第38話 アマのダンジョンと水晶


 ギルドを出発した俺達は、大通りを東門に向かう。ダンジョンは、そこから伸びる街道を行った先にある。


「結構、人が居るね」


「思ってたより、多いな」


 前後を確認したモモが状況を説明し、俺は感想を述べた。街道を、俺達と似た身なりの冒険者達が東門に向かい歩いている。


「皆お揃いで、面白いね!」


「高校生の、通学みたいだな」


「へ~。高校生って、こんな感じなんだ~」


 それらの冒険者達を見てテンションが上がったのであろうモモが、楽し気に話した。当時を思い出した俺がそう伝えると、興味深く相槌を打ったモモはニコニコしながら感慨深く話した。


 会話を弾ませながら、俺達は東門に到着する。


「おまたせ~」


「私も、さっき来たところだよ~」


「おまえら! 今日は四層を目指すぞ!」


「「「おーー!」」」


 この場を集合場所と決めていたのであろう冒険者パーティーの掛け声が届いた。ソロで挑むと思われる冒険者達も見える。


(パーティーは、やっぱり楽しそうだよな)


 横目にそのようなことを思考しながら、俺はモモと一緒に普段通りに門を潜り抜ける。


「今日は、あの向こうに行くんだね?」


「ああ。雑木林の中には強いモンスターが居るみたいだから、間違ってもそっちには行くなよ」


「うん!」


 遠方の街道の左手に見える草原の中にある雑木林を確認したモモが、こちらに振り向きながら尋ねた。俺がモモと一緒にマリーから得た情報を改めて伝えると、モモはしっかり理解していると元気に返事を戻した。


 東門から見る景色は、眼前に草原が広がる。そこには、南門側と同様にスライム達が生息する。遠方の雑木林は、散策で既に目にしている。その中には、今の俺達では敵わないモンスター達がはびこる。俺達は雑木林まで足を運んだことがないが、ギルドの地図によると先に続く草原の中にこれが点在していた。


「それじゃあ、出発しよう!」


「ああ! 行こう!」


(気を使ったのか? 何だかんだあったが、今は早くダンジョンに辿り着きたいな!)


 モモが腕を突き上げながら元気に声を上げつつ先頭を歩き始める。感化された俺も元気に返事を戻しながら、力強く一歩を踏み出す。その足には先程の憂鬱な気持ちではなく希望が乗せられる。


 今の空は、実に晴れ晴れと見える。陽気はとても清々しい。早朝の瑞々しい草原の香りや風で擦れ合う音と共に、飛び交う小鳥達のさえずりが耳に届く。先を行く冒険者達の隣の草原の中では、スライム達がぴょんぴょんと飛び跳ね回る。それらをカエルに見立てれば、日本の景色と何も変わらない…? 


(そう言えば、通学路でカエルが車に仰向けでひかれてペッちゃんこになってたな…。はっ。いかん。ダンジョンデビューの日なのに、変なことを思い出した。テンションが下がるから、忘れよう…)


 田舎の通学路はそんなものだ。そんな過ちを犯した俺の思考など知らぬモモは、隣でご機嫌な様子で歩きながら鼻歌を歌っている。


(今日は、楽しくいかないとな!)


「モモ。ダンジョンの名前は覚えてるか?」


「うん。アマのダンジョンだよね?」


「ああ、そうだ」


 モモを見て気持ちを切り替えた俺は、マリーから聞いたダンジョンのことを復習がてら尋ねた。モモは確認するかのように返事を戻し、俺は正解だと答えた。


 向かうダンジョンの名称は、アマのダンジョンだ。このアマは、甘ちゃんのアマではなくアマチュアのアマだそうだ。ギルド内で、マリーからその説明を受ける当初。





「い~い? これからルーティ達が通うことになるダンジョンは、アマのダンジョンって呼ばれてるの」


『ガタン! カツ、カツ、カツ』


「知ってるか~? このアマは、甘ちゃんのアマなんだぜ~。貧弱なお前らは、せいぜい死なないように頑張れよ! ヒック!」


「ちょっと! 今は色々教えてるんだから、絡んでこないでよ!」


「俺も、その教えを説いてやったまでよ! ひゃっひゃっひゃ!」


 マリーが説明し始めると近くの席でエールを飲んでいる高級そうな鎧装備の男が突然大きく席を外して立ち上がり、音を立てながら俺達の下に歩み寄る。そう話しながら絡み始めると、表情をこわばらせたマリーが苦言を呈した。しかし、千鳥足の男は回らないろれつで醜く声を上げた。


「お待ちなさい! それは聞き捨てなりませんな! アマのダンジョンのアマはアマチュアと、新人のためのダンジョンと言う意味で付けられたのです!」


「そんなの、どっちでもいいだろ~?」


「よくありません!」


「あんだと、このやろう…。やんのかコラ~!」


「いいでしょう!」


 今度は突然、何処からともなく現れたこちらも高級そうな魔法使い装備の男が、そう断言しながら鎧男の前に立ち塞がる。鎧男が手であしらいながら返事を戻すと、魔法男はメガネをくいっとさせながら譲らないと声を上げた。ガン付けながら鎧男が喧嘩を売り、魔法男はひるまずそれを買った。


