは再びニコニコしながらサンドイッチを頬張り、リスのように頬を膨らませた。



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