第37話 出発の朝


 翌朝。


 目覚めると、モモが隣ですやすやと眠っている。就寝前は別々だが、寒いためかいつの間にか隣にいる。最初はこの事が邪魔に思えたが、今では少しずつ慣れてきている。猫の頃は布団の上に来ていたため、俺の半身には布団がなかった。そのため冬の朝は、俺の体は凍えるように冷たくなっていた。それに比べると、今は随分幸せだ。


「モモ、朝だぞ」


「う~ん…。もう朝?」


「ああ。朝だ。今日は早く出発するって言ったろ?」


「はっ! そうだった。今日はダンジョンに行くんだった!」


(俺みたいだな…)


 横のままの俺がモモの髪を撫でながら優しく声を掛けると、モモは寝ぼけた返事を戻した。俺が返事を戻しつつ確認すると、モモは突然思いだしたかのように声を上げながら勢いよく体を起こした。デジャブを感じた俺だが、そう! 俺達は今日からダンジョンデビューする! 昨晩は、そのために早く就寝していた。


 俺達は、朝食を済ませて宿を出発する。物静かな街並みだが、早朝に働く人々や冒険者達を見掛ける。ダンジョンに向かう前に、一度ギルドに立ち寄る。マリーから顔を出して欲しいと言われていたためだ。


 ギルドに到着すると、少数の朝の準備に追われる職員と今日の予定を話し合う冒険者達を目にする。時刻を確認すると、今は7時半過ぎだ。冒険者達は朝が早い、ということはないようだ。それらを横目にしながら、俺達はカウンターからこちらを微笑ましく見つめているマリーの下に向かう。


「2人共、おはよう。昨日はよく眠れた?」


「ぐっすりだったよ」


「早く寝たもんね」


「それなら、今日はバッチリね!」


 マリーは爽やかに尋ね、俺とモモが返事を戻すと元気にそう話した。


(マリーは、朝が強そうだな…)


「早速だけど、2人に来てもらったのはこれを渡すためよ」


 若干寝ぼけた頭の俺がぼうっと思考していると、マリーは話しながらカウンターの下から赤い液体の入った小瓶を取り出して上に置く。


「これって、ポーション?」


「これは?」


「ああっ! その様子だと、もう忘れてるでしょう~? 言ったでしょ! レベルが5と10になったら報酬が出るって!」


(あっ。あ…。ああっ! そうだった! 初めての、金以外の報酬が貰えるんだった!)


 小瓶は、魔法道具屋で確認していたポーションだ。そのため、その判断は直ちについたが、マリーの意図が分らずに顔を見合わせたモモと俺はきょとんとしながら尋ねた。マリーは若干怒ったように返事を戻し、そのことを思い出した俺はテンションを上げながら浮かれ始める。


「これが、その報酬か!?」


「えっ? 何? 私、そんな話、聞いてないよ?」


(あっ。そう言えば、モモに言うのを忘れてたな…)


「悪い。色々あったからさ。話し忘れてたんだ」


「そんな楽しみを教えてくれないなんて、ひど~い!」


「そうよ、酷いわ! それに、前はあんなに嬉しそうにしてたのに!」


 機嫌良く俺が声を上げると、戸惑ったモモが俺に尋ねた。目まぐるしく変化する日常でこの事をすっかり忘れていた俺が軽く謝罪して訳を話すと、モモとマリーが同調したかのように不服を露わにして抗議してきた。


(そんなこと言われてもな…。ここに来てからずっと忙しかったし…。ん~、困ったな…。ここをどう乗り切るか…?)


「ありがとう!」


「どう致しまして。ルーティの分も、モモちゃんにあげるね」


 俯き自分に言い訳しながら俺が次の言葉を選んでいると、モモがマリーに元気に礼を述べた。慌てて俺がそちらを見ると、マリーは返事を戻しながら二個のポーションをモモに手渡す。


「ちょっと待ってくれ。それは、俺も欲しい!」


「ダメよ」


「ダメだよ~。お兄ちゃんのは、私が貰ったんだもん!」


「「ね~!」」


(クッソ。ハモリやがって! だが…、どうしてこうなった…?)


 俺は不服を露わにして希望を強く伝えたがこちらのそれは通らず、マリーとモモはそう話しながら俺を冷たくあしらい同調して楽し気に声を上げた。これはいじめだと感じた俺だが、その原因が分からずに理解不能に陥る。


「ふふっ。冗談よ! モモちゃん。ルーティにポーションを渡してあげて」


「はい、お兄ちゃん。私も、冗談だったんだよ」


(…)


 実に楽しそうに、マリーとモモが話をした。掌の上で弄ばれていることに気付いた俺は、何とも言えない感情を抱いて言葉を失った。


 このあと、俺は無事にモモからポーションを受け取る。そして、ギルドの出入り口に向かいながら楽し気に会話を弾ませているモモとマリーの背後をトボトボと付いて行く。


「それじゃあ、いってらっしゃい!」


「行ってくるね!」


(なんかな~…。せっかくのダンジョンデビューの日なのに、テンションが落ちたな…)


「行ってくる…」


 出入り口で、笑顔のマリーがモモに力強く声援を送り、同様なモモも力強く返事を戻した。手を振り見送るマリーと、元気に一歩を踏み出すモモ。それを背後から目にしていた俺は、憂鬱な気分で一歩を踏み出しながらマリーに返事を戻した。そして、もやっとしている俺は、立ち止まりこちらを待つモモに合流する。すると、


「お兄ちゃん! そんな日もあるさ!」


 モモは先程のことを気にしているのだろう。明るく振る舞いながらも、はにかむような、それでいて精一杯の笑顔を見せて俺を励ました。


(可愛すぎる! この笑顔を、守らないとな!)


「そうだな! 今日も一日頑張ろう!」


 まんまとモモに、はめられたのかもしれない。しかし、この笑顔が俺には心の底から愛おしく思えた。救われた気持ちになった俺は、前向きに今日を楽しもうと笑顔で力強く返事を戻した。



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