「もう~。うるさいわね~…」


『ガタン! ツカ、ツカ』


「あんたら、ここで騒ぎを起こす気か~?」


「うっ!」


「ぐっ!」


 苛立つ声を発したマリーが大きく席を外して立ち上がり、男達の前に立ち塞がる。ドスを効かせた声で尋ねると、怯んだ鎧男と魔法男は苦虫でも噛んだように声を漏らした。


「チッ! おいっ! 外でやるぞ!」


「いいでしょう! 譲りませんよ!」


(続けるのかよ!?)


 鎧男と魔法男がそう話してギルドの外に向かい歩いて行き、俺はそっちに驚愕した。


「ごめんね~。話が逸れたけど…。正解は、アマチュアだと思うわ! でもね、しっかりした証拠があるの! それはね~…」


(マリーもかよ!)


「あ、ああ…」


「う、うん…」


 何事もなかったかのように席に戻り謝罪したマリーだが、身を乗り出して曖昧な回答を寄越した。説明し始めたマリーに俺はツッコミを入れたく思うが、男達に呆れてマリーの迫力に押され調子が狂いそれができなかった。俺とモモは困惑しながら、長々とマリーの話に付き合わされる。


 この件は、度々ギルド内で物議が交わされるそうだ。史実とは曖昧なものが多く、俺はどちらでも良いと考えるが、こだわる人物はそれが許せないのであろう。それと、ベテラン冒険者達を怯ませたマリーの実力は、やはりこのギルド内で最強の様だった。






 話は戻り。


「でも、なんでダンジョンの中は、外の世界と違うんだろう。なんかこことは違う、異世界みたいな話だったね?」


「さあな~。それは、造った人に聞いてみないとわからないな~」


「それに、倒したモンスターも消えちゃうなんて、お肉が食べられないよね?」


「そうだな~。そこは、ドロップ品に期待するしかないだろうな~」


 モモは俺を覗き込みながら、同意を求めるように話した。返答に悩んだ俺はこのまま前を向きながら返事を戻し、続けたモモの再びの同意を求めるような話にもそのまま応えた。


 ダンジョン内は、こちら側の世界と比較する差異がある。侵入する手段は、基本的に出入り口となる扉を潜らなければならない。二つの世界はこれで区分されているが、例えば侵入する際にこちら側の世界が洞窟内だとしても、向こうの世界は草原や砂漠に海、溶岩地帯、氷雪地帯などなど、バラエティー豊かなものに変わる。そして、更にモンスター達の在り方も変わる。


 モンスター達は、討伐すると霧状になり消滅する。そのあとには、必ず魔石がドロップする。それと同時に、稀にアイテムもドロップする。そのアイテムの種類は武器や防具に魔法道具、それに水晶や肉などだ。


「でも、水晶でお金が貯まるからいいね!」


「ああ。今回はそれが目的だからな!」


 モモが期待した様子で話し、俺も同様にしてそう伝えた。


 水晶は、ダンジョン内のみで入手可能なアイテムだ。大きさは小さく、ドロップ率は他の物と比べて格段に高い。中級の冒険者からは、これがほぼ必須のアイテムになる。効果を持つ物もあり、それらは武器や防具と道具などに取り付けられる。


 効果は、種類が多く一度説明を聞いたのみでは把握しきれないほどだ。加工して使用することが多いが、そのままでも強い力を発揮する物もある。しかし、それらは滅多に御目に掛かることはできない。多くはそれが弱くて取り付けるには値しない物だが、その物が不要という訳ではない。それらは砕いて粉にしたあと、装備品の強化やスクロールの製作時に大量に使用される。これで製作されたアイテムの需要は、非常に高い。


 今回のダンジョンに向かう一番の目的は、これを利用した金策だ。新人冒険者が街の外でモンスターを討伐して解体して売り捌くよりも、これを数多く集めてギルドに売却する方が効率が良いためだ。


「あっ。待って~」


(ん? ああ、蝶々か)


 楽し気に歩いているモモが、突然声を発して前方に駆け出す。首を傾げた俺だが、直ちにそれに気付いた。


(それにしても、平和だな~)


 モモを微笑ましく見守りながら、俺はこの一時に感謝した。街道を、一度に多くの冒険者達が進むためであろう。先程から、周辺にはモンスターが存在しない。


(今日はキャンプデビューもするし、そこで試したいこともあるから色々楽しみだな! だが、ちょっとやりたいことが多過ぎるな…。焦らずにダンジョンに慣れるところから始めて、しっかり全部楽しまないとな!)


 モモと二人のキャンプを想像してテンションを上げた俺は、愉快な気分になるが若干自分を戒めた。何事も初心者なためだ。とは言え、この先の冒険で何が待ち受けるのかは分からないが、実に未来が楽しみだった。



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